1.転生!逆行!聖女!
「妃殿下、あいかわらすキレイな御髪……」
侍女のメイは、主人であるアイリーンの髪を結っていた。
パールを溶かしこんだような不思議なニュアンスの髪は、角度によってピンクにも水色にも見える。銀髪はサフィリア家の証だが、アイリーンの髪色はその中でも群を抜いて美しいと、メイは思っていた。
「今日くらい妃殿下はやめて、以前のようにアイリーンと呼んで」
「はい、アイリーンさま」
「髪飾りは、一番上等なものにして。最期まで、誇り高くいられるように」
言われた通り、外国から取り寄せた硝子玉のかんざしを耳元の髪に刺し、ダイヤとサファイアが散りばめられたティアラを、震える手で載せる。
主人に課せられたあまりに酷な運命に、メイは思わず涙を落とした。
「どうしたの、メイ。泣いてるの?」
「いいえ、アイリーンさま。いいえ」
アイリーンを差し置いて、自分が泣くわけにはいかない。メイはぐっと涙を押し込んだ。
今日、アイリーンは処刑される。無実の罪によって。
「いままでありがとう、メイ」
アイリーンが振り返ってメイを見る。これから処刑台に上る彼女の瞳は、冬の湖面のような、穏やかな青い色をしていた。
メイの主人は、2年前に王によって召喚された「聖女」と、第二王子の策略によって、咎を受けることになった。なんの罪もないアイリーンに反逆罪がでっちあげられ、下された処罰は死罪。
あまりに重い処罰を知った時、メイは声も出なかった。現実とは思えない。もともと罪はないのだから、その処罰がいつかはひっくり返ると信じ続けたが、とうとう今日を迎えてしまった。
その日メイが載せたティアラが「遺品」としてサフィリア家に戻ってきたのは、10日後のことであった。血痕がついたそれを目にし、メイは倒れた。
◆
どのくらい眠り込んだだろう。メイは目を覚ました。
「ここは……」
奉公人の休憩室だ。
窓の外から、侍従たちの会話が聞こえる。
「おい、今回の聖女召喚、二人だったらしいぜ」
「二人も!? 普通一人だろ? それって、どうなるんだ?」
――聖女の召喚は2年前のはず。
またおぼろげな頭で、メイはぼんやりと考えた。
また、聖女召喚が行われたのだろうか。いや、そんなはずはない。聖女召喚は、国の元素が枯渇した折に行われる。頻度はだいたい100年に1回のはず。ではなぜ。
メイは飛び起きた。すぐそばに、侍従仲間のマクレーがいた。
「メイ!気がついたか!」
マクレーが駆け寄ってきた。どうやら、看病していてくれたようだ。
「マクレー、聖女召喚って……?」
「王さまが、ゲートを開けられたんだ! 120年ぶりに聖女召喚したんだけど、なぜが二人も召喚されたって。それで大騒ぎだよ」
「聖女召喚って、つい2年前にも…」
「寝ぼけてんのか? 120年ぶりだって!」
どうなっているのだろう。
「メイのこと、アイリーンさまも心配していたから、報告してくる!」
マクレーはそう言って、バタバタと部屋を立ち去る。
「え……? アイリーンさま?」
メイの主人は咎なき罪で、非業の死を遂げたはず。なのに、この屋敷にいる……?
――結論はひとつだ。
(処刑はなかったんだ! 夢だったんだ! アイリーンさまは生きてる! 生きているんだ!)
『はうわぁー! え? あたし、生きてる?』
突然頭の中で、それはそれは明瞭な声が聞こえた。
「え? 何? 誰?」
『あたし、アカリ! あたしトラックに轢かれたみたいなんだけど、まさかの生きてる感じー? でも、ここどこ? めっちゃレトロな病院?」
(トラック? メッチャレトロナ病院?)
そこへ、アイリーンがやってくる。見覚えのあるパールの髪、ディープブルーの瞳。颯爽とした足取りは軽やかで、生き生きとしている。
ああ、どんなに会いたかったことか!
「妃殿下!」
感動でベッドから起き上がるメイに、アイリーンは小首をかしげた。
「妃殿下? メイ、何を言ってるの? まだ私、殿下と婚約すらしていないのに」
そう言って、メイの主人は微笑んだ。呆れて笑ったように見えるが、メイにはそれが照れ隠しと分かる。
「え? ど、どういう……」
「まだちゃんと回復していないのね。もう少しゆっくり休んで。出仕は、良くなってからでいいから」
そう言ってアイリーンは、来た時と同様、颯爽と退室した。パールの髪がわずかに放った燐光、その残像を見つめながらメイは独り言ちる。
「どうなってるの……?」
どこまでが夢で、どこまでが現実か分からない。混乱するばかりである。
そこへ、さっきの頭の中の声が降りそそぐ。
『たぶんあたし、分かっちゃったから教えてあげる! メイッぴ!』
さっきの声だ。アイリーンの件ですっかり忘れていた。
『いーい? あたしはこういう小説やゲームを知ってるから、こっからはある意味チートよ!』
「ち、チート? えっとあなたは? どこにいるの?」
『アカリ! さっきも言ったんだけどなあ。あたしね、現代日本でフリーターしてたんだけど、トラックに轢かれちゃったの。んで、乙女ゲー世界観の中に転生するはずが、あなたの頭の中に入っちゃったみたいなの』
「現代日本……」
聞き覚えがある。たしか聖女も、現代日本とやらから召喚されたのではなかったか。
「聖女さまと同じところからいらしたんですか? アカリさまは」
『メイッぴ~! アカリでいいよ! で、話続けるよ。メイッぴはたぶん逆行してる』
「逆行」
『時間が戻ってるってこと! メイッぴは、聖女召喚は2年前だと思ってるんでしょ? でも実際は今日、行われた。これって、時間が戻ってるってことじゃん』
「たしかに――信じがたいことですが」
何より、処刑されたはずのアイリーンが無事である。殿下とのご成婚も、ご婚約もすませていない。
『たぶんメイッぴには、するべきことがあるんじゃないかな。だから、時が戻った』
私のやるべきこと……。そんなの、ひとつしかない!
アイリーンさまを処刑させないことだ!
『お、するべきこと、ありそうじゃん! あたしも暇だから、じゃんじゃん協力するよー! 転生、逆行、聖女、要素がてんこ盛り! 楽しそうー!』