5.もうどうにでもな~れっ/故郷とそして…
> Side RYOU
なんだか最近、夢遊病の気があるんじゃなかろうかと思ってるリョウです。
いや何でかって言うと、昨晩は客間と思われる部屋のベッドで毛布に包まって寝ていた筈なのに、
今朝目覚めるとエリー(正しくはアルスとマリー)の部屋のベッドの上って……寝惚け過ぎにも程があるだろう。
その答えは、俺が『幽霊に憑かれている』から、みたいだけどな。
それを理解したのはある晩に起きた後、余りにも不自然だったので何かわからないかと思ってCompを起動して『ステータスディスプレイ』を見たら一目瞭然だったのだ。
ステータス異常:5円禿、神経性胃痛、亡霊憑依
コレを見たとき、俺はあらゆる理不尽の理由を俺に取り憑いてる超弩級の馬鹿野郎のせいと言う事にした。
俺が若返ったのも、俺がアランと間違われるのも、俺の胃がしょっちゅうキリキリ痛むのも、俺が異世界に居るのもぜーんぶコイツのせいだ!
八つ当たりと理解しているが、俺は別に聖人でもなんでもない、ふっつーの人なのだ。
何かに八つ当たりしなければやっていられないっていうものだ、この理不尽は。
というわけで、俺が、やつ当たるのも、仕方ない。
以上、言い訳終了。
さて、俺が冒険者の仲間入りをしてから2週間に時間が過ぎた。
冒険者の仲間入りに際して受け取ったのはスタンプカードと丈夫な表紙を持つ図鑑だった。
スタンプカードはギルドなどで受けた依頼の受理と依頼結果の評価を記録するスタンプを押すスタンプカード。
図鑑の方はこのユディツァ周辺やその他にも北方王国、西方連合国、南方共和国でも有名な魔物や魔族の情報が記されている図鑑だ。
スタンプカードは表紙に顔写真のようなものと名前が魔法で刻印され身分証明になるらしく、
同時に冒険者ランクも刻まれており、こちらは依頼難易度と達成度に応じて変化していくものらしい。
図鑑には魔物や魔族を退治した際に退治した証明となる部位や魔法等の触媒使う部位が懇切丁寧に記載されており、
どの程度の額で取引されるかも書かれている。
白紙部分も多く、そちらには図鑑に記載されていない魔物の特徴や容姿を描いてギルドに提出すると新発見の魔物や魔族だった場合、僅かながらも報奨金がもらえるらしい。
以上、ギルドでピュコアさんから聞いた説明を大分はしょって大雑把に語りました。
その期間の間、俺はギルドの依頼で、主に『労働系依頼』と呼ばれるようは人の手が足りないから手伝って欲しい、と言った要望の依頼を受けてそれらをこなしていた。
一言で言えば日雇いのバイトの様な物だ。
ギルドの報酬としても一番安い依頼である。
ただそれでも冒険者への依頼であるわけだから、それなりの見入りはある。
1日働けば、日本円にして2万から3万円相当の報酬になる。
少年時代であれば街の外や戦闘に関わる様な依頼に燃える事もあるだろうが、こちとら下手に落ち着いてしまった時期だ。
安定して稼げれば割とそれで良いとも思っている。
別段、『物語の主人公』張りに活躍したいと言う願望でもある訳でもないからだ。
ある程度蓄えつつ、稼げる環境。
コレが安定して行える現状は中々手放しがたい。
そう思いながら俺は本日請け負っていた市内での配達業務依頼を完遂し、依頼人に報告して一度家に戻るのだった。
その一方で、エリーは現在、しきりに魔物退治の依頼に借り出されている。
それというのも魔導師としてランクが下手に高い事が災いしているらしい。
またアルス・マリーのルクツリア夫妻という凄腕の剣士と魔導士が抜けた穴が大きいと言うのもあるそうだ。
俺としてはエリーに多少の同情の念を覚えるが、同時に胸がすっとした感覚を覚える。
それはやはりと言うか俺がエリーのことを負担だと思ってた部分があるからだろ。
ちなみに俺はランクが低いのでお呼ばれすら掛からない、平和である。
そう思っていたら、ヴァンさんに呼び出された。
「何のようですか、ヴァンさん」
「『何の用ですかー』じゃない!お前は自分の恋人が命張って戦ってるのになんとも思わんのか!」
俺がギルドのカウンター越しに話しかけると、ヴァンさんは顔を真っ赤にして怒りを表現した。
この人はどうにも『アツイ展開』が好みの様で、俺が煮え切らない態度をとってる事を歯がゆく…というか凄く苛立っているらしい。
「うわっ、見事なまでな勘違い。本当に勘弁してください。
誰が誰の恋人ですか?俺たちの事情、初日に伝えましたよね?
