15.マクレーが見たもの
一日の仕事を終え、メイは裏庭に向かった。日はすっかり落ち、たなびく雲が、昇りかけた半月にかかる。マクレーはまだいない。
待ち合わせ場所のブナの木にもたれ、昼間のマクレーの発言について考える。
(マクレーも、過去に戻っていたなんて)
仕事の合間の立ち話だったため、話はそこまでだった。仕事が終わってからもう一度話そうと、ここへ集まることになっている。
「メイ、お待たせ」
仕事が終わってラフな服装になったマクレーは、ひょろっと細く頼りなく見える。仕事をしているときは落ち着いた様子で実際の歳より上に見えるが、こうして見ると自分と同じ十代の少年だ。
「マクレー、マクレーも過去に戻ってるって。どういうこと?」
「うん――先にメイの話を聞きたい」
「わかった」
メイはうなずき、今まであったことをすべて話した。アイリーンさまの処刑をきっかけに、何度も時を遡っていること。テンスリー伯爵のこと。アイリーンさまから下賜された猫の手鏡のこと。頭の中に住む友人のこと。
マクレーは黙って、たまに質問を交えながら、決して茶化したりせずに真剣に傾聴していた。
いつしか二人は、座り込んでいた。ときどき鳴る葉擦れの音、どこかで啼く鳥、それに互いの話し声。それ以外の音はしない、静かな月夜だった。
「私の話はこのくらいかな……。マクレーは?」
メイがマクレーの顔をのぞく。話を向けられて、マクレーの顔が少しこわばった。
「お前は――アイリーンさまの処刑のあと、すぐに過去に戻ってるんだな」
「うん」
「じゃあ、その先は知らないのか……」
「その先……?」
マクレーは、足元の枯葉をもてあそぶ。少しためらった後に、メイへと向き直った。頼りなげに、とび色の瞳が揺れる。その顔を見て、メイはなぜだか、子供の頃の意気地なしな彼を思い出す。
マクレーはゆっくり口を開いた。
「あの後――アイリーンさま処刑後、お前はあまりのショックでからっぽになっちまうんだ。アイリーンさまのお部屋で遺品を抱いてうずくまったまま……ほとんど何も口にせず、話しかけても応えず――どんどん痩せて、ボロボロに……」
そうなんだ……、と小さく相槌を打ちながら、メイは自分の運命を聞く。
「ちょっと元気になったと思ったら、アイリーンさまが帰ってきたという妄想に取りつかれて、笑いながら屋敷を走り回る始末だ。アイリーンさまのお部屋でぶつぶつ言いながらドレスを引っ張り出し、誰もいない鏡に向かって似合うだのどーの……もう見てらんなかった」
マクレーは固く目をつむり、手を握りしめた。
「そうやって、悲しみにくれたり妄想に取りつかれたりを繰り返して……それで――ついにお前は、ペラペラのメモ1枚残して――アイリーンさまのお部屋で……」
そこまで言って、マクレーはうっと口をふさいだ。吐き気をこらえているようだ。
「お前は……お前は……っ! アイリーンさまの……後を追う!」
荒く喘ぎながらそこまで言うと、マクレーは膝を抱えて肩を震わせ始めた。
メイは信じられない気持ちで、うずくまるマクレーの背中を見る。マクレーはその光景を思い出しているのか、肩をぶるぶる震わせた。
「うっ……う、う――」
こらえきれない感情が、慟哭となってマクレーの体内から絞り出される。
(私は……この人も、実家の父母も、お世話になったサフィリア家も置いて)
まさか、そんなことになったなんて。将来の妻に置いていかれたマクレーは、どんな気持ちだったのだろう。罪悪感に胸が締め付けられる。
「マクレー……」
メイは思わず声をかける。
――ごめん。もういい、もう話さなくて。
メイの思いとは別に、マクレーの吐露は終わらない。しまい込んでいた腹の中身をぶちまけるようだ。
「もう、あんなメイは見たくないのに――なのに、何度も、時をさかのぼってる。俺は、今度こそと思って、やり直すんだ。今度こそ――お前があんな風にならないように! 死なないように!!」
マクレーは、目の前の枯葉をぐしゃりとつかみ、嗚咽交じりの声で叫ぶ。
「でもダメなんだ! ――何度やり直しても、アイリーンさまは処刑されちまう。そうしてお前は、何度も何度も――」
うずくまった彼は膝を抱き、低くつぶやく。
「お前は――何度も時が戻るって、どんな気持ちだ?――俺は、地獄だと思う。何度やり直しても、同じ結果になって――ほんと地獄だよ。何度もお前のあんな姿を見るなんて」
うずくまったままぼたぼた涙を流すマクレーの背中に、メイは覆いかぶさる。
「ごめん、マクレー。ごめん。……でも、もう絶対、私は諦めない。――そんな未来にはならないから」
未来の自分がしでかしたことを謝りながら、メイは婚約者が落ち着くまで、肩を抱き続けた。
◆
昇りかけだった半月は、もうすぐ天頂まで達しそうだ。鳥は啼くのをやめ、いまや風が揺らす葉擦れの音のみが、二人に降り注ぐ。
しばらくして落ち着いたマクレーは、ポツリとつぶやいた。
「結局、どうすればアイリーンさまの処刑を止められるんだ……?」
「私、良いところまできてると思うの。アイリーンさまとテンスリー伯爵が手を結ばないようにして、キララさまの動向に気をつければ、いい感じにいけると思う! マクレーは、ユウヒさまとキララさまの動向について、気にしてほしいんだ」
「わかった」
メイは、マクレーにキララのことを尋ねてみようと思った。彼女は”エンディング”にも出てくるから、何かしらの鍵を握っているかもしれない。マクレーの、人を見る目は確かだから、頼りになる。
「マクレー、聖女のキララさまって、どんな感じの人?」
メイにとっては、ただの礼儀知らずであり、別世界から来た少女、くらいの認識でしかない。マクレーはユウヒに付き添って何度も見ているはずだから、正確な情報が得られる。それは、今後に役立つだろう。
「キララさまは――不思議な人だ」
マクレーは言葉を選ぶように、少し考えこんだ。
「最初の印象は――天真爛漫で、人の気持ちも公爵家の事情も気にせず、自分の要求だけを突き付けてくる気分屋、という感じかな」
それは、メイが受けた印象とあまり変わりはない。
「ただ――何度か話していると、その印象はちょっと変わる。一言でいうと、魅力的なんだ、すごく。身分を気にせず明け透けに、誰にでも平等に接するところ。ドジでちょっと頼りなく、守ってあげたい気持ちにさせられるところ。それでいて、自分の全部を任せて甘えたくなってしまう、神話に出てくる慈母のような圧倒的な母性を持っているところ。その全てのバランスが良く、ふと油断すると惹かれてしまう――そんな魅力を持っている」
「マクレーも惹かれてるの? キララさまに」
「あ、いや――まあ、人としてすごく魅力的に思うよ。メイが嫉妬するような感情じゃない」
「嫉妬なんてしてない」
――少しイラっとしただけだ。
「キララさまは――守ってあげたいと思わずにはいられない一方、あの人の手のひらでずーっと転がされたい気持ちになるんだ……あんな複雑で多重層な人、見たことがない。ずっと話をしていたい、また会いたいと思わされる。多分、ユウヒさまも同じ気持ちになってるんじゃないかな。そして、キララさまと接した他の人も男女関係なく――」
「惹かれるってこと?」
「うん。だから、キララさまをどうにかするのは、とても難しいと思う。あの人と会って、きちんと話をしてしまうと、ほぼ必ず取り込まれる。その魅力に」




