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4./魔導と反則的な魔力。そしてアランへの疑問

> Side Elie



姉夫婦が旅立って一週間。

私はアランに今までの花嫁修業で覚えた様々な料理を振る舞い、家事技術を存分に振るってみせた。

特にアランは私の料理の全部に一々感想をくれた。

長ったらしい物ではなく、単純に一言。


シチューを作った時は…。


「結構美味い。でももう少し煮込んでみると良いと思う」


サラダを作った時は…。


「このドレッシング、少ししょっぱさが強いな、もう少し控え目にすると良いと思う」


得意のクッキーを焼いた時は。


「このクッキーは文句なし!最高だ!!」


正直、アランの舌がここまで良い物だとは思わなかった。

その全てが言われてみると確かにその通りだと納得できたし、クッキーを褒めてもらえたのは嬉しかった。



私が家事に精を出している間、アランは調べ物があるといってお義兄さんの部屋で色々な書物を手にとって何かを調べていた。

残念ながらタイトルは読めなかったけれど、勉強嫌いのアランが書物に興味を持ってくれた事を私はうれしく思う。

コレを機にアランと一緒に本の事を話題に出来れば嬉しいなと思い、私は全力でアランを応援することにした。


先ず、眠気対策で良く飲まれることがあるカヒの炒り豆茶。

独特の苦味と芳ばしい香りが人気の庶民が愛飲する飲み物の一つだ。

それを持ってアランの部屋に行くと、アランは驚いた表情で問い掛ける。


「どうしたんだい、エリー。何か問題でも起きたか?」


どうやらアランは何か問題が起きたと勘違いしている様だ。

私はちょっとだけ笑ってから。


「頑張っているアランって素敵ねって思って。

 カヒの炒豆茶を持ってきたから、良かったら飲んで頂戴」


そう言ってアランに渡すと少し驚いてからアランは『ありがとう、頑張るよ』と軽く笑いかけてくれた。

アランが扉の向こうで何か言っていたようだが、その時の私にはあまりに小さな声でよく聞き取れなかった。


「……まさかコッチでもコーヒーがあるとはねぇ」


それから私は夜になってもアランが頑張って勉強をしている事を知り、是非頑張って欲しいと言う思いから毎晩カヒの炒豆茶を持って行くようにした。

そして時間が今に戻るのだけど。


「って訳で、いつまでも居候っていうのもアレだし、無職も格好悪いんで働こうと思うんだけど…。

 エリー、なんかアドバイスないか?」

「アドバイスって言われても…」


アランの言葉に私は思わず困ってしまう。

勤労意識があるのは喜ばしいのだけど、この一週間の穏やかな日々が終わってしまうのは惜しいと思う。

それにアドバイスと言われてもアランがどういった職業を求めているのか判らないから何とも言えないもの。


「いやぁ、どんな職でも良いんだけどさ、エリーの意見があればそれにしようかなっと」


意外な事に、アランは「どんな職業でも出来て当然」と言わんばかりの態度で私に言った。



「前みたいにガードの…防衛関連の仕事は駄目なのかしら?」

「ガードか…」


アランは少し考える素振りを見せてから頭を軽く横に振ってから私に言う。


「ガード以外の仕事を考慮してみようかと思ってたんだ。勿論、ガードが嫌って訳じゃないけどね…。

 折角環境が変わったんだから色々やってみたい、そう思ったのさ」


その言葉を聞いて少し考えてみる事にした。

アランの実力では正直殆どの技術系の職業ではやっていけないと思うし、こう言ってはなんだけどアランは知識があるほうでもない。

だとすると、やはり普通の職業は無理。

ならいっその事冒険者でも勧めてみようかしら?

多少危険だけれど私がフォローに回れば良いだけの話だし。

きっとうまく行くだろう。


 あの時の様にアランに任せっきりにする積りはもうない。


私はそう結論付けた。


「なら、冒険者はどうかしら?