エリーの恋人はもう20日以上前に死んだアラン・ルクツリアであって俺ではありません。
彼女は俺にアランの姿を求めているだけです」
「だが、貴様はあの娘ともう一月近くも同じ屋根の下で暮らして、あの熱々ぶりだろう。
それを否定など、出来ると思うのか?」
その言葉を聴いて、ヴァンさん…いや、もう敬意を払うのはやめよう、疲れる。
ヴァンは相当に頑固で石頭で自分の信じた道しか進まないタイプだと改めて思わされる。
こんなのが良く騎士団長からギルドマスターに鞍替えなんて考えたもんだ。
「あぁ、もういい、もうそれで良いよ。あんたが意見を変えないのはわかったよ。
それよりも、だ。なぁんか亡霊に憑かれてるみたいなんだけど、どうにかならない?」
「はぁ?亡霊?ピュコアに頼めば出来ないことは無いけどお前何に憑かれてるんだよ」
「知らないよそんなの。大方ぶっ殺しまくったオークにでも憑かれたかね?
なんにしろ、実生活に悪影響が出始めている。早めに対処したいからピュコアさんに話を通して欲しい」
「…しゃぁねぇな、話を通してこよう」
そういってヴァンはカウンターの奥へ姿を消した。
その姿を見て俺ははぁっとため息を憑く。
果たして、今、アランを祓う事を何よりも願っているが、その影響がどう出るかまったくわからない。
俺に憑いているのがアランと知れた場合、彼らはどう動くか、とか考えると少々怖いものがあるが。
…まぁ気付いていないことにすれば良いだろう。
どちらにしろ、このまま肉体を乗っ取られれば俺としてはたまったものではないのだから。
考えながらロビーで壁を背に目を瞑って立っていると、色々と噂話が聞こえてくる。
「そういやよ、お前聞いたか?
どうやらあの辺境のルクツーの村、領主に村ぐるみで反逆したそうだぜ」
ルクツーの村……確か、エリーとアラン、ルクツリア夫妻の出身がそこだったか?
んで、街道で行けばここからは片道で3日の行程だったか…。
森を突っ切れば1日と少しと聞いたけど…。
「らしいなー。
他にもあの辺りの領主に反感持ってた奴等が合流して結構な所帯になってるって話だっけ?」
「んだな、噂じゃ凄腕の美女姉妹の魔導士が三人も居るって話だぜ。
一度会ってみてぇなー出来ればお近づきになりてーぜ」
ほほぅ、美女姉妹……男として俺も実に気になる。
あれかなー、アニメや漫画みたいにちょっとエロかったりセクシーだったりする衣装なのかな。
そうだったらとても素晴らしい。
物見遊山で見に行くのも良いかもしれない。
テロに加わるつもり、無いけどな。
そんなことを考えていると聞き慣れた声が近付いて来る事に気付いた。
彼女に対してはいまだイラつきもあるし、胃も痛くなるし、頭の禿も気になるが、それでもなんだかんだで手放しがたいと思ってしまう自分が居る。
等と詮無いことを考えたりしていると、大きな声が思考をさえぎった。
「えぇっ!?そ、そんな事ないですよ!まだそこまでは……」
「え~!?でもエリーってば彼とすっごい熱々じゃない」
「んだな、未だに床を共にして無いってのは信じられねーぞ」
エリーの声、それと聞き覚えのある女と男の声だ。
チラリとそちらを見ると、身軽そうな革の軽鎧を纏った短剣二本とショートボウを背負った若く活発な印象の女性。
革の鎧を着た剣を腰に挿し、槍を背負った大柄でアニキって感じの男性。
そして、普通の布の服の上にマリーさんの上質な魔法のローブを勝手に借りて羽織っている長杖を持ち、ショートボウを隠し持つエリーの姿。
ちなみにエリーは俺が渡した無限バンダナ(笑)を渡した翌日から毎日腕に巻きつけて使用している。
そんなに気に入ったのか、アレを。
女性の方はリエラ・アムノーク。
男性の方はジェンキンス・B・ハザード。
どちらもまだ18歳だと言っていた。
彼らは13歳から冒険者をしており、既に5年も続けている中堅の冒険者だった筈だ。
んでもって、二人の関係は『あくまで腐れ縁の幼馴染!』だとも言っていたかな。
この世界、幼馴染の男女は冒険者になる暗黙のルールでもあるのかねぇ?
