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9.老人との対峙

 メイは目を覚ました。

 見覚えのある天井。使用人の休憩室だ。


(私――もしかして、こんどこそ)


 メイは、外から聞こえてくるであろう会話に、じっと耳を澄ます。運命の瞬間だ。すぐに、ぼそぼそと声が聞こえてきた。


「おい、今回の聖女召喚、二人だったらしいぜ」

「二人も!? 普通一人だろ? それって、どうなるんだ?」


 ――逆行した!またやり直せる!


「アカリさん」


 友人に声をかけると、元気な返事が返ってきた。


『メイっぴ!やったね!』

「はい!」


 今度は絶対に、アイリーンさまを処刑させない。



 使用人が寝静まった夜半、メイは起き上がった。自室の机に向かい、前回書いたメモを広げる。


『作戦会議ね!』


 アカリの声にメイはうなずきつつ、でも――と言葉をつないだ。


「でも、どうして逆行できたのかも気になります。もうダメかと思ったのに。――アカリさん、なにか分かりませんか?」

『ん~……。逆行って、ゲーム的には”システムコマンド”だと思うんだよね。メニュー画面からコンティニュー、みたいな。でも何かちょっと違うような気もするし……。あとはアイテムを使うとか? フラグを立てるってのもあるのかな……?』

「システムコマンド、コンティニュー、アイテム、フラグ……」


 ひとつひとつの意味はさっぱり分からないが、とにかくメモに書きつけた。


「ともあれ、今回はどうするか考えましょう!」

『オッケー!』


 メイは、前回のメモの続きに今回のことを書き加える。


0回目 聖女ひとり 婚約は3ヶ月後 テンスリー伯爵来ない 処刑は2年後

1回目 聖女ふたり 婚約は1ヶ月後 テンスリー伯爵が訪れる 処刑はすぐ

2回目 聖女ふたり 婚約は1ヶ月後 テンスリー伯爵が訪れる 処刑はすぐ


3回目 聖女ふたり


『こう見ると、1回目と2回目、同じじゃん!』


「そうなってしまいますね。――実際に結果も同じになってしまいました。私が実家に帰っているときに、テンスリーが来てしまったのが敗因かと思います」

『そうだねー。やられた! って感じだったよね』

「私、今回は実家に帰りません」


 ――もう、同じ轍は踏まない。


『でも……』


 心配そうにするアカリに、メイはふっと笑った。


「もちろん、本当に何かあったら帰りますよ。でも出立は1日待ちます。手紙は母の早とちりってことが、往々にしてあるようなので」

『そういうことね。なら良かった』

「今後の作戦は――」


 メイは、紙をとんとんと叩いた。そこにはテンスリーの名前。


「このおじいさんを撃退します」


 メイはきっぱりと言った。テンスリーを野放しにしておいてはいけない。絶対に、主人と接触をさせない。


『メイっぴ――なんか強くなったね……』

「もう同じことを3回もしているんですよ! そりゃ強くもなれます」



 その日は確実に訪れる。メイはひたすら、主人からテンスリー伯爵の訪問を告げられるのを待っていた。


 そして――


「メイ、今夜お忍びでテンスリー伯爵がいらっしゃるわ」

「そうですか」


 ――来た!


 メイは内心身構えたが、あえて素っ気なく返事をする。少しでも気を抜けば、興奮しているのがバレてしまう。


「メイ、準備お願いね」

「かしこまりました」


 ついに、ついに来た。あの老人と対峙する日が。

 何度もシミュレーションした。大丈夫だ。絶対に、アイリーンさまと伯爵を会わせない。


 そして三日月が沈む頃、裏口の戸がひそやかにノックされた。テンスリーだ。

 待ち構えていたメイは、ゆっくりとドアを開ける。


 そこには、年の割には背の高い、愛想のいい老人がたたずんでいる。一見、無害で平凡そうな好々爺。しかしメイは知っている。この老人が、主人の運命を狂わせることを。


「伯爵、ようこそお待ちしておりました。――本日はどのようなご用件でいらっしゃいますか?」


 その言葉に伯爵はふっと顔をほころばせた。庭で遊ばせている孫を見るかのような、優しそうなまなざし。その裏には、御用聞きの小娘への侮りも見え隠れする。


「内密ゆえ、ここでは用件を明かせません。すみませんが、ご主人様のところへ案内していただけますかな?」

「そうですか。申し訳ありませんが、お通しできません」

「どういうことですかな?」


 テンスリー伯爵は笑顔のままだ。しかし、少し目つきが鋭くなったのを、メイは見逃さなかった。


「そもそも伯爵ごときご身分で、四公爵――しかも未来の妃殿下に直接お会いになれるとお思いとは」

「ほう」


 テンスリーは髭を撫でつけ、メイを値踏みするかのように、つま先から鼻先まで視線を走らせた。


「だからといって、侍女なんぞに門前払いされるいわれはありませんがね」


 テンスリー伯爵の目は、もう笑ってはいなかった。余裕をなくした伯爵を見て、メイは勝利を確信する。


「私の家は同じ伯爵という身分ではありますが、王国への貢献を認められ、こうして四公爵に直接お仕えできる家です。あなたのように、先祖伝来の領地を半分以上没収され、商人にしか相手にされない者と同じにしないでいただきたいものです。本来なら私も、あなたとお話する立場ではないのです。――が、遠路はるばるいらしたのですから、その努力に免じ、ご用件くらいはお聞きしますわ」


 メイは、ずいっと一歩前へ出て、テンスリー伯爵をねめつける。


「さあ伯爵、ご用件は?」


 テンスリーは、ふんっと鼻から息を吐きだした。


「今日は失礼させてもらおう」


 そう言って、老人は踵を返す。振り返る瞬間に「この小娘が……」とつぶやいたのが聞こえたが、それすら清々しく感じられるくらい、メイの圧勝だった。


 その足でメイはアイリーンの部屋へ行き、


「伯爵は体調がすぐれないそうで、本日はお会いになれないとのことでした」


 と、涼しい顔で報告した。


「そう。せっかく待っていたのに。ま、大切な用件なら、きっとまた連絡がくるわね」

「ええ、きっとまた」


 メイはニッコリと応えた。


 ――何度来ても、絶対にアイリーンさまには会わせない。


 アイリーンの部屋を辞去したメイは、廊下を歩きながら深く嘆息した。


「ふう……」


 まだ手が震えている。


(誰かに対して、こんなに強く言ったのは初めてだ……)


 ――できた。アイリーンさまを守ることができたのだ。


 その実感がじわじわと湧いてきて、メイはまだ震えている手を握りしめた。

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