無駄にデカい先輩と少しだけ、その、控えめな私の2度目の春
香月よう子様主催「春にはじまる恋物語企画」参加作品です。
私は逢坂美桜。
大学を卒業して、新卒でこの会社に入社してもうすぐ3年目になる。
1年目のお茶汲みやらコピー係やらを卒業して、去年の春からようやくまともな仕事をやらせてもらえるようになった。
部署としては一応、企画営業ってことになってるけど、社員数が多いわけじゃない中小企業なウチの会社における企画営業っていうのは、ようは全部やる仕事だ。
企画して売り込んで仕事取ってきて手配して、マーケティングやらプロモーションやらあれやこれやを全部やる部署。
なのに経理とかは別にあるから、予算は何度も組み直さないといけなくて、なかなかウザ……げふんげふん、やりがいのある仕事だ。
とはいえ、まだまだ新人の私に1人で仕事をやるのは無理なので、先輩社員が教育係としてついてくれて、一緒に仕事をしながらアレコレ教えてくれる。
でも、その先輩ってのがけっこうアレで……。
いや、先輩自体は良い人なんだろうけど。
私が……。
「美桜ちゃーん!
お菓子あるよ~!
こっちおいで~!」
「もう!
小林さん!
子供じゃないんですから、そういうこと言わないでください!」
「おーい!
逢坂!
出張の土産、デカポッキーと大袋ポテチどっちがいい~?」
「だから! …… 」
私は他の人よりも背が、その、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ控えめなので、他の社員の方々からよく子供扱いされる。
それは不服だと何度も訴えるんだけど、なんだかいつの間にか私は子供キャラで定着していた。
別にみんな良い人だし、他に不満はないんだけど、唯一それだけが承服しかねることなのだ。
さらにそれを助長させているのが先輩の存在。
「おはよーございまー……いてっ!」
はい来た。
毎度のごとく入り口で頭をぶつけるデカブツ出現。
「よっ!
逢坂!おはよう!」
「八代先輩。
おはようございます!
また寝癖ついてますよ、先輩」
「おお!
悪いな!」
ぺこりと頭を下げたあと、八代啓介先輩の顔を見るために腰を仰け反らせて、背伸びしながらつま先立ちで先輩の耳の上についた寝癖を直す。
そう。
この人、無駄にデカいのだ。
たしか、190cmぐらいとか言ってたかな。
学生時代にバスケをしてたらしく、そこそこスリムなのにバカみたいにデカいのだ。
私は、えっと、その…… はあると言っている。
きっと、たぶん、いや、必ずある!
あるんだもん!
「今日も頑張ろうな、逢坂」
「……っ!
……はい」
そんな八代先輩に頭をがしがし撫でられるのが毎朝の日課。
初めは、やめろ訴えるぞセクハラだ、と文句を言ったが、今ではそれを待ってる自分がいる。
なんでこうなってしまったのか。
先輩が近くにいると嬉しい。
触れられると嬉しい。
逆に、先輩がいない時はどこで何をしてるのかなって考えちゃう。
「……ホントに、なんでこうなっちゃったんだろ……」
「ん?
逢坂、なんか言ったか?」
「な、なんでもないです!
さ!
とっとと取引先に行きますよ!」
「おお!
やる気満々だな!
行くか!」
「はいっ!」
私がこの無駄デカ先輩を意識するようになったきっかけは分かってる。
それはあの日。
ハードスケジュールの中、初めて任せてもらえた仕事に取り掛かっていた日のこと。
たしか、先輩はお姉さんの誕生日とかで早めに帰るって言ってた日。
いつもは仕事が遅い私に遅くまで付き合ってくれる先輩だけど、この日は早く帰してあげたくて朝から仕事を頑張ってたんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……ふぅ」
ダメだ、終わんない。
朝からパソコンかたかたやってんのに、ぜんぜん終わりが見えない。
「お疲れ様で~す」
「お先~」
「えっ!?」
時計を見ると定時を過ぎていた。
「はぁ……」
自分の仕事の出来なさ加減が嫌になる。
設定された期限に間に合うように進めていたはずなのに、どうしてこんなに時間がかかっちゃうんだろう。
「おーい!
