5.トゥルーエンドになるまでやり直すことに
『石に祈ってどーすんの!』
その夜、アカリは怒った口調でメイを叱りつける。
「どうしましょう。だって、アイリーンさまがこんなに大胆な決断をするなんて。前回は、反デュラン王子派に入って間もなく、処刑されてしまったんです」
『う~ん……そうだ、わかった!』
アカリが頼もしい声を出す。
『こういうことって秘密にすると、バレた時のダメージが大きいの! だから、あえて自分から言ったほうがいいんじゃない?』
「どういうことですか?」
アカリが言わんとすることが、メイにはまだ分からない。
『アイリーンさんの彼氏――ってか婚約者か。その王子さまに、先に言うの。こういう理由で反王子派に入っちゃったけど、まったく反意はないから! みたいに』
「なるほど」
アカリの言うことは一理あると、メイは思う。
ただ、メイとデュラン王子は当然のことながら接点がないから、メイから王子には働きかけられない。アイリーンに助言し、彼女から直接王子に告白してもらうのが現実的か。
「明日、アイリーンさまに進言してみます」
◆
翌日、アフタヌーンティーを準備しながら、メイはアイリーンの顔色をちらりとうかがった。機嫌は良さそうである。
「アイリーンさま」
「何?」
「テンスリー伯爵の件ですが、殿下にはご報告なさったのですか?」
ティーポットに茶葉を淹れながら、さりげなくメイは聞いた。
「まさか! 言うわけないじゃない!」
アイリーンはそれを、一笑に付す。
「でもほら、秘密にしておくと、もしそれが知られたときにあらぬ疑いをかけられるかもしれませんよ」
「大丈夫よ! それに、私がいろいろと気をもんでいることを、殿下には知られたくないもの」
「でも……」
「もう決めたの! 私一人でやりきるって」
アイリーンの語気が少し強くなる。ティーポットから出る湯気が揺れた。
(ダメだ)
アイリーンは、自分の意見を曲げることはない。メイがこれ以上言えばアイリーンは機嫌を損ね、話がこじれてしまうだろう。
「メイ。今日はひとりになりたいから、またあとで来てくれる?」
「かしこまりました」
アイリーンは気分を害したとき、よくひとりになりたがる。メイはワゴンのお菓子をテーブルに乗せ、静かに部屋を辞去した。
(危なかった。ここはいったん引こう。また、タイミングを見て言えば大丈夫)
そう思いながら部屋を出たところで、マクレーに出くわした。
「メイ! まただ」
「またって?」
「ユウヒさまが、お前とお茶したいから呼んでこいって」
「ええっ!? また?」
前回のお茶会は、ユウヒさまにとって、何ひとつ得ることはなかったように思う。自分は極度に緊張し、下を向いたまま。会話だってろくにできなかったのに、なぜまた。
(ううん、これはチャンスかも! ユウヒさまに言えば、アイリーンさまを説得してくださるかも。それが無理でも、ユウヒさまなら直接、殿下に伝えてもらえる
「わかった」
髪を簡単にくくり、メイは決意を胸にガゼボへ向かった。
◆
しばらくの間は何も起きなかった。アイリーンはテンスリー伯爵と会うことはなかったし、聖女の訪問もあまり頻繁ではなかった。
ユウヒのお茶の席には、あの後一回も呼ばれていない。あの時ユウヒは、デュラン殿下に直接話すと約束してくれた。
(勇気を出して、言ってみて良かった。今のところ、何も心配することはなさそう)
うららかな午後、メイはアイリーンのアクセサリーを整理していた。そこへ、血相を変えたマクレーが飛び込んでくる。
「どうしたの、マクレー」
「メイ――俺さっき、大旦那さまとユウヒさまの話を聞いちまったんだけどさ……」
慌てて駆け込んできた割には、彼はそれ以上を言いよどむ。メイが首を傾げ、次の言葉を待っていると、マクレーは覚悟を決めたのか、唾を飲み込み口を開いた。
「明日、アイリーンさまに、斬首刑が申し付けられる」
メイは目の前が真っ暗になった。
そんな、そんなこと、あるわけがない。
時をさかのぼり、アイリーンさまの処刑を避けようとしたのに。
テンスリー伯爵のことは、誤解がないようにした。アイリーンさまに反意なんてないと、殿下もご存じのはず。
それなのに。
なぜ。
なぜ。
なぜ。
メイは、主人のティアラを握りしめたまま、わなわなと震えた。マクレーが大声で自分の名を呼んでいるが、ひどく遠く聞こえる。
失敗した。私は失敗した。私のせいだ。
『メイっぴ!』
頭の中の声は誰のものだ。
アイリーンさま、申し訳ありません。あなたが処刑される未来を知っていながら、それを止めることができませんでした。
頭がぐるぐる回る。はかなげにほほ笑むユウヒさま。振り返る聖女。アイリーンさまのパール色の髪が午後の日差しにとろりと溶ける。
マクレーは何かを言っているようだが、雑音が多すぎて何も聞こえない。
『メイっぴ!』
もう一度、声がした。
◆
気が付くと、そこはベッドだった。見回して、サフィリア家の使用人休憩室だとわかる。
――あの時と同じベッド……。
おぼろげな意識の中、ある一つのことを期待して耳を澄ます。自分の考えていることが正しければ、侍従たちの声が聞こえてくるはずだ。
「おい、今回の聖女召喚、二人だったらしいぜ」
「二人も!? 普通一人だろ? それって、どうなるんだ?」
――同じだ。あの時と同じ会話。
また、私は逆行した。
「アカリさん、いますか?」
『……いるよ、メイっぴ』
「私、逆行したようです」
『そうみたいだね。そうじゃないかなーと思ってたけど、これはキマリってことでいいと思う』
「どういうことですか?」
『たぶん、メイっぴはトゥルーエンドになるまで、何度もやり直すことになるんだと思う」
「トゥルーエンド?」
「正しい結末。メイっぴにとっての正しい結末はたぶん、アイリーンさんが処刑されずに幸せに暮らすことだよね」
「――なるほど」
何度も時をさかのぼり、やり直す。素晴らしいことのように思う一方、主人の処刑の報を何度も聞かなければならないということだ。それは、心臓が潰れそうになるほどの絶望感を伴う。
「メイ!気がついたか!」
マクレーが来るところも一緒だ。念のため、確認しておかなくては。
「マクレー、聖女の召喚って、120年ぶりだよね」
「そうだな。二人も召喚されるってのは初めてらしいけど」
やっぱり、時をさかのぼっている。
「そうだ、アイリーンさまを呼んでくる!」
マクレーはバタバタと出ていった。
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