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1.神隠しの辿り着く先/壊れた心がみる幻影

> Side RYOU


俺の名前はリョウ・イスルギ……日本的に言い直すと石動涼。

どこにでもいる23歳の社会人(派遣社員)だった筈なんだが、俺は神隠しに会ってしまったようだ。

なんというか、ついに俺もか、と言う感覚があった。

何故かと言えば、俺の住んでいた街では俺の弟、石動進を筆頭として何人も突然行方不明になってしまうという事件が頻発しているからだ。

他にも自動車事故が頻発したり、連続猟奇殺人事件が起きたりとかなり街そのものがヤバイ感じだった。


さて、俺の現状を説明しよう。


俺は突然現れた黄色いモッコスもどき(青い部分が全部黄色のKOS-MOS)にワケのわからない事をgdgd言われて荷物を持たされて気がついたら夜の森にいた。

何を言ってるか分からないだろうが俺も何を言っているのか判らない。

取り敢えず俺が持たされたのは3つだけだ。


"無限"と裏地にびっしり書かれたバンダナ。


メガテンに出てきそうなハンドヘルドコンピュータ


そしてエクスカリ"パー"(仮名)である。


注意して欲しい、エクスカリ"バー"ではなく、エクスカリ"パー"である。

武器からはとんでもない威厳っぽい何かを感じるがあくまでもエクスカリ"パー"である。

投げる以外にどう扱えと?

木に叩き付けても切り傷一つつかないこれをどうしろと?

防御には使えるかもしれないが、攻撃には寧ろ足手纏い…他の武器を使うかした方が利口だ。


それ以外に俺が持つ物と言えば、今着ているグレーのスーツ一式と通勤カバンぐらいである。

歩きながら現状と今まで身近で起きた事件を考える。


「もしかして、進のヤツも同じ状況に陥ったのか…?」


そう考えるのが非常に妥当な者だと思える。


「と、するならばアイツ…相当ヤバイだろうな」


石動進、俺の弟は非常に残念な事にデキが悪いという部類の人間だ。

だが、だからといって本当に使えない人間という訳ではない。

ありとあらゆる意味で才能がない人間だが、それでもただ一つ誰にも負けないモノがある。


不屈の心。


どんな事であろうと諦めずに挑戦し続ける事が出来る人間、それが俺の自慢の弟だ。

それに引き換え、俺は弟と比較して良く『平凡』と呼ばれる。

万事において『それなり』にこなせる俺であるが、だからこそ才気ある人間や努力できる人間には叶わないのだ。

やる気の問題だ、と上司にも言われた事があるがソレは置いておく。


「さて、さしあたってこの道の行き着く先はどこなのだろうかね?

 ご都合主義ファンタジーの基本としては、この辺りで美女、美少女の悲鳴の一つでも聞こえそうな者だけど」


『GYAAAAA!!!』


聞こえてきたのは野太い人外の悲鳴だった。


「ふむ、流石に気になるがどうするべきかねぇ?」


等と考えていると次の瞬間木々の向こうで激しい剣戟の音がした。


「アレか、中世とか江戸時代とかそんな感じか?

