13.アイテム
メイは目を覚ました。
何度も見た天井、ここは、使用人休憩室だ。
外から聞こえてくる会話や、マクレーの話から、また聖女召喚の日まで逆行してしまったことを知る。
「どうして――」
今までは、アイリーンの処刑が決まって途方に暮れた状態になってから、時をさかのぼっていた。しかし、今回は違う。
『びっくりだねー、メイっぴ』
アカリが話しかけてくる。
「はい」
『それより、逆行してるときの映像、覚えてる? あれ、毎回一緒じゃん』
「なんとなくしか、思い出せません――」
逆行するときは、視界がゆがむ。その際、別のイメージが浮かぶのだ。メイは気づかなかったが、アカリはそれがいつも同じ絵だと指摘していた。
「確か――ユウヒさまと聖女さま、それにアイリーンさま……」
『あと、マクレーくんね! マクレーくんの存在、薄いなぁ~! そうそう! 聖女はキララさんのほうだったね』
「はい……」
返事はしたものの、夢の中の出来事のように、映像をおぼろげにしか思い出せない。
『気になったんだけど、ユウヒさんの後ろにも誰かいるんだよな~』
「そう――でしたっけ?」
『うん、ぼや~っとしてるんだけど、いるよ。次、ちゃんとしっかり見てみよう!』
「次って――」
それではまた、失敗してしまうようではないか。今度こそ、アイリーンさまをお救いする。そのために、テンスリー伯爵は追い返すし、実家からの連絡はスルー、キララさまの動向にも目を配る。
『ごめんごめん! そうだね。今回で終わらせたいね』
皆が寝静まったことを確認し、メイは自室へもどる。まずは今回の出来事を整理しようと、紙を取り出すために引き出しを開けた。
そこには、アイリーンから下賜された猫の手鏡が入っていた。猫の瞳に埋め込まれたサファイアが、月光を静かに反射する。
(――どうしてこれが!?)
これは、未来の自分がもらったものだ。それがこの時点でメイの手元にあるのはおかしい。
「アカリさん! アイリーンさまの手鏡が!」
『本当だー! うーん……もしかして――これって、インベントリに入ったってことじゃない?』
「い、インベ……?」
『インベントリ。ゲームによっては、アイテムボックスとか、持ち物とか、便利袋とか、なんかいろいろ名前あるけど。そっか――これは、”アイテム”なんだ』
アカリは納得したようだった。
『メイっぴ、たぶんこれは、めっちゃ重要なことだと思う。この手鏡、キーアイテムかも。よく考えたら、今回逆行したときも、手鏡持ってなかった?』
逆行したときの状況を思い出してみる。アカリと話をしていた。そのとき、確かに猫の手鏡を触っていた――。
「……! そうかもしれません!」
『メイっぴ。その鏡、ちょっと使ってみて』
「はい」
使うといっても、これは手鏡だ。自分の顔を映すのが”使う”だろう。メイは鏡をのぞき込んだ。
何も起きない。
『使うっていうのは、ちょっと違うんだよなあ。もっと……こう、なんて言うの? メイっぴ、鏡を右手に持って!』
「はい」
メイは言われたとおりに、鏡を右手で握った。
『上に掲げる!』
「こうですか?」
鏡を高々と掲げる。何かを宣言するかのようだ。少し気恥しいが、誰も見る者はいない。
『そして、うん――どうするんだろ。そもそもアイテム使うって、何だ……? カーソル合わせて、使うをクリック……』
アカリが混乱してきたようだ。メイのほうはというと、とっくに混乱している。
『ここはもう、気持ちの問題! ハートだ、ハート! メイっぴ、アイリーンさんのこと、考えて!』
「アイリーンさまのこと……」
そもそもアイリーンさまと初めて会ったのは、7歳くらいのときだったか。アイリーンさまのご母堂付きの侍女であった母に、連れてこられた。初めて見たアイリーンさまはまばゆくて――。
『メイ、あたしの言葉を繰り返して! アイリーンさまを救うぞー!』
「あ、アイリーンさまを救うぞー!」
手鏡を頭上に掲げたまま、声を絞り出す。とても恥ずかしい気持ちになってきた。
『時をさかのぼるぞー! おー!!』
「時をさかのぼるぞー! お、おー……」
手鏡が月光を跳ね返す。猫の瞳に埋め込まれたサファイアが、青くまたたく。
「あ――」
視界がくにゃりと歪む。
『わ、わ、マジか! マジでいきそう!』
「は、はい。これは逆行するときの――」
映像がフラッシュする。
ふわっと柔らかくほほ笑むユウヒさま。アカリが言う通り、その後ろには確かに人が。しかしぼやけていて、人物の同定には至らない。
振り返る聖女の髪は長い。真っ黒な髪と短いスカートがひらひらと風に揺れている。
(そもそも、この映像はなに? 見覚えがないはずなのに)
なぜ、脳内にフラッシュするのだろうか。
◆
目が覚めるとそこは、またしても使用人の休憩室。外の会話から、聖女召喚した日だとわかる。
(本当に――逆行しちゃった……)
念のため、そばにいたマクレーに、聖女のことを尋ねてみると、マクレーは丁寧に説明してくれた。
「王さまが、ゲートを開けられたんだ! 120年ぶりに聖女召喚したんだけど、なぜが二人も召喚されたって。それで大騒ぎだよ」
――やっぱり。
今は、日が暮れた直後。先ほどアカリと手鏡を掲げたのは夜半過ぎ。ほんの少しの時だが、確かに遡っている。
「そっか。そうだったよね」
「メイは、なんで聖女のことを聞くんだ?」
「え――?」
不意打ちの質問に、メイは言葉を失う。いつものマクレーは、こんなことを聞いてきたりしない。
「えと――なんか時間感覚っていうか、いろいろと夢の中の出来事だったのかなーと思っちゃって。でも、本当に聖女さまって二人召喚されたんだね、しかも今日、120年ぶりに」
「メイ、何か変だぞ。聖女召喚は120年ぶりのビッグイベントだし、それが二人も召喚されたってのもビッグニュースだ。いくら何でも、分からなくなることはないだろ」
今日のマクレーは、妙に食い下がってくる。
本当の理由を言えば、今日の日付が気になるから、聖女召喚について聞いているだけだ。ついでに、二人召喚されたという確証も得たい。
「そ、そうだね……変かな」
曖昧に笑ってごまかすと、
「お前、本当に大丈夫か? 頭打ったりして、記憶がおかしくなってるんじゃないか?」
マクレーは本気で心配して、顔をのぞき込んでくる。その真っすぐなとび色の瞳を直視できず、メイは布団の中に逃げ込んだ。
「大丈夫だから! もう眠いから寝るね!」
布団の中から言うと、「ゆっくり休めよ」と言葉を残して、マクレーの気配は去っていった。
(はあぁ~~)
メイは深いため息をつく。マクレーに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだ。嘘をつくのもごまかすのも得意ではないから、とても疲れる。
(マクレーには全部言ってしまおうか。マクレーなら、きっと全部信じてくれる)
でも――とブレーキをかける自分もいる。こんな荒唐無稽な話、信じてもらえるだろうか。