ちなみにジェンの方とは同じ男同士で手合わせをする事もあれば一緒に飯を食いに行くこともある仲だ。
いわゆる友人という奴だ。
「あ、アラン!」
「いよぅ、エリー」
こちらに気付いて幼い子供の様に笑顔でぶんぶんと手を振るエリー。
正直そういう仕草は微笑ましい。
……大分毒されたなぁ、自分。
「おぉっと、リョーじゃねぇか!なんだ嫁の迎えにでも着たのか?」
「そんなんじゃないよ、ジェン。
ギルマスからの呼び出し、後こっちからも頼みがあったからそれの待ちだ」
それだけ言うと「そーかそーか」とジェンはニヤニヤと笑う。
うん、コレは絶対にからかうつもりだ。
ジェンは俺の事情を全て話してあり、既に理解と納得をしてもらっている。
ゆえに、エリーとの関係を囃し立てる時は欠片も本気ではなく、ただのからかいであり、エリーへの配慮の一環だ。
本当はもうやらなくても良い気がするが、少なくともアルス達と連絡が取れるまでは続けるつもりだ。
一応、家を借りてる恩があるしな。
ちなみに、エリーに対して俺の本名である「リョー」こと「涼」に関しては渾名として通している。
俺の名前の由来「涼しげに物事を成し遂げる人物になって欲しい」という両親の願いが篭ったもので、今回はそれをそのままエリーに伝えた。
「呼び出し?
好い加減戦闘依頼に出ろとか?
ランク自体は不自然に低いけど、お前の実力は俺と遣り合っても良い線行ってるしなぁ」
「はは、相性のお陰だ。
俺は長物相手には自信はあるが、リエラみたいなすばしっこくて手数の多いタイプは苦手だよ」
ちなみに、ここで言うランクとは戦闘における信頼度のようなもので、わかりやすく戦闘ランクといわれる。
他にも、冒険者には総合ランク、信用度ランク、実績ランクが存在したりするが、後者二つに限っては初期は誰もが|G(最低)ランクとなる。
ちなみに俺のランクは信用D、実績D、戦闘Gで、総合Eランクとなっている。
本来は戦闘Cランクとピュコアさんが決めようとしていたのだが、ヴァンと揉めたせいで戦闘ランクは最低値になったのだ。
まぁ、俺としては危ない橋を渡る気は無かったので万々歳でもあった。
ちなみに、おまけで言うとジェンが戦闘Cでリエラが戦闘D、エリーが戦闘C+となっている。
エリーは魔法攻撃力が非常に高いから能力的にはC以上なのだが、戦闘経験が足りないと言うことで制限を掛ける意味でC+という暫定ランクに据えられているそうだ。
ちなみに、実績と信用はこなした数と依頼主からの評価が物を言うので、エリーの信用と実績はEランクで止まっている。
「なぁ、今度また手合わせしねーか?
お前のあの鉄壁の護り、今度こそ突破して見せるぜ!」
「また今度な。今は依頼こなしたばかりで疲れてるだろう?
今日は報告が終わったらゆっくり休め、明日以降には相手するから」
「約束だからなー」
それだけ約束するとジェンは報告用の依頼カウンターへと向かう。
リエラも後に続く。
「それじゃ、アラン、また家でね?」
「あぁ」
エリーとそれだけ言葉を交わし、見送る。
その直後に見計らっていたかの様にピュコアさんがやってきた。
「こんにちは、リョウ君。お払いをして欲しいってヴァンから聞いたのだけど、どこで呪われちゃったのかしら?」
「それがさっぱり。魔物を斬ったのだってこの街に来る直前のオークたちが始めてだから、そいつら位しか恨まれる相手、居ない筈なんだよね」
「そう?だけどそれだけで呪われるって言うのは余りない筈なのよね。
だって、そんな事になっていたら今頃冒険者は呪い憑きばかりよ」
なるほど、それは納得の話だ。
「んじゃー、アランとかどうです?
アラン・ルクツリア。
彼ならば俺を呪うに相応しい相手の様な気もしますけど」
「なるほど、自分の恋人を寝取…った訳ではないにしろ…。
ほぼそれに近い状態で過ごしてる男だしね、その線は無きにしも非ず、ね」
ピュコアさんは考えながら自分の推論を述べる。
ちなみに、ピュコアさんはヴァンさんと違って結構クールだ。
と言うよりも、公私の切り分けがきちんとしているというのが正しい。
頑固で直情なヴァンとクールで冷静な
「実際、色恋沙汰で呪うだの取り憑くだのは歴史的観点や私の経験から見ても無い訳じゃないわ。
美貌の王を慕っていたけど体よく袖にされた魔女が王を呪って不能にしたり呪い殺したり、
愛を捨てて名と実を選んだ男が捨てられた女が自殺して悪霊になって取り憑いた、とかは本当、良くある話よ」
「なるほど、確かに良くありそうな話だ」
ラノベとかホラーとかでそういう話はお腹がいっぱいです、と言わんばかりに良く聞く話しだ。
実際に遭遇するかどうかは置いておくとしてだ。
「で、先ずは憑いているのがアラン・ルクツリアだったとして…祓う事って可能?」
「………」
俺の問い掛けに、ピュコアさんは目を瞑り沈黙する。
「可能、だけど本当に祓うべきか悩むって所ですか?」
「─………」
一瞬、僅かに反応があったのでそういう事も考えたのは間違いではないのかな?