 読み書きとそこそこの能力が無いといけないのだけれど、色々やってみたいって言う面では最適だと思うわ」

「あ、それじゃあそれで」


アランの返事は即断即決のものだった。




家を出て、ギルドに向かう途中に余り外の情報を知らないアランにこの街について教えながら歩いていると、アランは相槌を打ったり関心しながらキッチリと話を聞いてくれた。


「なるほど、エリーは教えるのが上手いな。わかりやすかったよ」


アランは何時になく殊勝な返事を返して私にお礼を言った。

ここ最近のアランは以前より大人っぽくなったと思う。

それがどこか頼もしくて、少し寂しく感じてしまう。


アランを連れてギルドの建物の前まで来た。

ここは行政区の特に街の囲いとなっている外壁に近い所にある巨大な施設で、建材も全て石造りで非常に頑丈だ。

アランは立派な建物に驚いたのか感慨深そうに建物を眺めていた。

なんだか私のこと、すっかり忘れていそうで少しだけ意地悪したくなってしまう。


「ここがギルドよ。アランの事だから忘れてると思うけど…」


そう、既に一度来たことがあるのに、これなんだもの。

アランは少し罰が悪そうな表情をした後、誤魔化す様に中に入ろうと言って先に入ってしまった。



私はアラン追いながらギルドの施設の基本的な説明を行う。

と、言ってもこのあたりは全部お姉ちゃんとお兄さんの受け売りなんだけどね。


「エリーって本当に物知りだな」

「えへへ、アランと一緒になる為にイロイロな事、勉強したんだよ」


感心した様子で私に言うアラン。

だけど、何故か一瞬表情が曇ったように見えた。

なんでかしら?


「そう、だな。凄いよエリー」


追求するか、それともまだ様子を見るかの判断は、今回は後者にすることにした。

お話をする機会はこれから幾らだってあるのだし。


「でも、まさかお姉ちゃん達みたいに夫婦でギルドに勤めれるなんて、思わなかったわ」

「え?」


アランが驚いたように声を上げる。

あぁ、そういえば私の考えをまだ一度も告げていなかったっけ?


「アラン一人だけに働かせるのは申し訳ないし、それに不安だもの。

 それに私、いろいろ出来るのよ?

 弓だって覚えたし、純粋魔法、水氷魔法や火炎魔法も初級の物なら扱えるわ」

「弓に魔法を3系統も?……何時の間に」


アランの言葉を尻目に私は辺りを軽く見やる。


ギルドの中には多くの人がごった返していた。

ギルドに依頼をしにきた街の人や、職人に依頼したモノを受け取りに来ている人、奥の方で商談を行っている商人。

そして何より依頼を受けたり結果を報告しに来ている無数の冒険者たちだ。

年齢は20代から30代が多い様に見える。

もちろんそれ以上の年齢の人もいれば、私達よりも若い少年少女の冒険者達の姿も見える。

多くの人が一瞬だけ私たちに注目して、すぐに注意をはずした。


歩みを進めてカウンターまで進んで声をかけると、予想していたよりも下のアングルから声がかかった。


「いらっさいませ~。依頼ですか~?」


受付に居たのは、見た目6歳ぐらいの子供だった。


「………君が受付の担当?」

「はい、そーれすよう!」


アランがあっけにとられたように子供に尋ねる。

子供は物怖じすることなく元気よくアランに返事を返す。


おかしいわね、このギルド…そんなに人手不足って話を聞いたことはなかったのだけれど。


その光景を見ていた子供の身内と思われる壮年の男性が急いでこちらにやってきた。

身長はアランと同じぐらい。やや筋肉質で腕っ節が強そうで、渋い顔をした誠実そうな人物だった。

彼は子供を慌てて下がらせて場所を代わる。


「息子が失礼しました。ようこそユディツァ総合ギルドへ。

 私は当ギルドのヴァン・ホーテンと申します」

「あ、コレはご丁寧にどうも。

 俺はアラン…と名乗っています。

 後で個別でお話しするので今はアランと」

「アランの婚約者のエリー・ウェアドと申します。よろしくお願いします」


アランに引き続いて私も挨拶をする。

態々婚約者って言ったのは、私なりに色々と保険をかけたかったからだ。

あの貴族の男がまだ私を諦めていなければ、面倒なことになってしまうから。


「……。さて、お二方は本日はどのようなご用件ですか?

