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2.ここは乙女ゲーの世界

「アカリさん、私のすべきことはただひとつ。アイリーンさまをお守りすることです」


『よっし! それじゃあ未来でどんなことが起きたのか聞くよー! んで、一緒に対策考えちゃおう!』


 どこから話したら良いのだろう。


 メイは考え込んだ。そもそもどうしてアイリーンに罪を着せられることになったのか。


 発端を紐解けば、聖女召喚かもしれない。今まで危うくもバランスを取っていた二つの派閥に、さらに聖女派が加わり、ドロドロの抗争になったのだと思う。


『派閥ってどんなん? 何派があるの?』


「現在、王位継承権第一位のデュラン殿下、そして第二王子のミハエル殿下。この二つの派閥です。我がサフィリア家は、デュラン殿下の派閥に属しています」


『普通に考えたら、そのデュランさんが圧勝じゃん。だって、次の王様ってことでしょ?』


 そうだ。メイもそう思っていた。しかし第二王子ミハエルと、その生みの親である王妃は、後宮勢力と商人勢力を取り込んで、あっという間に大きくなってしまった。


 特に商人がやっかいで、金の力でなりふり構わず巨大化していった。その意地汚いやり口に、アイリーンと眉をひそめたものだ。


「勢力比としては、7対3くらいです」


『そこへ、聖女が来たってことね。ところで聖女ってなんのために召喚されたの?』


 メイはその質問に、少し顔をほころばせた。ひどく懐かしい質問だ。


「枯渇した元素を集めるためです」


『げ、元素? 水兵リーベってやつ?』


 反応も同じだ。2年前、この屋敷にやってきた聖女も同じ質問をし、同じことに驚いた。アイリーンとメイは、赤子のような質問に、呆れ果てたものだ。


 とても昔のことのように思う。


「やはりアカリさんも、現代日本からいらしたんですね」


 この国は、5つの元素で成り立っている。光を統べる王を中心に、火、水、風、土の4つ。それらを守る四公爵のうちの一つ、水を守るのが、このサフィリア家だ。


 この元素は、長い間使っていると枯渇する。その乾きは、異界から召喚した聖女しか潤せないとされている。だから王は、聖女を召喚する。元素を満たした聖女は元の世界へ戻る――こういったことをこの国では、100年に一度おこなっていた。


『うん、何となくわかった気がする。そんな感じの乙女ゲー、やったことあるし。その四公爵って、いい感じにカッコいい人ばっかりなんでしょ? で、聖女は好みの男子を攻略する、と』


 あまりにストレートなアカリの言い方に、メイは言いよどんだ。


「たしかにどの公爵家のご子息も、ステキでいらっしゃいます。攻略……というのはよく分かりませんが、デュラン殿下や、アイリーンさまのお兄さまにも、聖女さまは元素を集めるためと言って、その……とても仲良くなっていました」


 礼儀をわきまえず、上下関係を全く理解しようとせず、度を過ぎたアピールをしてくる聖女に、アイリーンはよく憤っていた。立場の違いを何度言い聞かせても、聖女はケロリと無視し、男性陣にくだらないアピールをする。