ならば、問い掛けを変えよう。
「彼は俺が寝ている間に体を勝手に使用している形跡がある。
それを踏まえて、神官としての貴方はコレがどういう状況か俺に説明をお願いしたい」
「………。
はぁ、わかったわ。まだ詳しく調べたわけじゃないから推測だけ。
まず、状況として『時間限定で被害者の肉体を乗っ取る』と言う段階に及んでいる、間違いないわね?」
「間違いありません、ただしくは俺が『寝ている間のみ』と付け加えるのが正しいか。
ちなみにアランはキスでお互いの口周りがよだれでベトベトになるまで濃厚なのをしても、今の所まだ行為には及んでいない様子。
理由は家でそういう痕跡が一切見られなかったことと、俺自身にそういう事をした後特有の疲れが一切ないから」
ちなみに俺は素人童貞では有りません。
とっくの昔に脱童貞しております。
……誰に向かってこんな事を考えているのやら。
「なるほどね、アランって子、あったことは無いけど…案外ヘタレかしら?」
「俺の弟に似ているっぽいなら間違いなくヘタレだな。あいつは四の五の考えてその挙句に暴走するけどね。
アイツと同じパターンだとするなら、キスまでは手動を握れてもそれ以上は相手側からの強烈なプッシュがうまく乗らないと行為には辿り着かないね」
「………結構扱き下ろすわね」
「全く知らん他人に、背負わなくて良い苦労を、無理に、背負わされているんだ。愚痴ぐらい勘弁してくれ。
そもそも、俺がエリーと居るのだってアランとマリーの家って言うタダで使える宿を提供してもらえるからだ。
それ以上の理由はないからなっ」
本当は、ただ見捨てるのも後で後味が悪いし逃げ出す様な行為は好きじゃないからだ。
出来るのならば、納得の行く、後味の悪くない終わりを模索したいから今はまだあの家に留まっているのだ。
だが、状況が変わってしまったのだ。
アラン・ルクツリア。
亡霊となったアランが想定外の事をしてくれているお陰でこちらが安穏としていられる時間が無くなった。
いや、そもそも時間なんてこちらの都合に合わせて余裕を残してくれるものじゃないか。
俺が知る以前からのアラン評は『優しい男』『多少頑固で真面目でヘタレ』『イザという時はとても勇敢』という評価で、もしも『アランがルクツー及び周辺の町村の反逆』という事を知れば、俺の体を使って何をしでかすか、という恐ろしさがある。
ちなみに、エリーとヤッちまう可能性に関しては目を瞑る。
もう、そうなった場合はそうなった場合で諦めても良いやと『どうにでもなーれっ』てな気分だからだ。
本当に
*'``・* 。
| `*。
,。∩ *
+ (´・ω・`) *。+゜ もうどうにでもな~れっ
`*。 ヽ、 つ *゜*
`・+。*・' ゜⊃ +゜
☆ ∪~ 。*゜
`・+。*・ ゜
って、踊ったりもした。
今、一瞬だけ自重とか個人的タブーとかを色々と犯した気がしたがキニシナイでおこう。
「たたかわなきゃ、げんじつと!」
「は?」
「……はっ!ごめんなさい、今何となくこう言わなければいけない気がしたの」
自分でも何故そんな事を言ったのか判らない様子で取り繕うピュコアさん。
まぁ、そんな事は置いておこう。
俺はこの世界で楽観視する気は徐々にだが無くなって来ている。
最初の頃は聖剣ライトニングなるチート武器があるから無謀なことをしても良いかな?とか思っていた。
だけど、エリーの魔法を実際に見てから意見は180度変わった。
魔法って言うあのチート技能、通常の魔力弾だけでもそこそこ早くて威力は小爆発つきで凶悪なのにとんでもない弾幕を誇っていたんだぜ。
俺はアレを見て、剣を持っていても能力向上で回避しきれる自信も防ぎきれる自信も失せた。
それに加えて『自分の魔導士としての実力は並ぐらい』だの『お姉ちゃんはもっと凄くてお母さんは伝説級』だなんてどんな冗談?