 依頼ですか?それとも……冒険者登録ですか?」


ヴァンさんは少し呆気に取られたのか沈黙した後、突っ込まずに話を進めることにしたようだ。


「冒険者登録でお願いします。

 一応、読み書きは出来るし戦闘も…出来なくはないが表立って戦うのは苦手だ。

 剣や短剣、後弓を扱えるが、どちらかといえば手先の小細工とかが得意だな」


アランがすらすらと自分にできることを話す。

勉強を頑張ってたのは知っているけど、弓なんて何時の間にできるようになったのだろう?


「私も冒険者登録です。

 短弓と純粋魔法、水氷魔法や火炎魔法の初級を扱えます」


弓と純粋魔法と火炎魔法は村に居た時に覚えたもので、水氷魔法はこちらに着てから覚えた魔法だ。

今は電撃魔法の勉強もしているけど、こちらはイメージが難しくていまだに習得ができない。

魔導士としては今一つ物足りないところだ、と私は思っている。


私達の自己紹介を聞いてヴァンさんは少し考えた後に言う。


「ふぅむ、少々特殊な形ですが『剣士っぽいスカウト』と『弓使いの魔導師』ですか…本当に珍しい組み合わせですね。

 それに、お嬢さんみたいに複数属性扱う魔導師も珍しい。

 さて、それでは契約としましょう。

 こちらの書類をよく読んで、同意していただけるのならばサインしてください」


え?複数属性を扱う魔導士って珍しかったの…?

私のお母さんもお姉ちゃんも私よりも多くの属性の強力な魔法を扱うから全然自覚がなかったわ。

もしかしたら、これは私が考えていた以上のアドバンテージかしら?

そう思いながら手渡された契約書に目を通す。

書いてあった事は要約すると…。


・ギルドに所属するからには無闇矢鱈に暴れえるな。

 違反した場合はそれ相応のペナルティを与える。

・クエストで負った怪我や病気に関してはこちらではなんら保障はしない。

 自己責任で済ませること。

・ギルドに登録する事により、ギルドメンバーとしてクエストを受けることができること。

・ギルド関連施設がサービス価格で利用可能であること。

・犯罪者となった場合、ギルドメンバーとしての全ての権利を剥奪し、追放されること。


という事ぐらいだった。

細々とした部分が多く書かれていたが、重要なのはこの辺りだろう。

そしてこの辺りは冒険者としては当然のことなので問題はない。


確認し終えてからアランを見ると、まだ云々と唸っている姿が見えてしまう。

その姿に少し苦笑してしまいながらも助言することにした。


「契約自体には問題なさそうだし、サインしても問題ないよ」

「むぅ…そっか、ありがとう」


アランは少し悔しそうに返事をすると手早くサインをしてヴァンさんに手早く渡す。


「はい、これに俺の"本名"書けばよかったんだよな?

 書いておいたから見てくれ」

「ほぅ、なるほどなるほど……」


受け取ったヴァンさんは意味深げに頷く。

どうしてだろうか?