進捗はどーよ……あたっ!」
「八代先輩……」
私に仕事を教えてくれている八代先輩が例によって頭をぶつけながら現れた。
「……すいません、まだ……」
私が縮こまっていると先輩は私の後ろから画面を覗き込んできた。
「ふーん。
あと4時間ぐらいってとこか。
まあ、初めてにしては上出来か。
ほれ」
「へ?」
先輩はそう言うと、私の頭に缶コーヒーをのせてきた。
そしてそのまま隣の席に腰を掛けると、自分の分のコーヒーを開けてグビッと一口飲むと、机に突っ伏した。
「ちょっと寝てるから、終わったら起こしてくれ」
「え!?
先輩、今日はお姉さんの誕生日だから早く帰るって!」
私が慌ててそう言うと、先輩は突っ伏したまま返事を返してきた。
「んー?
とはいえ大事な後輩を1人残して帰るわけにもいかないだろ。
見てるとやりづらいだろ?
寝てるからさっさとやっちまえー」
「そんな~」
先輩を早く帰してあげたくて頑張ってたのに、これじゃ本末転倒だよ。
……いや、ここは私が頑張らなきゃ!
「先輩!」
「んあ?」
先輩は本当に眠っていたのか、顔だけをこちらに向けて、寝ぼけ眼で私の方を見てきた。
「この仕事は私が先輩に任せてもらいました!
だから、最後まで1人でやり遂げてみせます!
なので、ここは私を信用して先に帰ってください!」
「……だが、終わったら上司である俺の確認とサインが必要だ」
「それなら、終わったらメールで送ります!
先輩はそれを確認してください!」
「……任せていいんだな」
「はい!」
「……わかった」
少し考えた後にそう言うと、先輩はのっそりと椅子から体を起こした。
「……じゃあ、任せたぞ、逢坂」
「……っ。
はい!」
先輩は私の頭にポンと手を置いて、いつもより優しい声でそう言った。
不思議と、今日はそれが嫌ではなかった。
「……やっ、と、終わった~」
結局、仕事が終わったのはそれから4時間後。
先輩の見通し通りだった。
「つかれた~」
私は心も体もクタクタだった。
先輩にもらったコーヒーはとっくに飲み終わり、頭がうまく働いていなかった。
「えっ、と、あとはこれを先方に送れば、生産がスタートする……と」
私は疲れた頭を何とか働かせて、出来上がったデータを発注先に送った。
いつも先輩がやってみせてくれていたので送り方なんかは分かっていた。
私は先輩に確認してもらうってことをすっかり忘れて、初めて任された仕事をやりきった充実感と疲れを胸に家路についた。
『任せたぞ』
「……ふふ」
その言葉がやけに嬉しく感じた心に名前をつけるのを躊躇いながら。
「おはようございます!」
翌朝、疲れはまだ残っていたが、それを感じさせないように元気よく挨拶をする。
今日は珍しく先輩が先に会社に来ていた。
先輩に挨拶をしようと足を進めると、部長がすごい顔で私の前に現れた。
「おい!
逢坂!
発注先からクレーム来てるぞ!
生産数が一桁違ってて、とんでもないことになってるってな!」
「……え?」
翌日、工場での生産作業を確認した取引先から発注数が違うと連絡が来た。
工場は私から送られてきた生産数で作業を開始したが、担当者が確認に行くと打ち合わせをしていた生産数よりも遥かに多い数が生産されていて、慌てて生産をストップしたとのことだった。
「……わ、私のせいだ」
私が眠気と疲れでボロボロになった頭でデータ入力なんてしたから。
それに、先輩に確認してもらわないといけなかったのに、いつも先輩がやってるように、そのまま発注先に送ってしまったからだ。
「おまえ!