アレか、アランの死は実は無理にでしゃばった挙句の無駄死にでしたよって言うオチですか、なんて思ったもんだ。
まぁ、まず間違いなくそうなんだろうなぁ…。
せめてあの夜に二人が協力して戦っていれば絶対にアランは死ななかったに違いない。
そういう結論に至ったのは何も今回が初めてではない、度々エリーの魔導士としての戦闘能力の高さを思い知る度に実感する事柄だからだ。
「………はぁ。それでお祓い、頼めるんですか?」
「………わかったわ。多少の準備が要るから少し待っていて」
ピュコアさんはそれだけ言うと素早く席を外し、10分ほどで戻ってきた。
手に持っているのは何かのハードカバー本と無意味に凝った形をした小瓶。
ついでに衣装はなんだかエロイ女性用神官服…と思わしきものになっていた。
何でエロイかって?
決まっている、半袖で切れ込みがある為肩が露出してたり、胸の谷間の部分の布が無かったり、妙に胸…というかスタイルが強調されていたり、スカートらしき部分は強烈過ぎるスリットが存在して前と後ろにしか布地が無い状態だ。
ソレナンテエロゲってなもんである。
「………神官服って、もう少し布地の多いお堅い衣装かと思ってました」
「………最初は誰もがそう思うわ」
どこか悟ったような表情で遠くを見るピュコアさん。
なるほど、そういう表情をする理由はなんとなくだが理解できた。
「お祓いと言っても私達神官に出来るのはあくまで協力よ。
取り憑いた霊は、自分の精神世界で自分自身の力で追い出さなければいけないの。
つまり結局の所精神世界で最後に頼れるのは自分の意志の力よ。
それだけは覚えておいて」
その後、俺はピュコアさんの指示に従い小瓶を渡され、指示されたとおりに中身を飲み干すと、そのまま眠るように意識を落としてしまった。
「次に目を覚ます時には、厄介事が無けりゃ良いけど」
俺はかなり複雑な表情をしてこちらを見ながら呪文を唱えていたピュコアさんにそう語りかけた。
もっとも、言いたいセリフを全てきちんと言えたかは疑問であるけど。
あぁ、眠い…。
> Side Elie
アランに濃厚なキスをされてから2週間の時が過ぎた。
その間、私とアランの距離は…縮まる事は無かった。
今になって思い返せばあんなのは全然アランらしくなかった。
なんだか少し、怖かったような気もする。
昼間のアランはやはり少しそっけなく、だけど頼れる感じで優しくしてくれる。
だけど、夜のアランはなんだか怖い。
何時からか私はそう感じるようになっていた。
そんなことを考えながら歩いていると、仲間二人から静止させられた。
「いたな…まさか外壁周辺に本当に出てくるようになってやがったとはな」
私たちが居るのはユディツァの外壁周辺でスラム街となっているあたりに程近い場所であり、同時にフェチャシュの森から伸びている林が近い場所でもある。
この辺りには非常に稀ではあるが森からハグレて出てきた魔物などが出ることがある。
目の前に迫るのはウォルフの5匹の群れとそれを使役している武装したオーク4人組の小隊。
その編成は今朝、ギルドの報告にあった通りの数と構成だった。
「俺が突撃、リエラが弓でかく乱、エリーが魔法で一体ずつ確実にトドメのいつもどうりのパターンで決めるぞ!」
「あいよ、任せておきな!」
「わかりました、無茶はしないでくださいね」
指示を出す槍を持った同い年ぐらいの標準的な革の鎧を着た少年、ジェン。
それに当然といわんばかりに答える弓を構える標準のそれよりもパーツの少ない革の軽鎧少女、リエラ。
そして私は杖を構え、意識を集中して最初にウォルフ達に向かって魔法を仕掛けることにした。
「我が内に眠りし力の流れよ、我が前にありしモノを貫く槍となれ!
フォトン・ランサー!!」
頭の中で描いた光の槍が私の目の前で以前の私では扱えなかった程の魔力で収束し、そしてウォルフに向かって襲い掛かる。
光の槍は群れていたウォルフにぶつかり、そして炸裂する。
炸裂した光の槍は小さな爆発を起こして周辺にも二次被害を齎す。
「続けてあたしが仕掛けるわ!ハッ!ヨッ!タッ!」
殆ど狙いをつけていないように見える弦を引いてすぐに射るリエラの弓のスタイル。
しかし、それは彼女の経験と技術をもってすれば、射程こそ短くなりがちだが素人のそれと違って相当の的中率を誇っている。
彼女の放った矢が何を逃れたウォルフとその後ろにいるオークに襲い掛かる。
「リエラ、遠いからって狙いが雑だぞ!」
ジェンが槍を構えて突撃し、リエラの討ち漏らしのウォルフをなぎ払う。
その隙を突こうとオーク2匹がジェンへ、残りのオーク二人はバラけて私とリエラに向かってくる。
「エリー、アンタはバラけて向かってくる方のを!私はジェンの援護をするわ!」
そう言ってリエラは即座に矢筒から弓を数本同時に引き抜き、弓に番えて手馴れた動作で速射を行う。
その矢はオークの身体のどこかに当たればいい、程度で放たれ片方への攻撃は外れるもののもう一匹のわき腹と左脚に突き刺さり、動きを止めることに成功する。
「炎の精よ、汝の力強き炎の力を以って我が敵を射抜け!