 殺陣を見るのは好きだが殺し合いは勘弁だなぁ…。

 いやいやそれよりも俺がこの後どうするかだな」


選択肢A.様子を見るためこっそりと移動する。

選択肢B.君子危うきに云々という訳で逃げる。


考えている間に、剣戟の音と何か重い物がノシノシと歩く音が聞こえる。

そして、誰かの怒声と金属が金属を思いっきり叩きつける音…その後。


「ぐぁあああああ!!」

「い、いやぁあああ!アラン!!」


男の絶叫と女の悲鳴が聞こえた。


「……まぁ、アレだ、助力できそうなら助けるって方向で」


呟いてから俺は木々を遮蔽物としながら声の元へ出来るだけ素早く近付く。


「(この辺りの技能、学生時代にサバゲーで培ってて良かったわ)」


ちなみに俺はサバゲーでは『アサシン石動』なんて妙なあだ名で呼ばれていた事がある。

まぁ、アレだ、射程の短いエアガンしか所有してなかったので必然的に至近距離までこっそり近付いて攻撃できる技能が必須だったのだ、俺には。


等と考えながら進み、木の陰から様子を見る。


「アラン!!アラン!!」


呆然としていた少女だったが直ぐに気を取り直して、直ぐ傍の死体に駆け寄った。

死体、そう死体である。

最早ピクリとも動かず、呼びかけにも応えられない存在だ。


「……」


一瞬我が目を疑い、もう一度目を凝らす。

そこに居たのは…


『%&#$%&'()$%&'$#!!』

「い、いやぁ!!」


胴体が泣き別れした男…弟、石動進によく似た人物と、その幼馴染の沢崎浩太…の女性版と思われる人物だった。

男の方は金属製のブレストプレートと籠手や具足、片手には1m未満の金属製の剣のみが握られていた。

女の方は多少際どい部分のある衣装と短いマントを羽織、片手には木製の杖を握っている。

更にもう1人…いや、一匹?

緑の肌をしたごつごつとした肌とやや肥満体の腹を見せる醜悪なブタ面男…いわゆるオークって感じの変なの。

片手にはやたらゴツくて長く、紅いモノが滴れている長剣を握っている。

ついでにやたら大きなアレも股間から聳え立っているのでこの後にあの野郎が何をしようとしているかは手に取るように判る。

と言うか判りやすいお約束だ。

ちなみに少女の方は気が動転していて倒れた男にしか意識が向いていない。

こうなれば現代日本人的紳士としてこのようなに事態にどうすれば良いかと言えば…。

闘うか、戦うか、たたかうか…だ。

逃げるがないって?

そりゃそうだろう…此処で逃げたら後で後悔するのは間違いないしな。

それに…手遅れではあるがまだ遺された者もいるしな。


とりあえず投げるか。


そう思ってエクスカリパーを引き抜き、投げると自分が予想していたよりも見事なフォームで俺はエクスカリパーをオークに向かって投げつけていた。


「……あれ?」


投げつけたエクスカリパーは見事にまっすぐとオークの首を引き裂き、そして何故か手元に湧いて戻ってきた。

驚くほどさっくりと、華麗に引き裂き、突然戻ってきて俺は吃驚仰天だ。

ほら、女の子の方も口をあんぐりと開けて呆然としているし。

でも投げた俺の方がびっくりだよ。


「あ…あぁ…う、うわぁぁぁあああ!!」


少女が泣き始めてしまう。

正直、どうしたもんかね?

慰めの言葉を浮かべようにも、先ほどのアレのせいで微妙に声を掛けづらい。

あぁ、そうだ今のうちにComp(仮称)のチェックでもしておくか。

起動スイッチを探し当てて押してみると、液晶パネルの画面に明かりが灯り、文字が表示される。


『General Arm Terminal System』


「G,A,T,Sか…微妙にゴロが合わないな。

 Terminalの部分だけもう一字足してGateSystemとでも呼ぶか?」


本当に俺を元の世界に運ぶ門にでもなってくれれば嬉しいんだけどねぇ。

けど、折角考えたけどCompの方がわかりやすいし、知名度が高いのでやっぱりCompと呼ぼう。

考えながら画面を見ていると、基本機能の利用ガイドの動画が始まった。


『ナノセーフシステム』


要するに、ナノサイズまで分解、再結合して手持ちの物品をコンピュータで管理するシステムらしい。

細かい原理は良くわかんないが、とりあえずCompが金庫代わりになると言う事だ。

都合主義ファンタジーだと思って全力で見逃そう。

ナノサイズに分解した物品は所有者の能力次第で運べる量が決まるらしい。

とりあえず、重すぎるのは無理という事だ。

後、生き物の類もダメだとか。

確実に死んでしまうようだ。


『次元ネット』


極普通のインターネットを見られる機能‥‥だと思うんだが、どうやら元の世界のインターネットに接続できる模様。

あれか、ファンタジーワールドにもとの世界の技術をもってこいとか、そういう事か?

てか、コレだけで俺SUGEEEE!できるよね?


