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12.マクレーの嘘

仕事が終わった夜、メイはマクレーの部屋を訪ねた。


「マクレー、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「どんなこと?」


 言いながらマクレーは目線で入室を促す。メイはマクレーの部屋に入り、差し出されたスツールに腰かけた。

 マクレーの部屋は、相変わらずきちんと片付いている。折り目正しい性格が、そのまま反映されているようだ。


「今日、アイリーンさまがユウヒさまのお茶会に行ったでしょ。そのとき、マクレーも同席してた?」

「うん」


 ――やはり同席していた。


「どんなことを話したの?」

「うーんと……」


 マクレーは一瞬、天井を見上げた。すぐに視線を戻し、


「まあ何というか雑談だよ。特にこれっている話はしていなかったかな。まあ俺、ずっといたわけじゃないから何とも言えないけど」

「そっか。アイリーンさまは、殿下との婚姻の話が早く進みそう、とおっしゃっていたけど」

「――ああ! その話は、ユウヒさまが言っていたような……でもユウヒさまもあくまで噂にすぎないとは言っていたけど」


 ――妙な違和感がある。婚姻の話は個人的すぎ、かつ政治的すぎる。


「そんな大切な話を、聖女さまも一緒に聞くの?」


 聖女は、元素を集め、満たす存在だ。しかも、異世界から来ている。王家と公爵家の婚姻については、まったく関係がないはずだ。


「雑談、あくまで雑談だよ。その中で、こんな噂が流れてるよー的な」

「噂――」


 アイリーンは浮かれていた。普段はしないプレゼントをするくらい。噂程度の確度の話で、あそこまで浮かれるだろうか。

 メイはマクレーの横顔をチラリと見た。マクレーはわずかに目線を上げたままだ。


(マクレーは嘘をついている。それはほぼ確実)


 しかし、その理由が分からない。マクレーは隠し事をするタイプではない。似合わないことをするから現に今、メイにいろいろ突かれて、おたおたしている。


(どうして嘘を……もしかして、口止めされている――?)


 今、自分が強く迫ったら、本当のことを言ってくれるだろうか、とメイは考える。


「他に、何か話してた? 別の噂とか」

「んー、別に何も……。そろそろ遅いし、メイ、もう部屋に戻ったら?」


 苦しくなって、ついに追い出しにかかったか。


「うん、そうだね」


 マクレーを責めたいわけではない。話せないのは、それなりの理由があってのことだろう。


(明日、もう一度サラッと聞いてみよ)


 メイは、予感がしている。将来の夫は、メイ相手なら油断をして、ポロっと本当のことをこぼすはず――。



 自室に戻ったメイは、文机の引き出しを開けた。そこには、夕方にアイリーンから下賜された猫の手鏡が入っている。


(そういえば、アイリーンさまにちゃんとお礼を言えていなかったな)


 戸惑っている間に押し付けられ、お礼があいまいになってしまっていた。メイがなんとなく手鏡の輪郭を撫でていると、


『メイっぴー!』


 アカリが元気に話しかけてくる。


『めっちゃ可愛い鏡じゃん! 良かったね!』

「はい――そうなんですが、お茶会で何が話されたのか気になります」

『マクレーくんは知ってる感じだよね』

「ええ。マクレーに吐かせるか、アイリーンさまにさりげなく聞くのが一番だとは思うんですが――」


 メイは、手鏡の猫の額をこちょこちょと撫でた。


『一緒にいた聖女って、どっちだったの?』


 アカリの唐突な質問に、メイは手を止めた。


「どっち――とは?」

『聖女って二人召喚されたんでしょ? そのどっちってこと』


 そう言われてメイは、初めて聖女の区別がついていないことに気づいた。考えてもいなかった。二人の少女を「聖女」とひとくくりにしてしまっていて、異なるアイデンティティを持った人間とは、とらえていなかったのだ。


「今日いらしたのは――」


 本日の来訪者を、チラリとは見た。この国では珍しい黒い髪で、相変わらず短いスカートをはいていた。しかし、どちらの聖女も同じような風貌だ。黒い髪と短いスカートは、聖女の世界ではスタンダードらしい。


「今日……いらした、のは……」


 召喚されてすぐは、二人とも何回かアイリーンを訪ねてきた。どちらも、黒い髪、黒い瞳、短いスカート。


「確か――髪の長さが……」


 メイは、持っている手鏡の外側を何度も撫でる。


『お、長考入ったね』


 ふたりとも似た風貌だったし、名前も聞きなれない響きだったから、覚えるのに苦労した。たしか――肩につかないくらいの長さの髪、つまり髪の短いほうがショウコ。肩甲骨くらいまで長い髪を持ったのが、キララ。


「そう、聖女さまのお名前は、ショウコさまとキララさま。今日いらしていたのは、髪の長いほう、キララさまです」


『キララさんね。いかにも現代日本って感じの名前だー! 最近、何度も来ていた聖女さまってのは、ずっとキララさんだった? それとも別々なの?』


「う……う~ん……」


 全く意識をしていなかったから、分からない。髪の長いほうだった気もするが、確信は持てない。


『メイっぴ、頑張って記憶をたどらなくてもいいよ! これからちょっと気を付けてみよ、聖女のこと。なんか、気になるんだ』

「どういうことですか?」

『ゲームの攻略だけ――元素を集めるだけが目的だったら、同じ人を何回も訪ねないと思うの。だって、元素はバランスよく集めなきゃいけないんでしょ?』

「ええ。四公爵と王家が持つ5つの元素をバランスよく」

『なのに、この家ばかり来てるってことは、元素を集める気がないんじゃないかな』

「集めずにどうする――あ、この国にとどまるつもりってことですか?」

『うん。それか、アイリーンさんのお兄さんを攻略したいのかな』

「攻略って?」


『落とすってこと! 惚れさせて、告白させるの』


 くらくらする。


 ユウヒさまとキララさまが――。


「そ、それはいけません、それは」


 あってはならない。ユウヒは、四公爵の令嬢と婚約している。


『なんで?』

「ユウヒさまには、もう決まったお相手が」


 公爵家同士の婚約は、王家が仲介する。婚約破棄ともなれば大ごとだ。本当にそうなったら、ユウヒは確実に追放。もちろん、ユウヒの妹アイリーンもただでは済まないだろう。おそらく第一王子との婚約は解消、最悪の場合サフィリア家自体も危うい。


『あー、そういうの! 真実の愛のためなら、略奪とか全然あり! むしろ燃えるね!』

「そんな――」


 聖女とは――現代日本とは、なんと恐ろしいところだろう。メイはすがるように、手鏡をぎゅっと握りしめた。


(アイリーンさまをお守りするためには、聖女さまの動向にも気を付けておかなくちゃ)


 そのとたん、視界がぐにゃりと歪んだ。


「え――?」


 この感覚は。


(逆行するときの……!)


 でもなぜ。このタイミングで。


『メイっぴ、これ、もしかして戻っちゃう感じ?』


 アカリの声が遠くなる。


 はかなげにほほ笑むユウヒさま。振り返る聖女。ブナの下にたたずむマクレー。窓際で頬杖をつくアイリーンさまの指の、婚約指輪がきらりと光る。


『メイっぴ、やっぱこれ、同じだ――!』

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