「では続きまして実技試験を課したいのでアルスさんは剣士としての実技試験を行うので着いて来て下さい。

 エリーさんは私の妻が魔法実技試験の場所に案内しますので少々お待ちください」

「わかりました」


ヴァンさんは奥の方へと行き、金髪の女性と話している。

どうやらその女性が奥さんのようだ。


アランはその間に最近手に入れたらしい不思議な篭手を弄っていた。

なんでも『こんぷ』というらしい、とても便利な道具だという話なのだけど…。

何がどう便利なのか、私にはちんぷんかんぷんでまったく理解できなかった。

アランは篭手を弄り終わると衣装の上着から緑色の布切れを取り出して私に差し出す。


「そうだ、エリー。コレあげるよ」

「な、なにこれ??」


唐突に渡されたバンダナ…の裏地を見て私は若干引いてしまう。

良くわからない記号が延々と書き連ねられているのだ。

不思議な力を感じるけど、それ以上に不気味さが目立つ。


「以前、仕事中に人助けしたらお礼にって渡されたんだ。

 何でも、『蛇』って呼ばれる潜入工作のプロで、英雄とも言われた傭兵が使ってたバンダナの模造品らしい。

 どんな時でも必ず生きて帰れるとか?ご利益はあるみたいだよ」


アランはスラスラとこの布切れ…というかバンダナ?の出所の説明をする。

それがどこまで本当かはわからない。

だけど、これに不思議な力があるのは確かだ。

そう、持っているだけで魔力が体中に満ち溢れてしまいそうな感覚が…。


「……え、うそ。これって…」

「?」


私は気づいてしまった。

このバンダナはアランが思っているよりもすごい物だわ!

神器といってもおかしくは無い。

そしてアランの言葉も嘘ではないと確信してしまった。


(このバンダナ…持っているだけで魔力が溢れかえる…!)


私の感覚が正しいのならば、魔導士にとって自分の持つ全てと引き換えにしてでも欲しがってしまう様な神器だ。


(無限の魔力を持つ『蛇』のバンダナ…ちょっと長いから『無限バンダナ』というところかしら?)


アランにさらに詳しく尋ねようと考えた所でヴァンさんが着たので私は質問を後回しにする事にした。

アランがヴァンさんと行ってから何分もしないうちに、先ほどカウンターの奥に見えた金髪の女性が私のところまで来た。


「はじめまして。エリー・ウェアドさんですね?

 ギルド職員のピュコア・ホーテンです。

 これから魔力測定と魔法の訓練場へと案内いたしますのでついてきてください」

「はい。よろしくお願いします、ピュコアさん!」



ピュコアさんに案内されて辿り着いたのはギルドの地下にある試射場だった。

試射場は2種類あり、一つが弓やスリング等の試射場、もう一つが魔法の試射場だ。

弓の方の試射場は個人で利用する際はそれほど費用は必要ないが、魔法の試射場は維持費が高い為に利用する為の費用も馬鹿にならない。


「それじゃあ、先ずは弓の扱いから見させてもらいましょうか。

 的のより中央に当てる事、そしてなにより短い時間でこなすのがポイントが高いわ。

 ただ、勿論外してしまえば意味がないからそこだけは気をつけて欲しいわね。

 射る回数は5回だけよ。

 それと、今回使う弓と矢はこれね」

「わかりました。それでは早速」


私は支給品の弓と矢を持ち、的を見据えて一息に矢を番えて引き、構えながら的を射抜く自分のイメージを得る。

大よそ30m先にある幾重にも丸を描いた的。それの大体真ん中のあたりを射抜けるイメージ…!