『ステータスディスプレイ』


俺の健康状態の表示や能力の数値化を行い表示するらしい。

どういう原理だ?

ちなみに、俺はどうやら精神状態が『やや無気力』身体状況が『十円はげ』らしい…って、何時の間にできた十円はげ!?

ニート時代か!?

技能欄とかあったけど今はまだいいや。


『マッピングシステム』


周囲の地形を記録し、マッピングしてくれるらしい。

後、方角とかもわかるようになるとか。

地味だけど大事な機能だ。


『意思疎通システム』


どうやら、コレは先ほどからずっと機能していたようだ。

ぶっちゃければありとあらゆる人間(或いは人間と同等かそれ以上の知能を持つ相手)と意思疎通が出来るようになるとのこと。

自分や相手が発した言葉がお互いに理解できる言葉として認識できるシステムらしい。


『生体センサー』


生命体を感知するセンサー。

ディスプレイに周辺地図の表示にかぶせるように表示される。

アレだ、メタルギアっぽいな、コレ。



ふぅ……此処はあれか、ご都合主義ファンタジー万歳と叫ぶ所か?いや、叫ばんけど。

さて、取り敢えずのチェックはこんなもんでいいか、あっちのお嬢さんは…ってまだ泣いてるよ。

困ったな、俺…こういう時どうしたら良いかわからねぇよ。

取り敢えず声を掛けるか。

どうやら自分達より大型の何かが周辺をうろつき始めたようだし。


「傷心の最中申し訳ないが、何者かが周囲を囲んでいるようだ。

 君には早急に選択してもらう必要がある。

 この場を離れるか、この場に残るか、だ」


俺の言葉に応じる事無く少女は彼の死体にすがって泣き続けている。


「後、30秒以内に決めてくれよ?

 そこの彼も納得してくれるであろう選択肢を、ね。

 もし決められなかった時は容赦なく君を置いていくからそのつもりで」


少女は何の反応もしない、思わず溜息をつきたくなる。

元々関係ない人間だしね、このまま放って逃げるのもありか?

……こういうところが原因で恋人が出来ても余り長続きしなかったんだよなぁ。


僅かな時間が流れ、彼女の決意と準備が固まった所で改めて話しかける。


「さて、君の選択は?」


「……私は──」


「しかし残念、どうやら答えを聞く時間は無さそうだ。

 君自身が持つ不運を嘆くが良い、強制イベント開始だ」


「─私が…」


少女が何か言おうとしたがそんなの関係ねぇ!

Compのディスプレイに表示されるマーカーは直ぐ近くまで迫っているからだ!

いやぁ、俺の見積もりが甘かったねぇHAHAHA!


「正直、厄介ごとはゴメンなんだよな…じゃあな」

「え?」


愚痴って逃げ出そうとしたら、真正面に出てきましたよ、おっきな豚面の不細工さんが3人ほど。


「「「FRESH MEET!!!」」」

「何で今回に限り英語!?」


ぶっちゃければCompの機能のお陰なのだが焦ってる俺が気づく筈もなく。


「う、うわおぉっと!?」


急に停まったのと、剣の重さになれずにバランスが崩れて思わず剣が適当に横薙ぎに振るわれるような形で流れた。

ソレは丁度豚面の戦闘に居る奴の胴を薙ぐコースであり…結論から言うと、豚面の胴を真っ二つにした。


木の皮も切れないくせに、何故か豚面に対しては『こうかはばつぐんだ!』と良いたくなるほど切れ味の良いこのエクスカリパー(仮)。


まさか……豚面キラーか!?

特定の相手のみに威力を発揮する超凄い剣なのか!?

すげー!


