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3.どうしたら運命を変えられる?

『で、今日はどうだったの?』

 メイは一日の仕事を終え、自室で寝支度を始めていた。今日一日静かだったアカリが、突然話しかけてきて、メイは驚く。


「ビックリしました。今日は話しかけられなかったから、アカリさんのことは、夢だったのかと」

『なんか、昼間はダメみたい。――で、どうだったの?』

「どうもこうもありません」


 貴族の家を訪ねるときは、前もって先触れを出しておく。迎える側が、余裕を持って歓待の準備を整えられるように。そんなことは常識だ。


「しかしさすがは聖女さま。突然に訪問なさって、私たち使用人を、ずいぶんと慌てさせました」

『アイリーンさん、怒ってた?』

「もちろんです。烈火のごとく」

『作戦は、考えた?』

「同じ展開になるなら、明日も聖女さまが、これまた突然にいらっしゃるでしょうから、準備しておかなくては」

『違う! メイのご主人さまの運命を変える作戦!』

「そういうことでしたか」


 メイは恥じ入った。


 しかし、手立てが思いつかない。もしこの運命を是正できるとして、どこに介入すればいいのやら。知りえる情報は少ない上に、そもそも自分は、なんの決裁権も持たない侍女だ。


『じゃあ、一緒に考えよう。まずここからは何が起こるの?』

「えーっと……」


 この少しあと、アイリーンは王子と婚約する。それを、愛のない政略結婚だと思った第二王子派が、アイリーンを自分たちの派閥に取り込もうとする。


『婚約をしないように働きかけてみる?』

「それは……避けたいです。アイリーンさまはこのご婚約を心から望んでおられますので」

『だったら、このまま婚約はしてもらって、第二王子派には取り込まれないようにすれば、大丈夫なんじゃない?』

「そうですね……」


 アカリの言葉にうなずきながら、メイは重いまぶたを落とした。久々の出仕だったため、疲労はびっしりと体に絡みついている。メイはすぐに眠りに落ちていった。


 次の日、メイの記憶どおりやはり、もう一度聖女が現れた。その支度をしながら、メイは婚約について思いを馳せる。あれは、いつだったろうか。



「聖女ってのは、本当に何も知らないのね!」

 メイが用意したアフタヌーンティーを口にしながら、アイリーンはぷりぷりと怒っている。


 先ほどアイリーンを訪ねた聖女は、今ごろアイリーンの兄、ユウヒと会って話をしているはずだ。


「そうですね。私もびっくりしちゃいました」

「そう? その割にメイったら、やたら準備が良かったじゃない」

「たまたまです。昨日もそうだったから、今日も突然いらっしゃるのではないかと思いまして」

「ふーん、なるほど」


 アイリーンは口元を優雅に拭き取り、先ほどまでの怒りをサラリとしまいこみ、いたずらっ子のように微笑んだ。


「それより……メイ、聞いて。お父様が言っていたのだけれど、デュラン殿下との婚約の儀、来月に執り行うって!」

「おめでとうございます! アイリーンさま!」


 熱い思いが、メイの胸にかけめぐる。アイリーンとデュランは、親同士の間では、非公式ながら結婚の約束が取り交わされている。それがついに、公のものとして発表されるのだ。


 傍から見れば政略結婚。しかし幼い頃からアイリーンはデュランに深い愛情を抱いている。メイの主人は恋愛感情を表に出すほうではないから、おそらくその気持ちは、メイしか知らない。


(ついに、デュラン殿下と…)


 じんと嬉しくなって、涙が出そうだ。


「そのときのドレスを、メイと選びたいの! いいかしら」

「もちろんですとも!」



 さんざめく午後の日差しが廊下を明るく照らす。メイは、片付けたティーセットを運びながら、アイリーンにはどんなドレスが似合うか考えていた。


(瞳の色と同じ、海のような色はどうかしら……アイリーンさまは年齢の割に落ち着いていらっしゃるから、デザインはシックで優雅な……)


 そこへ、サフィリア家の長男ユウヒが、聖女とおしゃべりをしながらこちらへ歩いてきた。後ろには侍従のマクレーもいる。


 ユウヒの髪は、アイリーンと似た銀髪。その長い銀髪に、陽光がきらきらと反射する。メイの姿を認めると、ユウヒが話しかけてきた。


「メイ。もう休んでいなくて大丈夫なのかい?」


 この屋敷には、多くの下働きが働いている。にも関わらず、自分が仕事を休んでいたことを知っていてくれたことに、メイは嬉しくなった。


「ご心配、ありがとうございます。休みを頂戴しておりましたが、おかげさまで、昨日より出仕しております」

「それは良かった」


 と、ユウヒはふわりと微笑む。やわらかな物腰と、芸術品のように整った容姿は、この屋敷で働く者の憧れだ。


「では、失礼いたします」


 メイは一礼し、その場を立ち去った。ユウヒと聖女は楽しそうに会話をしている。マクレーが立ち止まり、メイに早口で言った。


「後で、裏庭にきて。話がしたい」



 ティーセットを片付け、仕事が一段落したメイは、裏庭へ向かった。大きなクスノキ越しに見える赤茶けた頭に、メイは話しかける。


「なに? マクレー」

「あ、あのさ……」


 振り向いたマクレーは言いよどみ、目線を空中へ泳がせた。そよ風が吹き、ざあっと木々が鳴く。少し逡巡したあと、彼は口を開いた。


「お前さ、今日聖女さまが来るって、知ってるみたいだったじゃん。……なんで?」

「なんでって」


 一度未来を見たからとは、とても言えない。


「なんとなく、よ。昨日もそうだったから、今日もかなーって」

「そっか」


 それでマクレーは納得したようだった。


「用事ってそれを聞きたかっただけ?」

「違う違う。あのさ、ユウヒさまからお前に伝言があって。ユウヒさま、今からアフタヌーンティーをするんだけど、お前も一緒にいかがかって」

「わ、私ー!?」


 メイはアイリーン専属のため、その兄のユウヒとの接点は少ない。さらに、使用人が主人と同卓につくことなどありえない。


「な、なな、なんで!?」


 メイは素っ頓狂な声をあげる。


「俺だって分かんねーよ。とにかく伝えたからな」


 不機嫌そうにマクレーは言い残し、去っていってしまった。


(ど、どうしよう)


 お茶に誘われる理由がわからない。こんなこと、「前回」は起こらなかった。ともあれ、命令となれば、行かないわけにはいかない。


 メイはバタバタと中庭のガゼボへと向かった。

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