先方が途中で気が付いて止めてくれたから良かったようなものの、そのままだったらいったいいくらの損失になったと思ってるんだ!
全部ウチの責任になるんだぞ!」
「す、すみませ……」
私が、私がでしゃばって、先輩に先に帰れなんて言ったから。
仕事が終わったことに安堵して、先輩に確認してもらうのを忘れたから。
私の……私のせいで……。
「だいたいおまっ……」
「申し訳ありません!」
「……先、輩?」
私がどうしたらいいか分からず青い顔で戸惑っていると、先輩が私の横に来て、深々と頭を下げた。
「この度の失態。
すべては私の監督不行き届きです。
すべての責任は私にあります。
先方には私からしっかりと謝罪しておきますし、逢坂には私から改めてきちんと指導致します。
誠に申し訳ありませんでした」
先輩はそう言って、再び深々と頭を下げた。
私も慌てて頭を下げる。
「……その通りだな。
分かった。
おまえの謝罪のあと、俺からも先方には謝罪の連絡を入れる。
先方とのやり取りが終わったら改めて俺に報告しろ」
「……承知致しました。
部長のお手を煩わせてしまい申し訳ありません。
早急に対応致します」
部長は先輩の言葉に納得したようで、自分のデスクに戻っていった。
私は怖くて、下げた頭をずっと上げられずに固まっていた。
「……逢坂。
もういいぞ。
デスクに戻ろう」
「先輩……あの」
私は先輩に謝ろうと思ったけど、先輩はスタスタと自分のデスクに戻っていってしまった。
どうしよう。
先輩怒ってるよね。
ううん、怒ってるからどうしようじゃなくて、私はこれからどうしたらいいんだろう。
どう対応するのが適切なんだろう。
「悪かった!」
「え?
せ、先輩!?」
デスクに戻るなり、先輩は私に深々と頭を下げた。
「あ、謝るのは私の方です!
私が先輩に確認してもらうのを忘れて、取引先にデータを送ったから……」
「いや、それでも、おまえから確認のメールが来なかった時点で俺が連絡するべきだったんだ。
俺も家に帰ったあと酒を飲んで寝ちまったから。
俺の管理不足だ」
「そ、そんな!
私が!
私が悪いんです!」
私がいつまでもそんなことを言ってたからか、先輩は一度ハァと息を吐いてから、再び口を開いた。
「……分かった。
今回はお互いダメだったってことで、次に繋げよう。
同じ失敗をしないようにすればいい。
まずは、2人で先方に怒られよう。
それでいいか?」
「……わかりました」
私は半分泣いたような声でそれだけを絞り出した。
もしかしたら本当に泣いてたかもしれない。
「……よし。
良い子だ」
「……子供、扱い、しないでください」
その時にはもう、先輩に頭を撫でられるのが好きになってた。
「あ、そうだ。
謝る時は、申し訳ありません、な。
すいませんはお子ちゃまの言葉ですよ~」
「……申し訳ありません」
これには少しイラッとしたけど。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
でも、そんな先輩との日々に、2年目のこの春、異変が起きた。
「おはよーございまー……イテッ」
例によって頭をぶつけながら現れる先輩。
「おはようございます!
八代先輩……え?」
今日も元気に挨拶を返しながら手を伸ばそうとしたら、先輩の頭に寝癖がなかった。
あれ?
先輩いっつも寝癖つけたまま来るのに。
それを直して上げるのが私の仕事のスタートだったのに。
ま、まあ、そんな日もあるよね。
でも、次の日も、その次の日も。
先輩はきちんと寝癖を直された頭を入り口にぶつけながら現れた。
どういうこと?
