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24.召喚の日の午前中

「誰だ!」


 中庭に響く、聞きなれた声。マクレーのものだ! 待ち合わせをしていたマクレーが、来たんだ!


 メイは必死に身を起こそうとしたが、体はまったく動かなかった。


(マクレー、助けて!)


 叫んだつもりだったが、わずかに唇が動いたのみで、声にはならなかった。


「おい、何をして――メ、メイ!」


 マクレーが気づいてくれた!


 助けて、マクレー。テンスリー伯爵が。私はやりすぎたのだ。ユウヒさまに言うべきじゃなかった。カマをかけるべきじゃなかった。助けて。アイリーンさまをお救いして、殿下と幸せになっていただかなくちゃ。


「この野郎おぉーーー!!!」


 マクレーの絶叫。どさっと何かが倒れる物音。メイの名前を呼びながら、未来の夫が近づいてくる。


「メイ! メイ!」


 テンスリーの気配はしない。先ほどの物音は、マクレーが伯爵を倒した音だろう。

 もう、視界は失われている。声だけが、がらんどうになった頭の中にハウリングしながら響き渡る。


「どうして、こんな――。メイ!」


 ごめん、マクレー。ごめん。ちょっとやりすぎちゃった。


「メイ! 鏡、借りるぞ!」


 ――そうか、時を戻せば……。


 メイはわずかに瞼を動かして、肯定の意思を表明する。


 マクレーが、手を握りしめてくれる。そして、あの呪文を口にしている。雑音が大きくて、よく聞き取れない。間違っていなきゃいいけれど。


 そう思ったのが最後だった。



 メイは目を開けた。視界に入ったのは、見覚えのある、休憩室の天井だ。すぐにテンスリー伯爵を思い出し、刺された場所に触れる。そこには傷も痛みもなかった。


(あれは――夢……じゃなかった、はず)


 意識を失うわずかに前、マクレーが猫の鏡を使っていた。ということは、また時を遡ったのだろう。だから、伯爵に刺されたことも”なかったこと”になった。命に係わる傷だったから、機転を利かせたマクレーに感謝だ。


 現在は、何日の何時だろう。窓からの景色で、午前中、朝と呼ぶほど早くなく、昼と呼ぶほど遅くない、そんな頃かと予想する。


「メイさん、気づきましたか」


 後輩のセーニャが、話しかけてきた。彼女に時間を聞いて、だいたい思った通りの時間だと分かる。そして、日付は聖女召喚の日だった。


(いつもの逆行の時と同じ日。だけど時間がずいぶん早い……。そっか。私じゃなくて、マクレーが猫の鏡を使ったから、少しずれてるんだ)


「セーニャ、マクレー知らない?」


 愛しい婚約者が寝込んでいるというのに、彼はどこをほっつき歩いているのだろう。


「マクレーさんなら、召喚の儀式に参列しているユウヒさまと一緒ですよ」

「そっか。今から召喚の儀式か――」


 そういえば、そうだった。いつもは召喚の儀式が終わった夜に戻っていたから、召喚の儀式自体はひどく昔のことのように思う。


 召喚の儀式は、森の中の神殿で行われる。儀式は王が執行し、それに四公爵が参列する。現公爵であるユウヒの父は足を病んでいるので、代わりにユウヒが参列し、それにマクレーも同伴しているのだ。


「水、持ってきますね」


 そう言って、セーニャは退出した。


 ひとり残されたメイは、テンスリーの襲撃を思い出し、ぞっと身震いした。


(私が「テンスリー伯爵から聞いた」といって、あることないことユウヒさまに言ったから……)


 テンスリーから殿下の転覆計画を聞いただの、証拠の書簡を置いていっただの、ユウヒから自白を聞き出すために、いろいろ吹いた。もちろんすべて嘘だったが、ユウヒはそうは思わなかったのだろう。そうでなければ知りえない情報ばかりだったからだ。


 侍女なんぞに大切な計画を漏らしたテンスリーを、ユウヒは厳しく追及したのだ。それに逆上し、テンスリーはサフィリア家に来た。自らの失脚の原因となった侍女に復讐するためだったのかもしれないし、もしかしたらユウヒを傷つけるつもりだったのかもしれない。


(危なかった……本当に、危なかった)



 午後になり体調も戻ってきたため、メイはアイリーンの元へ出仕した。主人は、窓際でぼんやりと外を眺めている。パールのようなニュアンスの色をした銀髪をふとかきあげ、アイリーンはメイの姿を認めた。


「メイ、もう大丈夫なの?」

「はい、アイリーンさま。ご心配をおかけしました」

「そう。良かった」


 ふっと笑むと、アイリーンはメイに秘密話をするかのように近づいた。


「ねえ。聖女さま、二人も召喚されたらしいわね」


 やはり今回も二人。メイはそう思いながらも、驚いた顔をしてみせた。


「ええ!? 二人もですか?」

「そう! お兄さまが言ってたの。お二人とも、私と同じくらいの歳だって! 仲良くなれるかしら」

「ええ、きっと」


 メイは微笑んだ。


 髪の短い聖女は、とても感じが悪く仲良くなれそうにもありません。髪の長いほうは、あなたの兄をたぶらかし、破滅へと導きます。


 いままで見てきた未来の情景を、メイは思い浮かべる。


(今回で最後。本当に最後。まずはキララさまを止めなくちゃ!)

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