11.猫の手鏡
『ねーねー、マクレーくんって、メイっぴのこと好きなんじゃない?』
マクレーから受け取った手紙を手に自室に戻ると、アカリが話しかけてきた。
メイは返答に困り、無言で次の言葉を待つ。
『ほらー、なんかめっちゃ優しいじゃん! メイっぴを守るナイトって感じ! メイっぴはどうなの? 嫌いじゃないって感じだけど』
そこまで聞いて、そういえばとメイは思い当たる。
アカリには何も隠さず話していたから、すでに自分のことは全て知られているような気になっていた。しかし、よく考えればこのことは伝えていなかったかもしれない。
「マクレーは私の婚約者です。ですので、お互いに気遣いあうのは当然です」
『ええーーーー!!????』
やはり、知らなかったか。
『ま、まッ、マジで? こ、こここ、婚約?』
想像以上に狼狽するアカリに、メイのほうが驚かされる。
「ええ」
『で、でも……あれっ? メイっぴとマクレーくんって、親戚じゃなかったっけ』
「ええ。私の祖父の妹が、マクレーの祖母です」
『んんー? いとこ?――じゃないか、よく分かんないや。いやいやでも……えー……婚約……婚約……まじか……』
よほど衝撃だったのだろう。アカリは何度も婚約、婚約とつぶやく。そうして、ふと思い立ったようにメイにたずねる。
『えーっと……じゃあメイっぴって――マクレーくんのこと、好きなの?』
メイは少し呆れてしまった。どうして、こんな当然のことを聞くのだろう。
「もちろんです。将来の夫ですから」
◆
前回と同様、母の危篤は誤報だった。次の日には「元気になったから来なくていいよ~! この手紙、間に合ってるといいんだけど」という内容の知らせが来た。
今回は、二つの意味で気を揉んだ。母には無事でいてほしいし、実家に帰ることになってしまうとアイリーンが危うい。
母の無事をマクレーにも報告しようと、屋敷内を探す。彼は中庭で掃除をしていた。
「マクレー」
声をかけるとマクレーは振り返り、
「おばさんは?」
と聞いてくる。
「大丈夫って手紙が、速達で来た! やっぱり、お母さんの早とちりで、次の日にはめちゃめちゃ元気になったって!」
「そか。良かった」
マクレーはしみじみと、ほうきを握りしめた。それを見てメイは、「マクレーってやっぱりいい奴だなあ」なんて思う。
「でもさ、なんでメイは、おばさんは大丈夫って分かったんだ?」
「分かったっていうか……ほら、あわてんぼうのお母さんのことだから、またやらかしたんじゃないかなーって思っただけだよ」
答えながらふと、メイは思う。何度も時をさかのぼったことや、頭に住む友人のことをフィアンセに言ったら彼は信じてくれるだろうか。一緒に、アイリーンさまの処刑を阻止してくれるだろうか。
(うーん…うまく説明できる気がしない)
逡巡するメイに、マクレーは思い出したように口を開いた。
「そうだ! 今日の午後、聖女さまが来ることになってるんだけど、アイリーンさまにも会いたいらしい」
「え? 聖女さまがアイリーンさまに?」
聖女は、アイリーンの兄、ユウヒのところにはよく来ているようだが、アイリーンを訪ねてくるのは久しぶりだ。
「ユウヒさまも一緒に話をする感じだから、ユウヒさまと聖女さまのアフタヌーンティーに、アイリーンさまも同席してもらう形かな」
「このこと、アイリーンさまは…」
「おれもさっきユウヒさまに言われたばかりだから、知らないと思う」
「分かった。じゃあ、伝えておくね」
◆
その夕方アイリーンはひどく機嫌が良かった。鼻歌でも歌い出しそうである。
(アイリーンさま、お兄さまと聖女さまとのアフタヌーンティーがよほど楽しかったのかしら)
お茶会にメイは参加しなかったから、そこでどんな会話をされたのかは分からない。
アイリーンはというとドレッサーをごそごそと検めている。しばらくして目的のものが見つからなかったのか、次は書斎机を探し始めた。
「アイリーンさま、何かお探しですか?」
メイが声をかけると同時に、アイリーンは目的のものを見つけたようだった。
「これ! メイにあげる」
アイリーンの手には、猫の耳がついた手鏡が握られていた。
――確かあれは、アイリーンさまが10歳くらいの時の誕生日、ご当主さまからプレゼントされたものだ。
鏡からぴょこんと飛び出た猫の耳としっぽが可愛らしく、当時アイリーンは気に入って使っていた。埋め込まれたサファイアの瞳が剥がれ落ちた時は、使用人総出で探したものだった。
「これを――私にですか」
信じられない気持ちで、猫の手鏡とアイリーンの顔を交互に見る。
確かに最近はほとんど使っていなかった。とはいえ侍従に理由もなく下賜されるには、高価すぎる代物だ。
「予定より早く、殿下との婚姻が進みそうなの」
普段は静かな情熱をたたえた瞳が、今はキラキラと輝いている。
「メイにはいっぱいお世話になったから、もらってほしい」
アイリーンは半ば押し付けるように、手鏡をメイに握らせる。
「アイリーンさま、それではお別れのようではないですか」
「違うわよ! 結婚してもメイにはずっとそばにいてほしいと思っているわ。これは、なんというか――けじめのような、区切りのような」
アイリーンは目を伏せた。なんと言おうか逡巡しているかのようだ。
「とにかく受け取って!」
結局、猫の手鏡をメイに強引に押し付け、アイリーンは部屋を出て行った。
(これ――もらっちゃっていいのかな。でも……こんな高価なもの――)
メイは手鏡を見つめる。
猫の細工はリアルではあるが、ころんとしてどこか可愛らしい。瞳にあしらわれたサファイアは、右目のみ。左目は剥がれ落ちている。鏡の周りをぐるりと取り囲む草花の文様は細かく、一流の工芸家による作品であることは一目で明らかだ。
最近は使っていなかったから少しくすんではいるが、磨けばまた、輝きを取り戻しそうだ。鏡には、きょとんとした表情の自分が映っている。
(アイリーンさまは、急にどうして)
心がざわつく。
今まで、メイの主人は侍従に何かを下賜したことはなかった。それが突然どうだろう。
(たぶん、今日のアフタヌーンティー)
そこで何かが話し合われ、何かしらの心境の変化があったのだ。
――マクレーは同席しただろうか。
マクレーは、アフタヌーンティーを主催したユウヒの侍従だ。おそらく、ユウヒに控えていたはず。
(マクレーに聞いてみよう!)




