20.鹿の紋章
マクレーが自室に戻ったあと、メイはエンディングについて考えていた。マクレーの言葉が引っかかる。エンディングに信憑性がないとしたら、何を指針にこれからやっていけば良いのだろうか。
メモに、エンディングの情景を書き出す。
ほほ笑むユウヒさまは、もう一人の人物とともに、鹿の紋章の部屋にいる。
振り返る、聖女キララさま。真っ黒な長い髪と短いスカートがひらひらと風に揺れている。
裏庭ブナの木にもたれかかり、誰かと待ち合わせをしているマクレー。
窓枠に頬杖を突き、外の景色を見ているアイリーンさま。その指には、婚約指輪が光っている。
エンディングとして流れるのは、この4つの映像だ。
「アカリさん」
『なにー?』
「エンディングについて、考えているんですけど、一緒に考えてもらえますか?」
『いいよいいよー!』
メイは、メモした4つの映像を指さしながら、アカリに尋ねる。
「アカリさんは、エンディングの時、この4つを見てますよね」
『そうだよー!』
「エンディングは、トゥルーエンドのヒントだと」
『間違いないと思う!』
「でも――」
メイは、マクレーが言っていたこと説明する。ユウヒが、この鹿のタペストリーがある部屋にいる可能性はない、と。
『なるほどねー。可能性、少しもないの? ゼロなの?』
アカリに食い下がられ、メイは少し戸惑った。
「たぶん――マクレーは鹿の紋章に見覚えがないと言っていました。マクレーは、ほとんどユウヒさまと行動しているから、そのマクレーが言うならそうかなと」
『ほとんど、なんでしょ。絶対毎回、じゃないんだよね。ユウヒさんだけで出かけることもあるってこと?』
「それは――あると思います」
ユウヒが侍従を連れずに出かけることは、もちろんある。しかしその行先は、必ず侍従が把握するところであろう。少なくとも、メイとアイリーンにおいてはそうだ。
「私――分からなくなってきました」
メイはペンをもてあそびながら、ぽつりとつぶやく。アカリは、エンディングの映像はトゥルーエンドにつながっていると主張する。マクレーはそれに懐疑的だ。自分はその二つの意見の間をさまよっている。
(何か、確信が持てれば)
◆
何も確信が持てず、ただ日々が流れていった。このまま同じ日々を過ごしてしまえば、同じ結果になってしまう。メイは少し焦っていた。
そんなある日、主人からテンスリー伯爵の来訪を告げられる。
(伯爵を追い返すのも、もう何回目かしら)
そう思いながら、裏口で伯爵を待ち構える。
彼を追い返すのも、初めはドキドキしたが、もう慣れたものだ。いつもの通り、約束の時間ぴったりに、裏口の戸がノックされた。
裏口を開ければ、アイリーンを反逆計画に誘い込む老人が立っている。
「伯爵。申し訳ありませんが、アイリーンさまはもうお休みです。お引き取りを」
この状況に慣れ切ったメイは、交渉を省き、結論のみを伯爵に放り込む。
「おや。時間は間違えていないはずですがね」
眉をひそめたテンスリーは、懐中時計を取り出し、時間を確認した。そのフタに、ちらりとツノのような意匠が見えた。
どくり、とメイの心臓が脈打つ。
(あのツノ……もしかして鹿?)
懐中時計などの小物に、自家の紋章を刻み込むことはよくある。しかし、本人に直接問うわけにもいかない。懐中時計をこっそりと凝視するも、肝心なところは彼の手に隠れ、なんの動物が描かれているのかは断定できない。
「でもま、お休みなら仕方ありませんね。出直させていただきます」
あっさりと、テンスリーが踵を返す。
(――そうだ、馬車!)
馬車には、その家の紋章つきバナーが掲げられていることが多い。メイはテンスリーのあとをそっとつけた。年齢の割に高いそのシルエットは、待たせている馬車に乗りこんだ。バタンとドアが閉じられる。
(暗くて――分からない。もう少し、明るいところへ)
メイが目を凝らしていると、馬車がゆっくりと動き出す。ちょうど外灯の近くを通る。そのわずかな明かりに、バナーがうつしだされた。
そこには、エンディングで見たものと全く同じ牡鹿――。
(あの紋章だ……! 間違いない!)
心臓が早鐘を打つ。エンディングに流れる映像は、ユウヒがテンスリーの家にいるところ、ということになる。
通常はありえない。公爵が伯爵の家を訪ねるなど。
(もしアカリさんの言う通り、エンディングに意味があるとしたら……どうして、ユウヒさまがテンスリーの家に?)
◆
翌日の午後、鹿の紋章はテンスリー家だったと、マクレーに告げた。そうして、ユウヒがテンスリー家を訪れた可能性を聞いてみる。
「ありえない」
と、マクレーの返答はシンプルだった。
「そう、だよね……」
マクレーの反応は、メイの思っていた通りだった。メイは今まで、アカリの言うことはほとんど真に受けていた。エンディングの件ももちろんそうだ。頭の中の友人が「トゥルーエンドへのヒントだ」と言うから、そう思い込んでいた。
しかしここにきて、メイも懐疑的になる。
四公爵は、特別な存在だ。四公爵と十六侯爵との身分の隔たりは、十六侯爵とその下の伯爵家との差を何百倍にしても足りない。貴族と言えば、元素をつかさどる王家と四公爵。侯爵以下は、その補佐をする役人候補みたいなものである。
その、王にも等しい四公爵が、まさか没落寸前の伯爵家を訪ねるなど、あってはならないのだ。
「それよりメイ、ユウヒさまがまたお前をお茶に誘いたいと言ってたぞ。明日とかどうだ?」
「また? なんでだろう」
「俺が聞きたいよ。なんでユウヒさまは、お前なんかを誘うんだ?」
「私も全然わかんないよ」
自分に面白みがあるとは全く思えない。そういえば、自分も伯爵家という身分だ。それなのにユウヒはずいぶんと気安く接する。
「明日――たぶん大丈夫だけど。あ、そうだ! ユウヒさまに直接聞いてみるよ!」
「何を?」
「テンスリー伯爵と知り合いかって!」
それはとてもいいアイディアのように思えた。本人に直接聞けばハッキリする。そうして、あのエンディングに意味があるか――アカリの直感は信ずるに値するかどうかが分かる。
「お前、あほか。テンスリー伯爵なんて、ユウヒさまはご存じないと思うぞ。俺もメイに聞くまでは知らなかったし。そんな質問じたいがナンセンスだし失礼だ」
「そう――だね」
自分の素晴らしいアイディアにメイはテンションが上がったが、その気持ちはすぐにしゅんとしぼんでしまった。
(本当に、マクレーの言う通りだ)