フレイムショット!」
『!"#$!%&&'$''")"!#"=!!』
私が左右に放った二発の炎の矢は両方とも見事にオークに的中し、オークは私には理解不能な鳴き声を大きく上げてオークは炎に巻かれて絶命した。
「こいつで一気に決めるぜぇっ!!」
ジェンが槍を素早く突きと払いと斬撃を放つ。
それらの攻撃はオークの腹に突き刺さり、反撃として振り下ろそうとした両手で大上段に構えた石斧の一撃をあわやと言う所で腕ごと切払い、最後に一撃で頭を真っ二つに切り裂いた。
「ま、こんな所だな!」
ジェンが得意気にそう言って槍に付いた血を払う。
「お疲れ様ジェン、それにエリーも。
これで今回の依頼は終了!いやぁ、エリーが来てから先頭が楽になったわぁ。
アタシ独りじゃ援護しきれない場面って多かったのよねぇ」
リエラが組み立て式の複合弓を折り畳みながら私に言う。
「そうでもないわ、リエラの弓の牽制、私が本当に必要なのか疑問に思うほど早くて正確だもの」
此処二週間で既に何時も道理になってしまった作業。
アランが私にくれた『力』。
私には元々、母さん譲りの魔法を操る才能があった。
とはいえ、母さんからすれば私は万分の一の力しか持っていないそうなのだけれど…。
魔力を圧倒的に強化する魔法の道具…無限バンダナ。
これさえあれば、何があっても『今度こそ』アランを護れる。
この時の私は、以前に何があったかを忘れて純粋にそう思い込んでいた。
その後、私達はヴォルフとオークの肉体の一部を確保してからギルドに談笑しながら戻った。
その道すがら私とアランの関係についての話になった。
「で、リョ…じゃなくて、アランとはどこまで進んだんだエリー!
お前さんたちのべったり具合だ、もう『男と女の仲』まで進んでんだろ?」
「そうそう、傍から見ててすっごいもんねぇ~。
なんていうか、熟年の夫婦並よね、あんた達って。
普段のアイツだってなんかエリーの事信頼した上でのそっけなさって言うか…。
あんたたちが未だに子供1人も設けていないのが不思議でならないわ」
その言葉を聞いて顔が一気に熱くなったのを感じた。
た、確かに私たちぐらいの年齢(18歳)ならもう結婚して子供が1人や2人設けていてもおかしくない年齢だし言ってる事はおかしくないけどっ。
「えぇっ!?そ、そんな事ないですよ!まだそこまでは……」
「え~!?でもエリーってば彼とすっごい熱々じゃない」
「んだな、未だに床を共にして無いってのは信じられねーぞ」
2人は仲良くがつがつと私に問いかけてくる。
あうぅ、なんとか話をそらせられないかしら。
そう思ってギルドの中を見渡すと、壁に背を預けて目を瞑って何かを待っている様子のアランが居た。
「あ、アラン!」
「いよぅ、エリー」
アランは少しけだるげに返事を返してきた。
「おぉっと、リョーじゃねぇか!なんだ嫁の迎えにでも着たのか?」
「そんなんじゃないよ、ジェン。
ギルマスからの呼び出し、後こっちからも頼みがあったからそれの待ちだ」
それだけアランが言うと「そーかそーか」とジェンはニヤニヤと笑う。
そういえば、ジェンはアランの事を何故かリョーと呼ぶ。
アランもそのことに関しては喜んで受け入れている。
二人が言うには「涼しげに物事を成し遂げる様な人物を目指す、故に渾名はリョウ」だそうだ。
「呼び出し?
好い加減戦闘依頼に出ろとか?