いや、調子に乗ると痛い目見るんだよな。

学生時代の経験でそういうのはこりごりだ。


「ヴァー!!ウゴクナ!オレガタタキキルマデダ!!!」


ほらきた!?豚面が振り下ろしの一撃を放とうとしている。

やばい!!と思った瞬間俺自身のビビリから来る体の硬直を無視して剣を持つ手が何故か勝手に動いて俺の頭に叩きつけられようとしていた豚面の剣をいなして弾く。


「…ふぇっ?!」


思わず驚くがソレは相手も同じこと。

お互いに必殺であると思っていたからだ。

そして俺は相手よりも僅かに我を取り戻すのが早かった。


「どりゃぁあああ!」


とにかく無我夢中で切りかかる。

それも其の筈、俺は剣の使い方なんて知らないのだから。

そして俺は三度目の驚愕をする事になる。

出鱈目に振った剣は豚面を防御に使用しようとした剣ごと豆腐に刃を通すようにあっさりと切ってしまったからだ。


「……(な、なんじゃこりゃー!?)」


声に出せないほど驚いてしまう。


いや、待て俺…このエクスカリパーのトンでも性能はともかく、上手くやれば敵の殲滅も可能か。

ディスプレイのマーカーを確認する。

少女を中心に大型のマーカーが囲みを小さくしている。

だが、その囲みは現在一点に穴が開いた状況だ。

残る豚面の数はマーカーによると6体。

…と思っていると、マーカーの情報が更新された。

マーカーの下に文字列が現れたのだ。

『Lv23 オーク』

Lvってゲームかよ、と突っ込みたくなるが堪える。

とにかく、豚面の名前はオークってことらしい。


さて、此処まで来たら俺がすることは決まっている。

あの少女を助けよう。

さっきは逃げようとしたが、倒せる相手なら逃げる必要もないしな。

それにだ…冷静に考えて土地勘の無い人間がこの鬱蒼と生い茂った深い森から簡単に脱出できる筈もない。

だから、どの道あの少女が俺には道案内として必要なのだ。


と、言うわけで『アサシン石動』の二つ名、とくと味あわせてやろう。


にしても、こいつらの死体を量産しておいてなんだけど、意外と動揺しないなぁ…自分。

あ、ちなみにオーク達はもう全部片付けたぞ。

あいつらは意外に聴覚とか鈍いのか、背後から足音を殺して接近したら全然気がつかれなかった。

そしてエクスカリパー改めエクスカリバー(仮)の性能を頼りに後ろから首を刎ねて一体ずつ処理。

やばい、これ持ってると俺"が"強くなったって勘違いしちまうよ。


閑話休題。


俺は剣を鞘に納め先ほどの少女の元に移動した。


「おや、まだ呆けていたのか?」


声を掛けると、少女がゆっくりとこちらを向いた。

その少女が俺を見た時、俺は言い様の無い悪寒に襲われる。

少女がニコリと笑う。

その瞬間、直感的に或いは本能で悟った。

これは……厄介事だ、と。

少女は俺を見ているがどこか不自然な笑み。

それはまるで親しいいとに向けるような笑みだが……どうして此処まで怖気を感じる?


「アラン、こんな所において行っちゃうなんて酷いわ」


その一言で全て把握した。

この娘、壊れちまってるのか。


「そこの彼は…?」

「ダメみたい、オークに襲われて私を助けてくれようとしたのだけど…」


彼女は少し悲しそうに言う。

なるほど、そういう風に彼女は認識を歪めたのか。

本気で困ってきたな。

彼、アラン君は彼女にとって善意の他人とし、生きている俺に彼という存在を押し付けやがったか。

正直迷惑な話だ。

だが、どうしたもんかな……利用するにしてもどうするにしても、この場で見捨てるのは後味が悪いんだよな。


「アラン、今までへっぽこだと思ってたけど、凄く強くなったのね!

 オークを一太刀で切り伏せるなんて熟練の戦士並よ!」

「偶々だ。運が良かっただけだ。後、俺アランじゃないから」


運と言うより武器が良かっただけとも言うけどな。

そのついでに自分はアランじゃないと告げたが、「アランはアランじゃない」と怖気のする笑顔で言われた。


さて、どうするどうする?