先輩が自分でやるとは思えないけど……ま、まさか。
「あ~、諸君。
この度、こちらの部署に出向になった方を紹介する。
役職としては課長職にあたるので、くれぐれも宜しく頼む。
では、自己紹介を」
何となくモヤモヤしていた日が続き、ある日、部長が新しく取引先の会社から出向してきた人を紹介した。
「はい。
この度、こちらの部署に出向になりました高畑麻里と申します。
3ヶ月間と短い間ですが、宜しくお願い致します」
そう言って下げた頭を上げたのはとても綺麗な女性だった。
スラッとしていて背が高く、長い黒髪はサラサラで、いかにも出来る女って感じだった。
「えっ?」
その女性はこちらを見るなりウインクしてきた。
いや、私じゃない。
私の隣にいる八代先輩にだ。
「……」
私は嫌な予感が胸に広がっていくのを感じていた。
そして、その日の夕方。
私がお手洗いを出てデスクに戻ろうとしていると、給湯室から声が聞こえてきた。
「おい、麻里。
俺の靴下どこにしまったんだよ」
八代先輩!?
え、ていうか、麻里って……。
「啓介のタンスに閉まっといたわよ。
いっつも出しっぱなしなんだから。
ほら、また寝癖立ってる。
毎朝直して上げてるのに、油断するとすぐ跳ねちゃうんだから」
「ん?
ああ、悪いな」
給湯室を覗くと、高畑さんが八代先輩の髪を手櫛で直していた。
それ、私の仕事だったのに……。
「……はは。
そっか。
先輩。
そうなんだぁ」
もしかしたら先輩も、なんて、バカみたいな甘いことを考えてた自分をぶん殴ってやりたい。
先輩は私の仕事の先輩で教育係。
それ以上でもそれ以下でもない。
そんなの、分かりきってた。
わかってた……。
「わかってたけど、さぁ……」
その日、私は体調が優れないからと早退させてもらうことにした。
もう夕方だったし、正直、まともな仕事が出来る気がしなかった。
「……はぁ」
私は背中を丸めて、とぼとぼと会社をあとにした。
なんだか、世界が暗い。
会社を出てすぐに桜並木が広がっていて、目の前には満開の桜が咲いているのに。
まだ夕方で、本当なら夕日色に染まる桜が綺麗なはずなのに、なんだか世界全部が灰色になったみたいだ。
「逢坂!」
「……先輩?」
突然、名前を呼ばれて振り返ると、先輩が息を切らしながら追い掛けてきていた。
「……どうしました?」
正直、今は先輩の顔を見たくなかった。
きっとあの人は、私の知らない先輩の顔をいっぱい知ってる。
そう思うと、胸が張り裂けそうだったから。
「どうしたって、おまえが心配だから追い掛けてきたんだよ。
麻里、あ、いや、高畑さんにも送ってやれって言われたからさ」
先輩が照れくさそうに頭をかいてる。
必死に誤魔化しちゃって。
「あーそうですか。
それなら私は大丈夫なので、麻里さんにお気遣いどーもって伝えておいてください。
で、早く麻里さんのとこに帰ってあげてください」
あーあ。
なんて可愛くない言い方。
きっと先輩も幻滅してるよね。
あ、そもそも幻滅するだけの信用がないか。
って、自分で言ってて悲しくなってきた。
「なっ!
おまえ、そんな言い方」
そーですねー。
せっかく心配してくれたのに、そんな言い方するやつは可愛くないですよね~。
どーせ私は麻里さんみたいに背が高くて仕事も出来ちゃうバリキャリとは違いますよ~。
あー、てか、あの日の誕生日ももしかして本当は麻里さんの誕生日でしたか?
もしかしてお楽しみ中だったから連絡できなかったとか?
それで翌日大変なことになったとか?
うわー。
ないわー。
最低だわー…………私。
やば。
泣きそう。
「……」
「……」
お互いに気まずくなって黙っていると、私の携帯が鳴った。
画面を見ると高畑さんからだった。
電話?
マジ?
