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16.キララという人物

 マクレーと話をした翌日、聖女キララが、近日アイリーンを訪ねてくるという先ぶれがあった。


(今までは聖女さまってちょっと苦手で避けてきたけど――)


 キララという人物を知っておきたいと、メイは考える。

 これまでの傾向から、聖女がアイリーンを訪ねてくるのは、最初の半月程度。それ以降は、兄のユウヒのところへは頻繁に通うが、こちらに来ることはない。


(チャンスは少ない。少しでも、キララさまについて知っておきたい)


「聖女さま、今日はどのようなご用向きですか?」


 アイリーンは、メイの用意した紅茶を口にしながら、聖女に尋ねる。


「まだちょっと、この世界のことがよく分からないの。だから、教えてほしいと思って!」


 そう言って、キララはニッコリとほほ笑んだ。キララが尋ねるのは、いつも「この世界のこと」だ。元素のこと、それを守る四公爵と王家のこと。それぞれの関係性から、各地方の特色や気象、人々の暮らしや産業まで、質問内容は多岐にわたる。


 相変わらずメイは、キララのことを好きになれない。この馴れ馴れしい態度からして、もうダメだ。アイリーンも同じ思いなのか、質問に答えはするが、その口調は素っ気ない。


(マクレーが、すごく魅力的で惹かれるって言ってたけど――どこが?)


 メイはまだ半信半疑だ。


 話が人々の暮らしについてに及んだ時だった。話が途切れた瞬間を見計らって、メイは思い切って聖女に聞いてみた。ここで接点を持てれば、少しはキララに近づけるかもしれない。


「聖女さまのご両親は、どんなお仕事をなされているんですか?」


 聖女は面食らった顔をした。そして、


「うわ~! モブがしゃべったー!!」


 と大きな声で大げさなリアクションをする。


 モブがしゃべった、の意味はよく分からないが、メイはムッとする。


(マクレーのバカっ!! 何が魅力的よ! ひとっつもいいところないんだけど!)


 怒りを婚約者にぶつけながらも、メイは微笑みを絶やさず聖女の答えを待つ。


「あ! ごめん、モブとか言っちゃって。えーっと、お名前を聞いていい?」

「気にしておりませんわ、聖女さま。私は、メイ・ハーサウェイと申します」

「メイさんね! メイドのメイさん! 分かった! いや~、急にしゃべったから、ビックリしちゃった。それでえーっと……あたしの両親ね。うちは、小麦農家なの!」

「まあ……!」


 小麦は、ハーサウェイ家領の特産物の一つだ。黄金色に色づいた小麦畑と夏空のコントラストは、メイの大好きな景色だった。


「小麦と言えば、何といっても夏の景色ですよね」

「うん、うん!」


 メイが言うと、キララは嬉しそうにうなずく。黒くまっすぐな髪が、その動きでさらさらと揺れた。



「何か――今日は楽しかったわね、聖女さまとの会話」


 キララが帰った後、アイリーンはメイに言った。


「はい。とてもお話がお上手で、楽しさのあまり時間を忘れてしまいました」

「次に領地に帰ることがあったら、聖女さまが言っていたうどんっていうの作ってね、メイ」

「はい! やってみます!」


 あの後、小麦の話題から始まった雑談は弾みに弾み、アイリーンを巻き込みながらあちこちへ脱線し、予定時刻をすっかり過ぎてしまった。


 キララは頭の回転が速く、エスプリの効いたジョークがうまかった。

 さらに、相手の話を引き出す術に長け、ちょうどよく自分の考えを交えながら、相槌を打つ。表情が豊かで、ときに驚き、ときにショックを受け、ときに称賛する。その全てがわざとらしくなく、話者にうっとりするような心地よさをもらたした。


「また会えるといいわね、聖女さまに」

「そうですね」


 応えながらメイは、これが術中にはまるということかも、と考えていた。アイリーンはすっかり、キララのことを気に入ってしまったらしい。マクレーから事前に情報を得ていたメイも、アイリーンと同じ思いだから怖い。


(これが、キララさまの魅力……)


 キララには、男女関係なく惹かれる、とマクレーは言っていた。その通りだった。


(もしかして、マクレーもまんまと聖女さまにハマっていた……?)


 いつだっただろうか。アイリーンの兄、ユウヒとキララのお茶会に、アイリーンが招かれた。その時同席していたマクレーから情報を聞き出そうとしたが、何も話してくれなかったことがあった。


(あの時、マクレーは聖女さまから口止めされていたのかもしれない。それか――聖女さまに夢中になっていたであろうユウヒさまか)



『こんばんはっ!モブのメイっぴ!』


 仕事も終わり自室へ戻ると、アカリが話しかけてきた。


「アカリさん! もうっ! モブってどういう意味ですか?」

『んーっと、ゲーム内で名前がなかったり、しゃべんなかったりするキャラかな。バックボーンのないその他大勢、みたいな』

「なるほど」


 やはり、聖女の言葉は少し失礼な物言いだったらしい。メイには名前があるし、もちろんしゃべるし、こうして一人の人間として生きている。ゲームというのは不思議なものだ。


『でも今日は、ゲーム内に召喚された聖女が、どうしてモテモテなのか、分かった気がするよ! ある意味チートだね!』

「どういうことですか?」

『好きになっちゃったんでしょ、聖女のこと。アイリーンさんもメイっぴも』

「そう――ですね。でもそれは、お話がお上手で、一緒にいると楽しいからです」

『うんうん、チートって怖いわぁ。そう見えるのは、メイっぴたちが、聖女のことを気に入るように設定されてるからだと思うよ』

「さっぱり意味が分かりません」


 メイはベッドに座った。


『うん――説明はちょっとむずいから、めっちゃ省くけど……とにかく、キララさんには気を付けたほうがいいと思う。何かを判断するときは、そのキララさん好きぃ~な気持ちから、自分を切り離したほうがいいよ』

「わかり……ました」


 あまり分からなかったが、メイはうなずいた。そして、思い出したように立ち上がる。今日はマクレーと待ち合わせしているのを、忘れかけていた。


『また、マクレー君に会うの?』

「ええ。定期的に話をして、情報交換しないと」


 ――今度こそ、絶対に失敗したくないから。


 幸いマクレーは、四公爵の嫡男、ユウヒの侍従だけあって、メイより多くの情報を得られる。宮廷内に出入りし、社交界の様子を知るなど、メイには不可能だ。

 マクレーからの情報を合わせれば、アイリーンへ処刑命令が出される経緯、どういった力が働いてその結論に至ったのかが分かるかもしれない。


『あんまり遅くならないようにねー』


 アカリは母親みたいなことを言って、メイを送り出した。

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