4.やってきた伯爵
「あ、あの、メイです。このたびは…」
ガゼボで優雅にお茶を愉しむユウヒを直視できず、入り口で下を向いたまま、メイはおどおどと挨拶をした。
「堅苦しいことはいいよ。ほら、座って」
ユウヒは、すうっと優しげに微笑む。言われた通りに、ユウヒの向かいに座ると、給仕がお茶を運んできた。
メイとて貴族の端くれ。お茶の作法はわかるが、アイリーンほど完璧にはふるまえない。なるべく失礼にならぬよう、そっとお茶に口をつけた。
「君と一度話をしてみたくて、マクレーに頼んだんだ。驚かせたようですまない」
「い、いえ、そんな」
やはりユウヒを面と向かって見ることができず、メイはお茶の水面をひたすら見つめる。緊張で手が震え、ティーセットは情けなくカチャカチャ鳴る。その音で気を悪くされるのではないかと、さらにメイは萎縮してしまう。
「アイリーンは、最近どう?」
「えっと、それはもうお元気で……聖女さまにいろいろとアドバイスしていらっしゃいました。あ、王太子殿下とのご婚約の儀、とても喜んでいらっしゃいました」
「そう。それなら良かった」
ユウヒはニコッと笑った。ろくに顔を見られないメイは、その笑みに翳りがあることに気づかない。
「もう少し、僕の妹について教えてくれる?」
◆
(はあぁ~!! 何だったの、あれは)
自室に戻ったメイは、くたくただった。
ただでさえ、病み上がりである。さらに、聖女は突然来るし、ユウヒのアフタヌーンティーに呼びつけられる。
(ユウヒさま、どうして私なんかと…)
思い出すと、顔が緩んでしまう。
(ステキだったなぁ、ユウヒさま)
ほとんど顔を見ることはできなかったが、カップを持つ優美な手や、風にそよいでキラキラ光る銀髪は思い出される。それに、優しく包み込むような声。
(マクレーとは大違い!)
メイはそのままベッドへ倒れ込み、幸せな気持ちで眠りにつこうとした。
『婚約は、来月ね!それは、前と同じ?』
突然、アカリに話しかけられる。
「そういえば、少し早いような…」
メイは天井を見つめながら、「前回」の婚約の日を思い出そうとした。聖女召喚より、3か月ほど経った後だったような気がする。
しかし、早いぶんにはいいではないか! アイリーンもとても喜んでいる。とにかく、次男派に取り込まれなければ、悪いことは何も起こらないのだから!
『気になるなー。メイっぴー、気をつけたほうがいいと思うよー』
◆
無事に婚約の儀を終えてから、20日程が経った頃だった。アイリーンがメイに耳打ちをする。
「今日の夜、テンスリー伯爵がおしのびでくるから、支度をよろしくね」
「テンスリー伯爵って…」
ことりとメイの心臓が鳴った。
アイリーンの婚約者、デュランに最も敵対している勢力だ。そして、アイリーンを陥れ、処刑へと追いやった張本人。
テンスリー伯爵は、誰にでもにこにこと接し、まったく害がなさそうに見える老人だ。しかし処刑の直前、メイは裏の顔も見た。髭の下でにたりと笑うその横顔は、野心に満ちあふれていた。
ここは必ず阻止しなければ。
「伯爵って、いい噂を聞きません。それに、アイリーンさまが直接お会いになる身分の者ではありませんよね。さらに、デュラン殿下との関係も良くないとか。お会いにならないほうがよろしいのでは?」
「だ、か、ら、よ! 殿下の弟君と仲良くやってる伯爵が、殿下と最も近い私に会いたがるなんて、何か理由があるはずだわ。気になるから、会いたいと思うの」
こうなったら、アイリーンはメイの進言など聞かない。しかしまだ、伯爵の計画に加担したわけではない。止めるチャンスは、再び訪れるはずだ。
「かしこまりました」
メイは一礼し、部屋を辞去した。
◆
次の日の朝、メイはアイリーンの髪を結いながら問う。
「アイリーンさま、伯爵とのご対談はいかがでした?」
「なかなか面白かったわ」
アイリーンはニヤリと笑う。
「あの伯爵、私と殿下は政略結婚のみの結びつきだと思ってる。だから、殿下の転覆計画に私を加えようとしてるの。私なら、婚約者という立場を使って、殿下に近づけるから」
アイリーンは衆目の前で感情をさらすタイプではない。ましてや恋愛感情などは厳しく秘す。そのせいで、王子とサフィリア家の長女の婚約は完全な政略結婚だと、誰しもが思っている。
メイは相槌を打ちながら、編み込んだ髪を後ろでくるりとまとめた。そのパール色の髪は朝日を反射して、柔らかな青色を帯びる。
「だからね」
メイの主人は振り向くと、最高のいたずらを思いついた子供のように笑う。
「その計画に加担することにしたわ」
「そんな……、それは」
それは、だめ。そうしたら、逆に伯爵に嵌められる。あの狡猾な老人は、にこにこと害意のなさそうな顔を見せてくるが、アイリーンより一枚も二枚も上手だ。
「大丈夫よ! 協力するとみせかけて、内側から壊すの! 殿下の転覆なんて、絶対に許さない」
「それは……非常に危のうございます」
声がかすれる。喉が乾く。だめ、アイリーンさま、それだけは。
「放っておいたって、伯爵は計画を進めるわ。だったらむしろ、内部に入り込んだほうが、事情が分かっていいじゃない!」
アイリーンは、間者のスリルを楽しみながら殿下の立場も盤石にしよう、くらいにしか考えていない。
まさか、計画への協力を即決するとは思わなかった。
「ねえ、メイ。早くかんざしを刺してちょうだい。朝餉に向かいたいわ」
伯爵のことを考えていたら、すっかり手が止まっていた。メイは主人にかんざしを刺す。サフィリア家の守護石、サファイアがあしらわれたものだ。
(守護石さま、どうかアイリーンさまをお守りください)
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