23.ブナの木の下で
「疲れた…」
仕事も終わり、自室に戻ったメイは、ため息をついた。
(まさか、ユウヒさまがあんなことを考えていたなんて)
ユウヒの言葉が、一日中頭の中をぐるぐる支配していた。アイリーンには言えないし、マクレーにも相談できない。
(でも、ユウヒさまが本当にテンスリーと会っていたとなると)
エンディングの信憑性は、この上なく高いと言える。
メイは、引き出しから紙を取り出した。そこには、エンディングの映像がメモされている。
最初は、鹿の紋章のある部屋でほほ笑むユウヒ。
(これは、本当にあったこと。ユウヒさまは本当に、テンスリーと通じていた)
次は、ブナの木に持たれるマクレー。いつも待ち合わせに使っている、裏庭のブナの木だ。
(マクレーも、なにか大切なキーを握っているということ? 確かに、一緒に時を遡れるのは、マクレーだけ……)
その次は、振り返るキララ。長い髪と短いスカートが、風にたなびいている。場所は屋外。ぼやけて判然としないが、サフィリア家の中庭のように思われる。
(キララさまは、ユウヒさまの計画の立案者。超重要人物よね)
最後に、アイリーン。窓に頬杖を突き、外の景色を眺めている。その指には、婚約指輪が光る。
(この部屋は、サフィリア家で間違いない。婚約指輪があるってことは、やっぱり殿下との婚約は”あり”ということ?)
ひとりで考えていてもらちが明かない。それに、ユウヒのことを相談できるのは、この友人のみだ。夜にしか話せない、頭の中の友人。
「アカリさん」
呼びかけてみるが、返事がない。アカリが呼びかけに応じなかったことなんて、一度もない。
「アカリさん」
もう一度呼んでみる。
『なになにー?』
返答があった。メイはホッとしつつ、まずは昼間にユウヒと話したことを、アカリに報告する。
『うわー!アイリーンさまのお兄ちゃん、ヤバいね!』
アカリの感想は、あっけらかんとしている。
「そうなんです。ヤバいんです。どうしたらいいと思いますか?」
『うーん……』
アカリは考え込んでいるようだった。ややあって、返答がある。
『もうさ、詰んでんじゃん。だからこの回は諦めちゃったら?』
「諦める…?」
『そう。今回はユウヒさんの正体が知れた。それが収穫。でまた、時を戻しちゃうの』
「なるほど。でも――そんなに気楽に、時を遡ってもいいものなのでしょうか?」
『大丈夫っしょ! アイテムがあるんだから。これがゲームだったら、まじサッサと使っちゃうところだよ』
時を戻せば、ユウヒとの関係はもとに戻る。領民を人質にとられずに済む。
「明日、マクレーと一緒に鏡を使います!」
『それがいいよ! マクレーくんにだって、事情を話せるし』
「ええ。でも――マクレーはずっとユウヒさまの側に仕えていました。これを聞かせるべきかどうか……」
マクレーは、ユウヒを敬愛している。信奉者といったほうが近い。もっとも、自分も主人であるアイリーンに、同じ感情を抱いている。
(もし私が、「アイリーンさまは、実は殿下のことがお嫌いだ」なんてマクレーに言われたら――たぶん条件反射で殴っちゃうな……。そして、そんな話は信じない)
おそらくマクレーも同じであろう。
「なるほどねー。マクレーくん、めっちゃショック受けちゃうよね。迷うところだね」
「ええ……」
――少し、探りを入れてみよう。この件に関してまったく知らないようだったら、そのまま知らせずにいたほうが良いだろう。
メイはそう結論付けた。
「ともあれ、今回のことで、エンディングって大切な情報かもと思えてきました。
『そうでしょ! あれは絶対、必要フラグのご紹介パートだよ』
「ユウヒさまは、テンスリーとつながっていた。他の三つは――」
言いながら、メモ上のマクレーの情報をトンとつつく。
「マクレーは……」
『仲間に引き込むことが、必要フラグってことっしょ。マクレーくんがいるところって、裏庭だよね』
「ええ」
『そこで二人して、私たちってば逆行してるー!? ってやったんでしょ?』
少し違うが、だいたいそうだ。
「聖女、キララさまは――」
『キララさんも、重要だよねー。だって、お兄ちゃんがヤバいことに手を染めようって思ったのも、キララさんがきっかけってことでしょ?』
「はい」
サフィリア家の中庭にいるキララは、こちらを振り返っている。逆光で表情は判然としない。
『で、最後のアイリーンさんも、もちろん必要不可欠なフラグ』
「ええ。アイリーンさまは、婚約指輪をしていらっしゃいました」
『よくそんなとこ見てたね! ってことは、アイリーンさんと第一王子さんは結ばれる、と』
メイはうなずいた。
「アカリさん、ありがとうございます。私が次にやるのは、時を戻すこと。そして、事前にキララさまと直接この件に関して話をしたいところです。正直、ユウヒさまを巻き込むのはやめていただきたいということを、お伝えします」
『そうだねー! キララさんがユウヒさんを誘わなければ、アイリーンさんが危ない目に遭うこともないもんね!』
「ええ!」
メイは力強く言った。キララと初めてまともに話した日、メイはキララのことを気に入った。裏表のない、明朗快活な女性のように思った。
(でも――裏表はあった! それも、とんでもないレベルで)
◆
昼食の後、メイは裏庭のブナの木にもたれながら、マクレーを待っていた。手には、あの猫の鏡を握りしめている。マクレーには事前に、猫の鏡を使うことを伝えてある。
ざっと足音がして、メイは振り返った。
「マクレー」
その人物は、ゆらりとメイのほうに近づいてきた。完全に逆光になっていて、誰かが分からない。しかし少なくとも、待ち人ではない。
(マクレーじゃない……?)
その動きは不可解だった。ふらふらと酔っぱらっているかのようで、不気味だ。
「あの――どなたですか?」
屋敷の者ではない気がする。昼間から酔っぱらって、この屋敷に迷い込んだのだろうか。メイはためらいつつ、一歩踏み出した。
「何かお助けしましょうか?」
もう一歩、踏み出す。
その人物はやっと、メイの存在に気付いたようだった。そこからの動きは、メイの予想外のものであった。
「小娘えぇぇぇぇ!!」
奇声を上げながら猛スピードで近づいてくる人物。とっさのことにメイは硬直した。
腹部に熱い電撃を感じた。わけが分からずその場所を見れば、ナイフが刺さっている。メイは跪く。そして、その人物を見上げた。
「テンスリー……伯爵!」
腹部からナイフを抜いたテンスリーは、第二撃目を振りかぶる。
「お前のせいで! お前のせいでぇぇ!!」
なにがなんだか分からないまま振り下ろされたナイフは、どっと倒れこんだメイのすぐ横の地面に刺さった。
「俺はお前に何も言っていない! なのに、なのに、どうしてユウヒさまに俺のことを! そのせいで、何もかもダメになっちまったんだ! お前のせいでぇぇーーーー!!」
絶叫。テンスリーは、地面に刺さったナイフを抜こうとしている。もっと痛めつけるのか、とどめを刺すのか。
(に、逃げきゃ)
しかし、力が全く入らない。体全体が、どくんどくんと熱に浮かされ大きく脈打っている。少し先に、自分が落とした猫の鏡が見える。
(アイリーンさま……)
急に、猫の鏡を下賜してくださった主人が思い浮かぶ。
そのうちに、視界がぼやけてきた。鏡が、アイリーンの銀髪のように輝いていることだけは視認できる。しかし徐々に緞帳が落ち、それも見えなくなった。