この子、見た目は美人だしそのまま…っていうのも美味しい話ではある。

だけど、ふっつーに考えてどう見ても爆弾です。

ヤンデレ…じゃなくてヤンデルちゃんです、本当に。

扱い間違えれば油断した所をNice boat.ですね?ワカリマス。

本気で困ったがとにかく選択肢が思い浮かばない。


結論、後で考えよう。


正直な話、何を考えようと此処を生きて抜けられなければ意味はない。

俺個人では戦闘はどうにかなるだろうが、森からの脱出は自信がない。

更に手持ちの食料。

カバンの中に入っている烏龍茶500mlペットでしかも残り4分の1とカロリーメイト4本入りのが丸々一箱か。

彼女の手荷物はどう見ても着の身着のままで、大したものはない様だ。

長く見積もって2~3日持てば良い方だろう。

自分の体力的に持たない気もするが。


「さて、こうしていても仕方ない…彼の遺品を預かってから移動しよう」

「そうね…この人の遺品、この人の大事な人に渡さなきゃ」


それはお前じゃねーの?と思わず突っ込みたくなったが溜息だけついておく事にした。

とりあえず、彼の遺体を漁り、彼の所持していた剣だけを貰い受ける事にした。

食料の類は彼も所持していなかったようだ。ガッデム。

剣を握っていた腕とは反対の腕には婚約指輪と思わしき物があった。

それだけは彼から奪ってはいけないと想い、指輪を奪うことはしなかった。



さて、初手から貧乏籤を引いた気がするが…どうなるんだかねぇ?



追伸:

少女に「何時もみたいにエリーって呼んで」と死んだ目で微笑まれた。

怖すぎて俺には頷くことしか出来なかった。



> Side Elie


「さぁ、君のご両親の為にも是非とも我が妻になっていただきたい」

「…っ!」


目の前の陰険な男の台詞に苛立ちが隠せない。

まさか、こんな所で先月の盗賊襲撃の際に父母が重症に陥ったことが響いてくるとは…。


「くくっ、我が愛しのエリー…君は怒りの表情も美しいな」

「っ~~~~!」


この男を殴り飛ばす事が出来ればどれだけスカッとするだろうか!!

だが、そんなことは出来ない。

厄介な事に目の前の男は貴族…しかも、駄目貴族のお約束である傲慢で悪政で色好きという最悪の男だ。

今まで領地内の見た目の良い女は片っ端から犯されてきたという話しも聞いている。

しかも、小さい子も含めて、だ。

そして自身の屋敷に囲い込んで淫蕩に耽っているとも聞く。

領地の僻地であるこの村までやってきたという事は、相当な被害者数にもなっているだろう。

そんなことになっているのに反乱が起きないのは至極単純な話がある。

人質と、強力な魔道兵の存在だ。

魔道兵は強力な魔法を扱い、更に通常の兵士達の様に武器の扱いにも長けた存在。

その戦力は一騎当千でもある。

各地で反乱を起しても即効で潰されてしまうだろう。

事実、既に幾つもの犯行を企てた村が嬲り殺しの目に遭っている。


「とっととくたばってしまえ、下衆!!」

「では、明日の朝に迎えに来る。精々体を磨いておくが良い」


私の言葉など聞く耳持たずに帰ってた。

ヤツが帰ってから私はこの後に待ち受ける処遇に悲嘆した。

私には想い人がいる。

アランと言う名の幼い頃からの友人で、つい先月婚約したばかりなのだ。

彼は剣の腕はイマイチだけど人柄がよくみんなに信頼されていた。

先月の盗賊が来た晩には未熟ながらも村のガードとして先頭に立ち、班を指揮する班長として皆を奮起させて活躍して見せたのだ。

そしてその次の朝、彼から私に結婚を前提としたお付き合いをして欲しいと言う告白を持ち出された。

私は迷う事無く頷いた。

幼い頃から彼だけを見てきた。

彼と結ばれると言うのは私の幼い頃からの夢だったからだ。

彼の為だけに美しくなろうと思って努力した。

彼の為だけに料理を始めとした家事の腕を磨いた。

彼の為だけに彼を補佐するのに必要な勉強もした。


なのに…なんで…?


