6.伯爵との2度目の会見は
夜半過ぎ、皆が寝静まったころにメイは起き、机に向かった。たっぷり寝たおかげで眠気はない。
「アカリさん、こうなったら私、本格的に作戦を立てたいと思っています。協力してくれますか?」
『もっちろん! そういうの考えるの、大好き!』
頭に住む友人は、すぐに応えてくれた。
『トゥルーエンドに行くには、結局選択肢が大事なんだよ』
「選択肢?」
ノートに、選択肢、と書きつける。
『うん。例えば朝ご飯に卵をつけるかつけないか。帰り道に花を摘むか摘まないか。誰かの質問にはいと答えるかいいえと答えるか。こういう無数の選択肢を全て正しく選べば、トゥルーエンドにいけるってわけ。間違うとバッドエンド』
「でも、その選択肢って無限にありすぎませんか? 毎日100以上ありそうです。それを全て当たるわけにはいきませんよね」
ノートの「選択肢」の下に、ぐるぐると意味のない図形が出来上がっていく。
『ん-、確かに……。ゲームなら、選択肢ってめっちゃ分かりやすいんだけどなぁ……そうだ、前回と今回は、今のところほぼ一緒の展開だよね。その前はどうだった?』
「その前というと、前々回ということですか」
『あー、なんかややこしいな。今回は逆行2回目だから……0回目ってこと』
「0回目と1回目の違い、ですか」
0回目は、何も意識せず過ごしていた。毎日アイリーンさまのお世話をし、そんな毎日がずっと続くのだと思っていた。
「あ!」
ひとつ、大きな違いがあった。
「聖女さまです! 0回目は聖女さまはひとりしか召喚されませんでした。しかし、1回目と今回はふたり……」
『それって、めっちゃ大きな違いじゃん!そのせいで、アイリーンさんの処刑が早まったのかもね』
「はい。でも……つながりが見えてきません」
選択肢の横に聖女と書いて、そこをとんとんと叩く。
『うん。今はまだ。でも――多分意味のある違いなんだと思う』
それが何か分からずに、ふたりとも押し黙ってしまった。その沈黙を破ったのは、アカリだった。
『なんか、話が複雑すぎてよくわかんないから、メイっぴメモってよ』
「そうですね」
メイはペンをとった。
「まずは、聖女召喚が、ふたりだった……と」
あとは、0回目1回目の相違は何だろう。
「アイリーンさまのご婚約が早かったように思います。あと、テンスリー伯爵は、サフィリア家を訪れることはありませんでした」
『んー、違いが分かりづらいからちょっと、表チックにしてよ』
「ヒョウチックと言いますと」
『こう……さ、左に0回目、1回目って書いて、違いを書き出すの」
「分かりました」
0回目 聖女ひとり 婚約は3ヶ月後 テンスリー伯爵来ない 処刑は2年後
1回目 聖女ふたり 婚約は1ヶ月後 テンスリー伯爵が訪れる 処刑はすぐ
2回目 聖女ふたり
「こんな感じでしょうか」
『うんうん、いい感じ。このなかで処刑フラグを探して、それをバッキバキに折っちゃおう! ――メイっぴはこのなかで、アイリーンさんの処刑につながる出来事ってどれだと思う?』
「それはもう――」
ひとつしかない。
メイは、紙上の「テンスリー」を指さした。すべての元凶。
アイリーンさまをたぶらかし、計画に危険があればアイリーンをいけにえとして差し出し、自分はのうのうと罪を逃れている、あの老人。
「許せません」
『じゃあ、この伯爵とアイリーンさんが会わないようにしたらいいんじゃない?』
「そうすれば、大丈夫でしょうか?」
すがるような気持ちで、メイは友人に言う。ペンを握る手に力がこもる。
『とりあえず、やってみるしかないじゃん! 失敗したらまたやり直せばいいんだし!』
「そうですね……」
友人は明るく言うが、メイは少し不安だった。
(今回は逆行して、やり直しができている。でも――また逆行できるという保証はない)
もし今回失敗して、そして逆行できなければ。
(最悪な未来が待っている)
◆
その後の、アイリーン婚約までは、まったく変わらない展開だった。
そして、ついにアイリーンがメイに告げる。
「今日の夜、テンスリー伯爵がおしのびでくるから、支度をよろしくね」
――来た!
「アイリーンさま、伯爵はどのようなご用件でいらっしゃるのですか?」
すべてわかっているメイは、すっとぼけてアイリーンに尋ねる。
「用件までは分からないわ。殿下と弟君と仲良くやってる伯爵が、わざわざおしのびで会いにくるんだもの。きっと、面白い理由があるはずだわ!」
「アイリーンさま」
メイは、この瞬間のために、アカリと練ってきたセリフを放り込む。
「テンスリー伯爵って、ミハエル殿下や聖女さまとつながっているんですよね」
「そう噂されているわね」
アイリーンは、少し警戒しているようだ。おそらくメイが、伯爵と会わないように進言してくると思っている。これも織り込み済み。
「そんな伯爵とお会いになったら、アイリーンさまはあらぬ疑いをかけられてしまうかもしれません」
「大丈夫よ! 話をするだけだし」
「話をするだけ」
アイリーンから言質をとった。
「それではアイリーンさま。もし伯爵が、なにか計画を持ち出しても、すぐに乗らないように約束してくださいますか?」
「乗るわけないじゃない! メイは心配性ね!」
「はい、心配性なんです」
メイは泣きそうになるのをこらえて、笑顔を作った。
(これで大丈夫。計画に乗らなければ、罪のでっちあげようがないもの)
◆
次の日の朝、メイはアイリーンの髪を結いながら問う。
「アイリーンさま、伯爵とのご対談はいかがでした?」
「なかなか面白かったわ」
アイリーンはニヤリと笑う。
「あの伯爵、私と殿下は政略結婚のみの結びつきだと思ってる。だから、殿下の転覆計画に私を加えようとしてるの。私なら、婚約者という立場を使って、殿下に近づけるから」
――やはりその話だった。でも今回は違う。計画に乗らないよう、アイリーンさまは約束してくれた。
「それで、アイリーンさまはどうお返事なさったのですか?」
逸る気持ちをおさえながら、あえてゆっくりと髪を編む。
(お願い、断っていて……!)
「バッカじゃない? 出直してきて、って言ってやったわ!」
「そうですか……!」
良かった!
アイリーンさまは計画に乗らなかった!
メイは目元の涙をぬぐおうとして、うっかりと髪から手を離してしまった。編んだ髪が朝日を乱反射しながら踊り、元のストレートに戻ってしまう。
「メイ、どうしたの? 何か変よ」
「なんでもありません、アイリーンさま。なんでも」
もう一度、パール色の髪をとかす。この美しい髪を、今日も明日も、ずっと結える幸せをかみしめながら。