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8.時をさかのぼれない……?

 故郷でゆっくりしたメイは、9日後の夜半に王都へ戻ってきた。馬車を降り、サフィリア家の使用人出入口へ回る。


(実家もいいけど、やっぱり私の居場所はここだな)


 荷ほどきもほどほどに、メイはセーニャを訪ねた。自分が不在の際、アイリーンさまの身の回りのお世話をしていた侍女だ。


「セーニャ。私がいない間、何か変わったことあった?」


 メイが聞くと、セーニャは少し考える素振りをした。


「特には何も……」

「アイリーンさまを訪ねたお客様は?」

「聖女さまが一度。――あと、非公式ではありますが、テンスリー伯爵が二度ほど」


 ――テンスリー!


「どういうこと!?」


 メイは目を見開く。思わずセーニャの肩をつかむ。そのあまりの剣幕に、気弱なセーニャは怯えている。

 つい興奮してしまった自分を恥じ、メイはすぐに手を引っ込めた。


「ごめん……ちょっとビックリしちゃって。伯爵について、アイリーンさまは何か言っていた?」

「それも――特には何も」


 アイリーンが心の内を話すことは少ない。ましてや、臨時の侍女代行には何も言わないだろう。


「教えてくれて、ありがとう……」


 他にもいくつかセーニャから引継ぎを受けたが、メイは全く身が入らなかった。


(テンスリー伯爵がなぜまた。そしてアイリーンさまは、どう対応したんだろうか)



 メイの想像通り、アイリーンはテンスリーと手を結んでしまっていた。

 そのほうが殿下のためになると思って、とアイリーンは事の重大さも知らず、涼しげに応えたものだ。


 そしてその9日後、アイリーンに斬首刑が言い渡される。

 メイはまた、気を失った。



 目が覚めるとそこは、使用人の休憩室だった。他の従者が会話しているのが聞こえる。メイはそれに耳を澄ませた。


(また、120年ぶりの聖女のうわさをしているはず…!)


「最近、ほぼ毎日、聖女さまが来てねえ?」

「そうだな、あの髪の長いほう」

「そうそう。ユウヒさまも、毎回ちゃんと迎え入れててすげえよな」


 ――想定していた会話と違う。これでは、すでに聖女が召喚されているかのようではないか!


 それではいけない、それでは。


「メイ、気がついたか!」


 マクレーがやってきた。


「マクレー。聖女さまって、いつ召喚されたっけ?」


 今日でなくてはならない。

 そうでなかったら、今回は逆行できなかったということになる。


(そうしたら、アイリーンさまの処刑が確定してしまう。お願い、戻っていて…!)


「ん……? 2、3ヶ月……? いやもうちょっとか?」

「そんな!」


 メイは飛び起きた。


「アイリーンさまは!?」


 メイの言葉に、マクレーは少し言いづらそうに眼を伏せた。


「執行日まで、ご自室で蟄居なさっている。身の回りの世話をする侍女以外、入室禁止だ」


 執行日……。


 メイはベッドから降り、走りだそうとした。それをマクレーが止める。


「おい、今からアイリーンさまのところへ行く気か? もうお休みの時間だ。それにお前ももう少し寝たほうが――」

「でも!」


 涙があふれてくる。


 どうして?どうしてやり直せない?


 止められなかった。

 事は急を告げていたというのに、自分は故郷でのんびりと休んでしまった!


 なんという失態。


「マクレー! アイリーンさまに罪はないの!」

「……うん、知ってる」

「なのに! なのにどうして!!」


 罪がないのにどうして、処刑されなければならない。


「わ、私……私、アイリーンさまのお力に――」


 お力になれなかった。未来は変えられなかった。


 どうしてアイリーンさまはテンスリーと。どうして罪なき主人が。どうして時をさかのぼれない。


 いつの間にかマクレーは、メイの横に腰掛けて背中をさすっている。何度もメイの名を呼ぶ。メイ、大丈夫、大丈夫だメイ、お前のせいじゃない、と。


「マクレー、どうしたら私、やり直せる……?」


 零れ落ちる涙をぬぐいもせず、メイはマクレーにすがる。マクレーはもう一度、大丈夫だとつぶやいた。



 翌日、身支度を終えたメイは、アイリーンの自室の前にいた。身の回りの世話をする侍女なら、入室を許されている。


(いつもと変わらないように)


 深呼吸をし、ドアをノックする。アイリーンの返事を待ち、ドアを開ける。


 ベッドに腰かけたアイリーンは、相変わらずまばゆいばかりに輝いていた。伏せた瞳は冬の湖の色。髪はそれ自身が燐光を放つかのような、パール色の銀髪。


「メイ、もう大丈夫なの?」

「はい。ご心配をおかけしました」


 こんな状況でも、アイリーンさまは自分のことを気にかけてくれている。泣きそうになるのをこらえて、メイは精一杯笑顔を作った。


 アイリーンは自分の夜着のボタンをちらりと見る。それだけでメイは、主人が何を望んでいるのか分かった。


「先にお召し替えですね。かしこまりました」


 ワードローブを開けながら、メイは会話を続ける。


「今日はとても天気がよろしゅうございます。明るい色のほうが映えそうですので、こちらはいかがでしょうか?」


 そう言ってひまわり色のドレスを薦めると、アイリーンはうなずいた。


「ではアクセサリーは…」


 メイはアクセサリーボックスを手に取る。イヤリングは、髪と同じパール色。ネックレスは、黄色のドレスに映える、鮮やかなサファイア。かんざしは、落ち着いたシルバー。


 ドレスと一緒にそれらをセッティングする。アイリーンはアクセサリー類を見て、軽くうなずいた。それで異論はない、という仕草だ。


 なるべく考えないようにしていてもやはり、メイの頭の中には、主人の運命のことでいっぱいだ。


(いまから、刑の執行を止める手立てなんて、あるわけがない)


 ドレスを着替えさせたアイリーンに、ネックレスを合わせる。やはり、ドレスの色に映える。黄色のドレスは、故郷の小麦畑を思い出させる。サファイアのネックレスは、小麦をゆらす一陣の風。


(時を――時さえ遡ることができたら)


 ――またやり直せる。


 そのとき、ぐらりと視界が揺れた。思わずネックレスを取り落とす。


「失礼……しました」


 慌てて拾おうとするが、視界が定まらない。それでも、青く輝くネックレスを何とか手にする。


「メイ、どうしたの?」


 アイリーンさまの声が聞こえる。


 ――ああ、アイリーンさま。咎人となっても、その気高さは変わらない。私にとって、お仕えすべき唯一の人。


 頭にぐるぐるとイメージが回る。


 はかなげにほほ笑むユウヒさま。振り返る聖女。ブナの下にたたずむマクレー。窓際で頬杖をつくアイリーンさま。


『メイっぴ! よく見て! これ、前回と同じだよ!」


 頭の中で、誰かの声がした。

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