すんごい度胸してるね。
「もしもーし」
私は飽きれ半分で電話に出た。
もうどうにでもなれって気分だった。
『あ、その声だとやっぱり勘違いしてるでしょー』
「はい?」
電話口から聞こえてきた声は思ったよりずっとフランクで戸惑ってしまった。
『誰かが給湯室での話を聞いてたなって思ったけど、やっぱり美桜ちゃんかー』
いきなり美桜ちゃん呼ばわり。
しかも会話を盗み聞きしてたのバレてる。
「……盗み聞きしてたのはすみま……申し訳ありません。
ですが、それが今なにか?」
虚勢を張ってないと泣き出してしまいそうだった。
先輩は電話の相手が誰か分からずに気まずそうにしている。
気のせいか、少し頬が赤いような。
高畑さんとの仲がバレそうになったから照れくさいんだろうか。
『ふふふ、どうせ、私が啓介の彼女で、同棲してるとか思ったんでしょー』
この人は、いけしゃあしゃあと!
「……別に誰にも言いませんから。
ご心配なく」
『ふふふ、不機嫌になっちゃってー。
かわいー!』
……なにこの女。
ケンカ売ってんの?
いいよ、買うよ?
今なら何にだって勝てる気がするよ?
『そんなにうちの弟のことが好きかー。
お姉ちゃん嬉しいなー』
……?
「……は?」
『あ、実はねー。
こっちの会社に出向になって、啓介のとこから通った方が早いからってことで、出向中は啓介んとこでお世話になってるんだー』
「え?
え?
で、でも、名字違うし……」
『そりゃ、私は既婚者だからね。
こう見えて娘だっているんだよー。
今は単身赴任的な?
旦那はリモートワークで娘の面倒見れるからさー』
え?
え?
え、と?
すみません。
理解が追い付きません。
『それでさー。
給湯室での一件から美桜ちゃんの様子が変だったから、なんか勘違いしちゃったのかな~って。
でも、勘違いするってことは啓介のことを少なからず想ってくれてるってことじゃーん?
そんなら、啓介をぶっ込んでみよーって思って、美桜ちゃんの後を追わせたわけ』
え~と?
『あ、そーそー。
啓介、よく家で美桜ちゃんの話するのよ~。
いつも一生懸命で真面目でちっちゃいのに精一杯頑張ってる可愛い後輩がいるって』
え?
か、可愛い、とは?
『でさー。
それもう好きなんじゃない?って言ったらさー。
悪いか?
だって!
もー!おねーさん年甲斐もなくはしゃいじゃったわよ!』
……おねーさん?
それは私には言ってはいけないのでは?
『あ、でさー。
啓介を送り出す時に、ついでに自分の想いをぶつけて誤解を解いてこい!って送り出したから、そいつ今めちゃくちゃ緊張してると思うよ~』
先輩の方をチラリと見ると、さっきよりも頬が赤くなっている気がした。
え?
それって、走ってきたからなんじゃないの?
って、思いたい自分もいる。
ていうか、お姉さんホントに喋りすぎでは?
『ま、そんなわけだから、くれぐれも宜しくね!
私、妹欲しかったのよー。
美桜ちゃんみたいな可愛い子なら大歓迎だから!
あ、啓介はもうそのまま帰っちゃって大丈夫だから、あとはお若い方たちだけで~』
「あ!
ちょっ!」
高畑さん、改め麻里さん、改め先輩のお姉さんは言いたいことだけ言うと、さっさと電話を切ってしまった。
「……」
「……」
え、と、私もう、表情筋がおかしくなりそうなんですが。
え?
これって、これから先輩が私に……え?
「あの、さ。
逢坂。
麻里はその、俺の姉でさ。
だから、別にぜんぜん、おまえが誤解するようなことはなくて……」
はい、知ってます。
「だから安心してほしくて……いや、そうじゃなくて」
先輩が頭をかきながら顔をますます真っ赤にしてる。
そんなことしたらまた髪の毛がハネちゃいますよ。
いつか、その髪の毛を直す権利を私だけのモノにしてもいいですか?
なんて。
色を失った世界に色彩が灯る。
夕焼けに染められたソメイヨシノが私の頬のようにピンク色に紅潮している。
「え、と、だから、その!」
その言葉への返事なんて、決まってる。
(楠木結衣様作)