これは私なりのやり方なのだけど、弓を射る際に一番大事なのは直感的なイメージ力だと思う。

的を射抜くイメージを得られれば、その通りに当たる事が多いし、その逆ならば外れることが多い。

そんな事をふと一瞬だけ脳裏にちらつかせながら、私は現実とイメージの一致を感じた。


「───っ!」


矢は私のイメージした道理に進み、的の中心からやや上の位置に突き刺さった。

ほぼイメージ道理であり、若干の精神の高揚を感じながらも努めて冷静に二射目を行う。


「──っ!!」


しかし、矢はイメージと現実が一致せず的からやや逸れて当たらずに終わった。

これは矢を射るタイミングがイメージよりも若干早かったせいだ。

先ほどの成功で調子に乗ったせいだと自覚する。

続いて三射目。


「────っ!!」


時間をややとってしっかりと狙い、射る。

今度は当たりはしたがイメージに迷いが出て中心から大分ずれている。

四射目。


「───っ!」


今度はイメージと現実が理想的なまでに一致。

詰まる所はど真ん中に命中だ。

五射目。


「─あっ!」


弓を引いたのは良いが、指先で汗で矢を手放してしまう。

明らかな誤射だ。やってしまった・・・と思いつつも矢の行方をきっちりと見る。

すると、矢は的のふちに何とか刺さっている、という様相だった。


「最初と四射目が特に凄かったわね。修練を積めばもっとうまくなれそうね、アナタ。

 五射目に関しては自分の状態をよく把握しましょうといったところかしら。

 あなたの腕前は大体わかったわ。次、魔法の方に行って見ましょうか」

「はい」


褒められはしたが、同時に自分の未熟さも浮き彫りになった気がする。

もっと頑張ろう。


次に連れて来られたのが壁中に魔法文字が彫られ、彫られた魔法文字がうっすらと輝いている魔法の試射場だ。

広さは弓の試射場よりも若干狭い。


「まず、ここの説明からしたほうがいいかしらね。

 ここでは非実態系魔法の射撃の試射を行えるの。

 的はあの吸魔の水晶よ」


私はピュコアさんに言われて水晶を見る。

吸魔の水晶は澄んだ透明の石の塊で、聞いた話によると魔力を吸い取って輝くらしい。

それ故に魔法に対しては絶大な防御力を誇るとか…。

そして、魔法の属性によって輝きが異なる、という話も聞いたことがある。

だが、それより何より気にするべき所は非常に高価すぎるということだろう。

クルック(この世界で言うところの鶏)の卵程の大きさで金貨1枚(日本円で百万円相当)だと聞いたことがある。

的となっている吸魔の水晶は卵の5倍ぐらい大きい。

だとすれば、金貨5枚…どころかさらにその五倍である金貨25枚ぐらいの価値はあるのかもしれない。


「自分の実力で打ち出せる最大火力で攻撃してみて頂戴」


「わかりました…行きます!

 我が内に眠りし力の流れよ、我が前にありしモノを貫く槍となれ!

 フォトン・ランサー!!」


イメージして紡ぎ出すのは何者をも穿ち貫き通す私の最高の槍!

それを制御しきれる最大魔力で編み出し…。

それを弓を要る時のように構え…。


「いけぇっ!!」


射出する!


普段よりも遥かに強い魔力を込めて打ち出した私の魔力で編まれた光の槍。

それに一瞬で多くの魔力を吸い込まれる虚脱感を感じたが、それも即座に無限バンダナからの魔力供給で回復してしまう。

本当にこのバンダナ…ずるいわね。

でも全力で魔力を使った後のこの一瞬の虚脱感…少し良いかも。


さて、私が軽く思考をずらしている間にフォトン・ランサーはキチンと吸魔の水晶に命中し、そしてとても良く輝いた。

それはもう輝き過ぎで、様子を見ていた魔導士の一人が「うぉ、まぶしっ!?」とか言ってしまう位にだ。


「これ、凄い逸材ね……でもこれだけ撃っても……この子ケロリとしてるわ。

 末恐ろしいわね、最近の子は」


ピュコアさんが戦々恐々としながら呟いていた。

もしかして、いえ、もしかしなくてもやり過ぎかしら?


