7.メイ、実家に帰る
数日後、メイは仕事を終え、私室に帰ろうとしていた。そのとき、手紙を持ったマクレーに呼び止められる。
「メイ、手紙だ」
「あんたがメッセンジャーやってるなんて、珍しいじゃん」
「頼まれたんだよ。ミッドのやつ、腹いてぇって言うから」
「へえ。優しいところあるじゃん」
軽口をたたきながら、メイは差出人を見た。実家だ。
何げなく開封し、内容に目を通す。すぐにメイの顔色は青くなった。
「マクレー、どうしよう! お母さん、病気で倒れちゃったって!」
「え? おばさんが?」
マクレーとメイは遠い親戚同士であるため、メイの母とマクレーも顔見知りだ。
「すぐ帰ってきてって書いてある。どうしよう、どうしよう!」
「落ち着けって。とりあえず旦那さま――アイリーンさま? いや侍従長に報告しよう」
「うん……。お、お母さん――」
「大丈夫だって!」
マクレーは、震えるメイの肩に手を添える。
「休暇をもらって、ちょっと帰れよ。お前が顔を見せれば、おばさんも元気になるんじゃね? 俺、侍従長に報告してくるから、お前はここで待ってろ」
「う……うん」
肩に乗せられた温かい手に、メイはそっと自分の手を添える。
「ありがとう、マクレー」
この手紙をひとりで読んでいたら、そばにマクレーがいなかったら、もっと自分は取り乱していたかもしれない。
「お前は今は何も考えずに、荷物をまとめてろよ」
マクレーはそう指示をすると、廊下を走っていった。
◆
馬車から降りたメイは、久々の実家を見上げた。辺境ではあるものの、比較的大きな領地を治めるハーサウェイ伯爵家。それが、メイの実家だ。
サフィリア家を出てから2日目の夕方、やっと到着した。玄関にいた使用人が一礼をして、扉を開ける。
「メイ~! ごめんね~!」
玄関ホールに、母の明るい声が響いた。見る限り、とても元気そうだ。
「お母さん! 病気は?」
「それがね~、もうダメだ~! と思ってメイに手紙を送った次の日、治っちゃった! やっぱり来なくていいよってもう一度手紙を送ったんだけど、行き違っちゃったのね」
「よ、良かったね……」
張りつめていた緊張の糸が切れ、メイはへなへなと座り込んだ。母のそそっかしいところはは、今に始まったことではない。ともあれ元気で良かった。
「せっかく休みをとったんだから、ゆっくりしていきなさいよ~」
「うん、そうしようかな」
荷物を運ぶ使用人に一礼し、メイは食堂へ向かった。用意されていた食事を、母ととる。
「メイ、お仕事はどう?」
そう言いながら、母はワインをくいっと飲んだ。メイはそれを見て安心した。本当に、元気そうだ。
「楽しいよ。それに――とてもやりがいがあるの」
主人を処刑させない。そのためにメイはできることをした。もう大丈夫だ。
「それなら良かった~! マクレーくんも一緒よね。どう?」
「あいかわらずよ。そうだ、お母さんのこと、とても心配してたよ」
「ごめん~! って言っておいて」
「まったく」
メイはあきれて笑いながら、ワインに口をつける。久々のお酒に、少し酔ってきてしまったようだ。
「私、そろそろ休むね。疲れちゃった」
「そう。こっちにはどのくらいいられるの?」
立ち上がるメイに、母が聞く。
「とりあえず10日間のお暇をいただいたから、5日くらいかな」
「そうね。たまにはゆっくりしたほうがいいわ」
自室に入ったメイは、ベッドに倒れこんだ。2日間、ずっと馬車に乗りっぱなしだったから、まだ景色が揺れている気がする。お酒もきいてきている。
(でも良かった、お母さん元気で)
母の病気は肩透かしだったものの、それでも安堵の気持ちが大きい。
『メイっぴー!』
アカリの声だ。
『お母さん、元気で良かったね』
「はい!」
『それにしても、メイっぴって貴族だったんだね! 意外~!』
「どういう意味ですか?」
『アイリーンさまと一緒に見ていたからかな。メイっぴって、なんとなく親しみやすい感じだから』
「それはそうでしょう。四公爵と比べれば、うちなんて紙くずみたいなものですよ」
『なんか、そのへんの貴族ランクが全然分かんないんだけど』
「簡単ですよ。王の下に四公爵。その下に、それぞれの公爵家にお仕えする十六侯爵。そしてさらにその下に私たち伯爵という感じです。マクレーは十六侯爵の下のほう、私はその下の伯爵家。本来なら十六侯爵にお仕えするところ、いろいろ厚遇していただいて、四公爵にお仕えしています」
メイは空中にいくつもの線をを描きながら説明する。
「これって、すごく名誉なことなんですよ! 私のひいおじいさまが農地改革や鉱山開発をして、王家にすごく貢献したから、今のハーサウェイ家があるんです」
メイにとって、曾祖父は誇りだ。その収入は、今も国庫を支えている。
『ふーん。四公爵がダントツに偉くて、あとはまあまあって感じなのかな。――テンスリー伯爵はどのポジ?』
「あんなの!」
少し酒が回っているメイは、鼻息荒く答える。
「伯爵のなかでも、没落寸前! 領土もほとんど没収され、猫の額ほどしか残っていません。本来なら、アイリーンさまと直接会える人じゃないのに、アイリーンさまったら!」
『メイっぴ……酔ってるね』
「私は、あの老人が許せません。商人と汚いことをしてのし上がってきた、いやーなおじいさん!」
メイは、ぼふっと枕にこぶしを突き付ける。
『メ、メイっぴ。話を変えよう? ――前回はお母さんの病気なんて、なかったよね。なんでだろう?』
「わかりません。とりあえずアイリーンさまは、伯爵の計画を突っぱねてくださったのだから、そっちはもう安心です」
伯爵がくるまで、毎日気を張っていた。それが無事終わったかと思えば、今度は帰郷。メイは少し疲れていた。
「しばらくはそのことを考えず、領地でゆっくりしたいです……」
半ば眠りに落ちながら、メイはつぶやいた。