22.闇の箱2
メイは何も言えず、ユウヒの瞳を見つめ返した。風が花の香りを運ぶ。
(殿下廃嫡、陛下の追放、王権制の廃止――)
どれもこれも、メイの手に余る。とは言え、ここまで告白したユウヒの誘いを、簡単に断れない。
ただ、メイには一つだけ変わらない信念がある。主人であるアイリーンを守ることだ。
「ユウヒさま。この計画を進めた場合、アイリーンさまはどうなりましょう?」
「僕は妹を愛しているよ。だから――すまないと思っている」
それは、犠牲をいとわないということだ。
「……私はアイリーンさまの侍女です。アイリーンさまの不利益になることには、加担いたしかねます」
「そうか、残念だよ」
ユウヒはそう言って、お茶に口を付けた。目線で、メイにも飲むようにすすめる。ユウヒが淹れたお茶を、メイも口をつけた。
「殿下の……」メイにはとても恐れ多くて、廃嫡などとは言えない。「殿下のことは、ずっと計画していらしたのですか?」
「計画、というほどではないよ」
頬にかかった髪をゆっくりとかきあげ、ユウヒは答える。
「ただ、ずっと思っていた。王なんて要らなくないか、と。かつて、この国に王はいなかった。今の王家――ディアモンド家は、僕たちと同じ公爵だったのだから」
「はい……」
歴史で習うから、それはメイにも分かる。この国は昔、五つの元素をつかさどる、五公爵の合議制で成り立っていた。
しかし元素が枯渇して困り果てた頃、ディアモンド家が聖女を召喚した。聖女を召喚できるディアモンド家は五公爵の中でも特別な存在になり、王となる。
「最初は、キララの戯言だった。聖女がずっとこの国の元素を満たし続けるなら、王は要らないんじゃないかと言い出した。そして、自分がその存在になる、と。僕は、それはとても面白いと思ったんだ」
「キララさまが、そんなことを……」
この国の住民でないからこそ、出せたアイディアかもしれない。
「ではそのために、アイリーンさまがどんな目に遭っても構わない、と?」
「アイリーンは、すでに王家への輿入れが決まっている。とても使える駒だよ。このタイミングで、そんな者が身近にいるなんて、まさに僥倖だと思った」
メイは、残っていたお茶を一気に飲み干した。そして、この国の転覆を狙う男を真っすぐに見る。
「今のお話、アイリーンさまに報告させていただきます」
「おっと、それは困る。――アイリーンには黙っていてもらえるかい?」
そう言ってユウヒはポットを手に取り、もう一度メイのカップにお茶を注ごうとする。それを目線で制し、メイは対決姿勢を崩さない。
ユウヒはため息をひとつついた。そうして立ち上がる。
「メイ、君はハーサウェイ家の娘さんだったね」
「はい」
急に話題が変わったことに警戒を覚えながら、メイは用心深く答える。
「ハーサウェイ領は、石炭と小麦が豊富な、とてもいい土地だね。でも――去年と一昨年、雨が降り過ぎて小麦は不作となった」
ユウヒはゆっくりと歩き、ガゼボに飾り付けてある花をつついた。白い花は、ふるりと揺れる。
「……はい」
それは事実だ。麦が実り始めるころ、いつもは降らない雨が、じとじとと長く降った。そのせいで実りが悪く、不作となった。それが2年連続。
「望まない雨は、水の元素をつかさどっている僕の責任だ。申し訳ない」
「とんでもない」
元素が足りず、あちこちで自然のバランスが崩れ、降るはずのない雪が降ったり、地震が起きたりした。そこで、120年ぶりに聖女が召喚されることとなったのだ。
「今年も――そろそろ麦が実り始める頃かな。また雨が降り過ぎたら、困るだろうねえ」
ぷちん、とユウヒは白い花を手折った。
やっとメイにも、ユウヒが言わんとすることが分かった。
「――脅しですか?」
「まさか! 世間話だよ」
ユウヒは白々しく驚いた顔をする。
2年連続の凶作は、ハーサウェイ領に大ダメージを与えた。
一昨年は、領民からの税を免税し、飢えるものが出ないように備蓄倉庫を開いた。それが1年のみなら良かった。次の年も不作だったため、同じ対応をした。それでも、冬を越せない領民が離れていった。
しかし3年連続ともなると、備蓄も持たない。飢えるもの、領を離れるものが増えるだろう。放棄された耕作地は、すぐに荒れ果てる。
「ハーサウェイ領は、先々代あたりが開いた石炭の鉱山もあるよね。雨が降り過ぎると、山が崩れちゃうんじゃないかな。そうなったら、大変だよねえ」
ユウヒはぷちん、ぷちんと花びらを摘み、風に乗せる。真っ白な花びらは、舞いながら流れていった。
「そんな――」
「小麦と石炭。ハーサウェイ領の豊かな資源には、国としてもとてもお世話になっている。それが二つもダメになるなんて、とても辛いよ」
憐れみをたっぷり込めて、次期公爵さまはつぶやく。ぷちん。最後の花びらが、ひらひらと舞った。
「メイ。君のように聡明な人がこちら側に来てくれないのは、非常に残念だが、仕方がない。君は、アイリーンの侍女だもの。でも――」
ユウヒはニコッと笑った。花々で装飾されたガゼボ、舞い散る花びら、ふわりと揺れる銀の髪。その部分だけ切り取れば、絵画のように美しい。
「この件は、君の胸の中にしまっておいてほしい。頼めるかな、メイ」
メイの脳裏に、両親の顔が浮かぶ。備蓄の量を計算し、苦悩している。働き者の領民たちは、冬の寒さに震えながら、痩せた麦をつまんで飢えをしのぐ。節くれだった手と、筋肉がついた太い腕を自慢する炭鉱夫が、突然の崩落になすすべもなく――。
「……分かり、ました――」
膝の上で握ったこぶしを震わせ、メイは絞り出すように答えた。自分の家族と、一万人を超えるハーサウェイ領の領民たちが人質だ。