ランク自体は不自然に低いけど、お前の実力は俺と遣り合っても良い線行ってるしなぁ」
「はは、相性のお陰だ。
俺は長物相手には自信はあるが、リエラみたいなすばしっこくて手数の多いタイプは苦手だよ」
アランは謙遜してそういうけれど、実際の所は多少苦手そうにしているけれど、模擬戦では今のところ負け無しだったりする。
なんでも「アイキドー」とかいう武術を以前冒険者に教わったそうで、護身術としてはとても有効なんだそうだ。
それによると、相手の動きを見切って、相手が引こうとする力や押そうとする力を上手く使って相手の動きを留めたり投げ飛ばしたりするそうだ。
アランが言うには自分ではクロオビにも届かないとか。
クロオビと言うのはアイキドーという武術のランク付けの目安らしくて、クロオビを貰えて初めてランクを貰えるという事になるらしい。
なら、何でランクもないのにアランが2人をアイキドーで圧倒できるかといえば、アランは『あの剣』が近くにある時はどうにも能力がとても強くなるらしいと聞かされた。
そのお陰でジェンやリエラの動きに何とか付いていき、アイキドーで攻撃を封殺できるのだという。
「なぁ、今度また手合わせしねーか?
お前のあの鉄壁の護り、今度こそ突破して見せるぜ!」
「また今度な。今は依頼こなしたばかりで疲れてるだろう?
今日は報告が終わったらゆっくり休め、明日以降には相手するから」
「約束だからなー」
ジェンが片手を上げて報告のカウンターへ向かい、リエラもそれに続く。
そして私も…。
「それじゃ、アラン、また家でね?」
「あぁ」
短い遣り取りだけど、そこには確かにそれが当然、という意思があって、私はそれを自覚できて少し嬉しくなった。
その後、依頼の清算を終えて私達はギルドを後にして近くの酒場に入る事にした。
「そういえば、エリー…お前、ルクツーの出身だったよな?」
「え?えぇ、そうですけど」
ジェンに聞かれて私は少し戸惑いながらも応える。
「あぁ、そのなんだ…お前さんの村なんだがよぅ…その…」
ジェンは非常に言い辛そうに何かを口にしようとしている。
彼にしては非常に珍しいと思う。
彼は普段は快活でこの様に口篭る事は滅多に無い。
「あぁもうじれったい!アタシがいうわよ!!
エリー、2週間以上前にルクツーの村がキキスミの領主に攻撃されてほぼ壊滅状態って噂よ」
「そ、そんな!?」
リエラの言葉に私は思わず大声で反応してしまう。
だが、リエラは涼しい顔でどうどうと私を宥めて続ける。
「あくまで噂よ。続きもあるから一応最後まで聞いて頂戴。
更に噂で、ルクツーはどうも反逆しようとして立って事になってるらしいわ。
まぁ、コレに関しては眉唾モンだと思っていたんだけど……。
どうも生き残り達が死なば諸共!ってな感じで復讐する気で本気で反逆するみたいよ。
で、更に問題なのは…彼らのリーダーがこの街きっての冒険者、疾風剣アルス・ルクツリアと氷炎の魔女マリー・ルクツリア。
それに伝説の極光の魔女まで加わっているって話よ…」
「アルスさんに姉さんが…?でも、極光の魔女って…」
極光の魔女、端的に言えば強烈な光の魔法により立ち塞がる全ての敵を葬り、また相手の攻撃は凶悪なまでに頑丈な魔法障壁により全て防ぎ切ると言われている。
私が生まれる2~3年ぐらい前までルクツー周辺に居を構え猛威を振るっていたという話を聞いたことがあるけど…。
「もしかして…領主達の事は置いておくとして、魔女が再び活動を開始して自分の住処の周辺で暴れた領主を制裁する為にみんなを煽った…?」
「魔女が何を考えてるかわからないが、領主に反逆するなんざそうでもなきゃ考えられないわな」
私の言葉にジェンが「ありうるなぁ」と頷きながら言う。
ソレとは逆に、リエラは…。
「リエラ、その噂って…何時の…話なの…?」
私は恐る恐るリエラに問いかける。
「大体一ヶ月くらい前の話よ。
彼らは今、フェチャシュの森に篭って各村から有志を募って戦力を増強中よ。
ちなみに、武器とかはどうも極光の魔女が用意しているらしいのよね。
なんでも地面からにょきっと鋼鉄製の剣や防具が生えてくるらしいわ」
「なっ!?なんて羨ましい…一々武具を揃えるのに金を使うのが馬鹿らしくなってくるな」
「確かに…ってそうじゃなくて、フェチャシュの森に篭るなんて自殺行為じゃない!!」
そう、あの森に篭るなんて自殺行為だ。
あの森にはヴォルフとオークは勿論のこと、主であるフェチャシュという凶悪な魔物が生息しているから。