「魔力の扱いも制御の方も問題無さそうね。

 これだけの実力があるなら街周辺の魔物狩りも問題無さそうね」

「そう…でしょうか?」


私は思わず弱気になってたずね返してしまう。

故郷の村では弓や魔法を使っての狩をお父さんと一緒にしていたが、村を出て以降は一度も戦ってはいない。

むしろ、アランに任せきりだった。

アランの本当の剣の実力を考えると、私は本当に足手纏いだって思えたから。


「実戦経験が無いんだとしたら少し心配だけど、魔導士としてはこの辺りで冒険者をしてる魔導士に引けを取らないんじゃないかしら?

 弓もそこそこ使えるし魔法は一級品。中距離から遠距離の攻撃に関しては抜群ね。

 そうなると近距離が不安になってくるけど…後は貴女の婚約者と一緒に頑張って見なさい」

「はい」


その後は他愛も無い雑談をしながらピュコアさんと待合室まで行って、アランとヴァンさんを待つこととなった。

会話をしている最中、いくつか判明したことがある。

それは姉夫婦とピュコアさん、ヴァンさんは王国と神殿からの依頼で一時期は隊を組んでいたという事。

ホーテン夫妻は元々ヴァンさんが王国騎士でピュコアさんが太陽神神殿の司祭様。

駆け出しの姉夫婦は初々しいカップルで、それに当てられて自分たちも恋して結ばれて。

そして王国と神殿の依頼を無事終えた頃にはピュコアさんの妊娠と出産をきっかけに隊は解散。

ホーテン夫妻は様々なしがらみから抜け出す為にお役目を辞してから正式に結婚し、ギルド職員として働き始めた、ということ。

司祭と騎士団長というだけあって双方には婚姻には厳しい制限があるし、そもそも政治と宗教で色々とあったのだろう。

そういう風に見る事もできる……お母さんの教えだけれども。


「でも、驚きです。ヴァンさんが元は騎士団でしかも団長様だったなんて。

 結婚の後は元の騎士団に戻られることは?」

「あの人なら、それも可能だったのだけれど…。

 アルス君達との冒険が忘れられないって言って、それに騎士団だと決まりだの何だのと大変だしいまさら戻る気も起きないって、ね。

 もっともそれは私も同じ。

 私とヴァンは国の為、人の為、神の為に頑張って来ていたのだけれど、それに疲れてきちゃってもいたから。

 丁度良い機会だったのかもしれないわ」


ピュコアさんは少しだけ寂しそうにそう言う。

未練が多少はあるのだろう。


「ふふっ、ごめんなさいね、少し詰まらない話をしちゃったわ」

「いえ、そんな!ピュコアさんや姉達の冒険者時代の話を聞けたのでとても興味深かったです」


その後はお互いの得意料理の話や料理におけるコツなどの情報を交換し合って有意義に時間を過ごしていると、

アランが待合室に入ってきた。


なんでも模擬戦でヴァンさんと遣り合ったそうなのだけれど、本人曰く。


『偶然に偶然が重なった上での奇跡的な無傷の勝利』


を得たらしい。

どこまで本当なのか疑わしく思う。

だって、アランは私にだってオークを一太刀で切り捨てれる本当の実力を隠し持っていたのだから。


それを聞いていたピュコアさんはため息を一つついてから、事務的に私たちに言う。


「お2人とも合格です。おめでとうございます。

 明日には必要なものこちらで揃えてお渡ししますので、明日の正午にまた受付まで来てください」


そう言い終った後に、ピュコアさんは一言だけアランにお説教。


「それとアラン君、ヴァンは腐っても元騎士よ、謙遜もそこまで行くと嫌味にしかならないから気をつけて頂戴」

「いや・……あー、わかりました。気をつけましょう」


ピュコアさんからの言葉に困ったように視線を彷徨わせた後、仕方無し、といった具合に頷くアラン。


「それでは、私はこれで失礼いたします」


そういってピュコアさんは席を外した。


「それじゃあ俺達も行こうか、エリー」

「そうね、アラン」


二人揃って待合室を出ると、ギルドに来た時よりも強い好奇の視線が私たちに向かってきている事に気づいた。

そして周囲で私たちを噂していることにも気づいた。

私に対しては『王宮魔導士並の魔力を持った怪物新人』。

アランに対しては『元騎士団長を剣を軽く捌いて蹴り一撃で葬ったバケモノ』何て言われている。

他にも色々と言われているけど、とりあえず無視しておくに限るわね。


「アラン、なんだか凄く噂になってたね。

 元騎士団の団長様の剣をいなして蹴り一発でダウンさせた凄いヤツって!