目の前には切り伏せられ、上半身と下半身が分断されたアランの姿があった。


私のせいだ…私の所為でアランが…。


「い、いやぁあああ!アラン!!」


ピクリともアランは動かない。


「アラン!!アラン!!」


揺さぶってアランの顔を覗き込むも意思を宿さぬ瞳が私を写した。


「あ…あぁ…う、うわぁぁぁあああ!!」


私のせいでアランが死んでしまった?

私がアランに連れて逃げて欲しいと言ってしまったから?


嘘だ。

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。


そうだ こんな現実 全部嘘だ。

アランが死ぬ筈がない。

だってほら、そこに生きてるじゃない。

そこで死んだのはアランの偽者よね?

うん、そうだ、そうに違いない。

ねぇどうしたのアラン、そんな怖い顔をして。


「正直、厄介ごとはゴメンなんだよな…じゃあな」

「え?」


アランはそう言って茂みの方に走りこんだ。

ワケが判らない。

だけど、オークの汚い声が聞こえる。

あぁ、そうか彼は私の愛を試しているのね?

酷い人。

だけど彼は絶対に戻ってくる。

だって、私の愛する人だもの。


「おや、まだ呆けていたのか?」


声が聞こえた。

アレから数分と経っていないのに彼は戻ってきた。

詰まり安全を確保したのだ。

アラン、へっぽこだったのに私の為にきっと努力してくれたのね?

嬉しいわ。思わず笑みが浮かんでしまった。

でもね、私さっきの言葉、怒ってないわけじゃないのよ?


「アラン、こんな所において行っちゃうなんて酷いわ」


彼は渋い顔をして目をそらす。

ずるい人、でも反省してるみたいだし赦してあげよう、だって愛しい人だもの。

すると、彼はコイツの死体を見て私に尋ねる。


「そこの彼は…?」


あぁ、なんて優しい人なのだろう…私を謀り連れ出した彼を気にかけてあげるだなんて。

なら、せめて彼の優しさに免じてあげよう。


「ダメみたい、オークに襲われて私を助けてくれようとしたのだけど…」


私の言葉を聞くと、彼は「そうか」と呟いて渋い顔をして考え込んでしまう。

きっと優しい彼はこの男の死を悲しんでいるに違いない。

なんというお人好しだろう。

でも、ソレでこそアランだと私は思う。

そんな彼を私は妻として支えてあげたいと思う。

そうだ、話題を変えれば陰鬱な気分も変わるかもしれない。


「アラン、今までへっぽこだと思ってたけど、凄く強くなったのね!

 オークを一太刀で切り伏せるなんて熟練の戦士並よ!」


実際に一太刀かはわからないのだけれど、剣戟の音が無かったしもしかしたらそうなのかもという推測をこめて尋ねる。


「偶々だ。運が良かっただけだ。後、俺アランじゃないから」


謙虚なのね、アラン。それと、貴方がアランじゃなくて誰がアランなのかしら?ウフフ。


「アランはアランじゃない」


そういうと彼は表情を僅かなうちで何度も変えた。

みていて面白いわね。

でも、何時までも此処でこうしている訳にはいかない。


彼が何か荷物はあるか?と尋ねてきた。

可笑しな人、着の身着のままで逃げ出してきたじゃないの、と私は返す。

そういえばそうだったな、と彼が返した。


「さて、こうしていても仕方ない…彼の遺品を預かってから移動しよう」

「そうね…この人の遺品、この人の大事な人に渡さなきゃ」


やっぱりこの人は本当にお人好し。

こんな人の為にそこまで心を裂くなんて。

彼はコイツの死体から剣だけを捥ぎ取った。


その時に私は気付いた。


反対側の腕に、アランとの婚約指輪がこの男の指に嵌っている事を。

きっとコイツが盗み出して盗人猛々しく身に着けていたに違いない。

アランはアレで結構抜けている事もあるからきっと見落としたのね、仕方の無い人。

私がキチンと彼の妻として彼の足りない所を補ってあげなくちゃ。

そう思いながら偽者の指から婚約指輪を取り返した。

彼には後でキチンと反省して貰わなくちゃ。


さぁ、私達の新婚旅行に行きましょう。

ねぇ、アラン?


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