いわゆる森の主…と言うべき存在で、希少種のモンスターでもある。
その容貌は相当大型のヴォルフと言われていて、素早い身のこなしに加えて強靭な顎を用いた噛み付きと切れ味の良い爪の一撃、そして何より強烈なのが雷のブレスを用いた雷撃。
どの様に雷のブレスをはいているかは諸説あるが、一番有効な説は魔法の一種ではないか、と言う見解だ。
なぜなら、魔法は魔力を持ち、尚且つ術式とイメージの二つがあれば使える。
ちなみにこの場合の術式とは『○○がこうだから□□がこうなって△△になる』という様な形のもので、ぶっちゃければこの辺りはこじつけであって、魔導士に求められるのはそのこじ付けを更に強化するイメージだ。
勿論、術式が理路整然としていれば魔法は強力にもなるし消費する魔力も少なくて済む、この辺りは昔、私が5歳ぐらいの頃にお母さんが色々と教えてくれた。
そして、お母さんはこうも言っていた。
『魔法っていうのは一種のプログラムみたいなものみたいね。
私は向こうじゃホームページ運営ぐらいしかしたこと無いから微妙だけど…。
それでもHTMLとJavaを使える程度の人でも、魔力を感じられればココまでできるって訳よ…って言っても分からないか。
こういうのはリョウ君やナナの得意分野だったんだけど…あの子達どうしてるかしら』
えいちてぃーえむえるとじゃばという言葉は私には今でも理解できないのだけど、どうやら魔法の術式とはまた違った術に使うものらしいと言うことが分かった。
どちらかと言えば、何かの学問…の様な者なのだろうとも思ったけど。
それよりも、お母さんが見せた少し寂しそうな懐かしい様な表情が今でも印象に残っている。
そういえば、以前アランが勉強の最中にこんぷを弄っていた時…。
『んー、やっぱ次元ネットも一応HTMLなのか…。
っつー事はCompのプログラムも基本はC++とかVBとかその辺なのか…?
いかん、細かい所考えると気になり過ぎて勉強所じゃなくなるか。
勉強勉強っと』
何でか知らないけど、アランもぷろぐらむやえいちてぃーえむえるに関して知っているみたいだった。
今度、聞いてみたほうが良いかしら?
あ、だめだ思考が変な方向に逸れてしまった。
とにかく、フェチャシュには魔法を扱うだけの高度な知性があるかもしれないっていう事だ。
まぁ、知性無しで本能で魔法を使っている可能性もあるのだけれど。
非常に強くて厄介な相手と言うことに変わりは無い。
それ故に遭遇したら熟練の冒険者でもただでは済まないと言われている。
つまり…お姉ちゃん達でも苦戦するか、下手をすれば重傷…村の人たちだったら死んでしまう可能性ですらある。
「フェチャシュの森に関連する依頼、無い?」
フェチャシュの森に関連する依頼は二人は把握しておらず、その後にギルドの依頼を見に行って、フェチャシュの森関連の依頼を発見してギルドマスターのヴァンさんに受領申請を仕様としたのだけれど。
「あのなぁ、エリー。この依頼は高ランクの冒険者向けの依頼なんだ。
総合ランクB以上じゃなきゃ受けさせるわけにゃいかねーんだ。
信用、実績、戦闘能力…これらのどれが欠けても受けさせるわけにゃいかん。
そして、今のエリーにゃまだまだ実績が足らん!
それに、だ…。
分かっちゃ居ると思うがあの森は非常に多くのオークとヴォルフが生息しているし、それ以外にも蜂の魔獣や蜘蛛の魔獣だっているんだ。
まだまだ経験の足りない青い嬢ちゃんに任せられるわけねぇだろうが。
ジェンやリエラが居ても同じだ。
いや、そもそも3人でと言うのも無茶な話だな。
CランクDランクの冒険者が3人じゃ普通に考えれば自殺しに行くだけだぞ」
「それでも構いません!」
「こっちが構うんだよ!無謀者!!
てめぇ自分ごと仲間も死なせるつもりかっ!!」
「─────!!!」
ヴァンさんの言葉をきっかけに私の頭に、この街にくる時に死んだ『偽者』の姿が浮かんできた。
結局、私はヴァンさんの言葉に反論することもできず、意気消沈して家に戻ることになった。
「……ただいま」
「おかえり、エリー」
リビングでぐだーっとお茶を飲んで居たアランが笑顔と共に私の帰りを待っていた。
何であそこまで笑顔なのだろうか?
「…? アラン、何か良いことあったの?」
「あぁ、うん。とても良いことがね。
それよりもエリー…あのさ…」
「うん?」
何があったのかは知らないけれど、それは後でも良いかと思いつつアランが何かを言おうとしているので待つ。
「そろそろ結婚、しないか」
「え、えええええ~!?」