 男性陣も、天真爛漫な聖女を面白がって相手にするから、さらに聖女は助長し、それにアイリーンが苛立つ。


『あ! わかった! じゃあたぶんアイリーンさんは、悪役令嬢ポジってことだ!』


「悪役令嬢ポジ?」


『聖女に、あれやこれや突っかかってたんでしょ?』


「礼儀をわきまえない者に、ものの道理を説いただけです」


『ほらぁー! やっぱり! これは面白くなってきたわね! 転生に逆行、聖女召喚と悪役令嬢!』


 アカリはとても楽しそうに言い放った。


『続きが聞きたいなー。どうしてアイリーンさんは処刑されることになったの?』


「そうですね……私も詳しくは分かりません。アイリーンさまや、ほかの使用人から聞いた限り、こういう流れなんじゃないか、といった程度です」


 聖女が召喚されてから二日後、その聖女がサフィリア家にやってきた。聖女の証である真っ黒な髪を持ち、「制服」という短すぎるスカートをはいた娘だ。


 聖女は、サフィリア家をちょくちょく訪問する。「ゲームクリアには、各ステータスを平均的に上げなきゃいけないから」と、聖女は訪問の理由を語った。


 他の四公爵、そして王室も例外ではなかった。


「聖女って、そんなに失礼なやつなの?」


 聖女の話題になるたびに、声にトゲが混じるメイに、アカリが尋ねる


「無理に褒めれば、天真爛漫で身勝手、男好きで品のかけらも感じられない娘さんでした」


『全然褒めてないじゃん! うわぁ……ゲーム内ではもてもての聖女も、他の人にはそう思われてたんだ』


 自由すぎる聖女だが、国にある噂がたった。


 今回の聖女は、120年前に召喚された聖女とは趣が異なった。伝承にある聖女は、元の世界に戻りたいと毎日泣き、そのために元素を集めていた。


 しかし今回の聖女は、元の世界をほとんど顧みる様子がなかった。積極的に元素を集めようとせず、どちらかというと男性に熱を上げていた。特に、第二王子に固執し始める。


「それで、今回の聖女は第二王子のミハエルさまと結婚し、ずっと元素を満たし続ける存在になるのでは、と」


『なるほど。それは、この世界にとって都合が良さそうね。でもそうすると、ミハエル派が有利になっちゃうってこと?』


「はい。もしミハエルさまと聖女様が婚姻なされば、次期王座はミハエルさまが有力となります」


 もともと王子派だった者たちの中で、「王位継承権」にしか興味のない人たちや、身分に関わらずあけすけに物をいう聖女に痛快さを求めた人たちが、聖女についていく。


 デュラン派の3割が聖女派になった。


「そんななか、デュラン殿下とアイリーンさまがご婚約しました」


『そっか。デュラン派なんだもんね』


 それは誰から見ても政略結婚だった。お互いに愛はないように思われた。


 ミハエル派の下級貴族がぬるりと近づいてきたのはその頃だ。あろうことか、デュラン殿下を蹴落とす謀反に参加しないかと誘ってきた。


「傍からどう見えても、アイリーンさまはデュラン殿下を愛していらっしゃいます。ですので、あえて謀反に参加し、ミハエル派を内側から操って瓦解させようと考えたのです」


 それが原因となり、アイリーンは謀反を企てた首謀者とされ、処刑されることとなってしまった。



 翌朝、メイはすっかり復調した。身支度を整え、足取り軽くアイリーンの私室へと向かう。


 扉を開けるとそこには、ベッドに座ったまま、けだるそうにしているアイリーンがいた。薔薇色の唇に、パールのような銀髪。


 ――ああ本当に、アイリーンさまだ!


 次は絶対に処刑などされないように。この輝かんばかりに美しい姫が、思い人と結ばれるように。

 メイは決意を新たにする。


「アイリーンさま、お暇をいただきありがとうございました!本日よりお世話させていただきます!」


「ありがと、メイ」


 アイリーンの言葉は少ない。だけれどもこれが、アイリーンの目いっぱいの謝辞なのだ。


 メイが鏡台にうながすと主人は優雅に座った。長い髪を、メイは整える。少しすると、他の使用人がお湯を持ってくる。アイリーンはそれで顔を洗い、鏡に向かってニッコリとした。


「正直言うとね、メイ。あなたが倒れている間、とても寂しかったわ!」


「もったいないお言葉です」


「聞いた? 聖女さま、二人も召喚されたって! しかも16歳だって! 私と同じ!」


 メイが知っている頃より少し幼い主人に、メイは微笑む。


「仲良くなれるかな!?」


 この家には、年の近い者はメイしかいない。アイリーンは刺激を求めているのだ。全く仲良くなれそうにもありませんよ、という言葉を飲み込んで、髪をリボンで結い上げる。


 逆行前と同じ展開になるなら、何の先触れもなく今日、聖女は訪れる。

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