 森でのオーク達との戦いや街道での魔物との戦い、それにあの騎士団長…アラン別人みたいに強くなっちゃったね」

「はっはっは、本当に別人だったりして。

 まぁアレだ、運が良かったんだよ俺は」


アランは参ったなぁと言いながら苦笑する。

だけど、そうは言いながらもアランは褒められている様で嬉しそうだった。

それは私も同じだ。

私たちは少しの喜びを胸にしたまま家に戻って、アランは疲れたから少し休んでくるといって部屋に戻っていく。

私は時間的にそろそろ夕食の用意にかかる時間だったので、調理準備に取り掛かることにした。


「今日は……そうね、鍋物にしようかしら。

 確か昨日買ったお肉がまだあったはずだし、野菜がまばらにあったから…うん、この材料なら問題無さそうね」


材料を確認して頷く。

ごった煮になってしまいそうだが、そこで上手く味を引き出すのが女の腕の見せ所だわ。

お母さんから鍋物に関しては凄くみっちりと教えられたのだし、頑張らなきゃ!


そう思って料理をしていると、アランがいつの間にか部屋から出てきていた。

私はアランに背を向けたまま、鍋の日の様子を見続ける。


「アラン、お夕飯はもう少し待っていてね。もう少し煮込めば美味しくなる頃だから」

「ん」


返事をするアランだけれど、何でか気配が近くなっていた。


「アラン──ん!」


いつの間にか至近距離にまで来ていて、振り返るのと同時にキスされてしまう。

驚きで半開きになっていた口にアランの舌が差し込まれ、そして私の舌と絡み合う。


「──!」


お料理が気になって少しだけ拒むけど、アランはさっと私の腰と後ろ頭に手を伸ばして、情熱的にキスを続ける。

息がしづらくて少し苦しいけど、段々と気分が高揚してきて頭が蕩けてしまいそう。

そして、少しの間だけ唇と唇が離れる。


「あ…」


唇が離れてしまった事を大いに残念に思っていると、アランの目の色がここ最近の少しイライラとしただけど大人っぽく見える物や、今さっきの私を求めるものから、何時もの慌てん坊のアランに戻っていく。


「……あ!そ、そのごめんエリー!

 君を見てたら凄くキスがしたくなってその…あの…ごめん!」


アランは本当に正気に戻ったのか、いつものアランらしく慌てて去っていってしまう。


「……もう、アランってば本当に判ってないんだから!」


アランは何時も私にお預けをする。

それは本当にずるいことだと思う。

ここ最近のアランは少しおかしい。

昼間はやっている事が大人っぽくて少し凛々しいアラン。

夕方頃は時々情熱的で、私を融かしてしまいそうなキスをするアラン。

夜は時々だけど何時もの慌てん坊で、だけどほっとできるアラン。


そういえば、アランが慌てん坊のアランの時は、何時もあの不思議と引き付けられるあの剣を持っていないような気がする。

もしかして…あの剣に何かあるのかしら?


「あ、いけない!お鍋!!」


目を放している隙にお鍋は噴出していて私は久しぶりに失敗したと感じる。


「アランの事もそうだけど、今はお料理に集中するべきだったかしら」


私はアランに対して抱いた疑問を一時保留し、食事の準備を続けた。



アランは今日のお夕飯に対しては美味しい美味しいというだけで、余り詳しい評価が聞けなかったのが残念だった。

嬉しいけど残念というのは欲張りなのかしら?




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