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黒髪と煙管

 平民のマヴラを引き合いに出され、煽るだけ煽られたストゥラほか二名の貴族たちは平静を失っていた。しかも実戦経験の乏しい第一師団の彼らは、ただ闇雲に突っ込んでいっただけだった。

 ゾイはストゥラ中佐たちの剣が届く前に、彼らの頭上をあっさり飛び越え、音もなくマヴラの隣に降り立った。


 ふんと鼻を鳴らしたゾイは、黒い尾でマヴラの背中をペシリと(はた)いた。


「アーシアの手紙は役に立たなかったようだな」


 彼の言う手紙とは、ピアスのついた干物(みみ)が同封されていた、“阿呆の役立たずは(むし)るぞ”という例の『警告文』のことだ。


「………何を毟るのか知らないが、勘弁してもらえないか?」


「それは出来ない相談だな」


 ゾイはにやりと笑った。


「奴らはお前と違って、結界も感じ取れない役立たずの阿呆だ。しかも俺に()()()()()()()()。そういう愚か者は(すべから)く森の糧になる。それが魔の森の定めだ」


 ()()()

 耳や鼻ではなく、ゾイが毟り取ろうとしているのは()だ。


「そこをなんとか頼むよ」


 マヴラは商人顔負けの腰の低さでゾイに懇願した。

 それはストゥラたちの身を案じたからではなく、単に自己保身のためだった。


 ストゥラたちが森の糧(けもののエサ)になった場合、共に行動していたマヴラが責任を追求されることは間違いない。また怒りの矛先が向けられることも容易に想像できる。

 いくら弁明したところで、マヴラに必要以上の敵外心を向けている士官たちが納得するとは思えない。下手をすれば、勝ち目のない裁判にかけられるかもしれないのだ。


(冗談じゃない)


 自己保身のためとはいえ、マヴラがストゥラたちの身の安全を確保しようとしているのは違いない。

 だが黒い獣(ゾイ)と話すという、その行為自体が彼らの癇に障ったらしい。


「きさま! 何をこそこそ話している!」


 三人の中で最年少のミハニコが怒鳴った。

 ゾイに初撃をあっさり躱されたことで、さらにプライドを傷つけられたミハニコとモリーヴィは怒り心頭だ。

 そんな二人にストゥラが静かに話しかけた。


「構わんではないか。マヴラ分隊長殿()はそこの穢らわしい獣と仲間なのだろう。裏切り者は我々で処分すればいい。何も問題はないだろう? ここには()()()()()()()()()()()()()()()


「──だそうだぞ黒髪(マヴラマリア)


「うわあそうくるか」


 ストゥラはこの機を逃さず、“第三師団長イリオスタのお気に入り”で、何かと目障りなマヴラを始末してしまおうと提案しているのだ。


 私怨による私刑は重大な軍規違反だが、ストゥラは三人で口裏を合わせれば証拠隠滅も容易いと、ミハニコとモリーヴィを唆した。二人の少佐は即座に中佐に同調する。

 高貴な貴族を自称する三人が、下卑た笑みを浮かべマヴラに剣を向けた。


「マジかよ」


 愉快なことになったと笑っているゾイの隣でマヴラは溜息を吐いた。


「ゾイ。俺、剣はそれ程強くないんだ」


「そうなのか?」


 マヴラの剣技は軍の中では中程度だ。年に一度開催される剣術大会においても、殆ど予選落ちで本選まで勝ち進んだためしがない。士官三人と正面から剣で打ち合えば無事では済まない。

 だがルールで雁字搦めのお上品な『試合』とは違い、生き残るためなら得物も手段を選ばない『純粋な戦い(殺 し あ い)』 (金的目潰し騙し討ちなんでもあり)なら話は別だ。今回図らずも共闘するかたちになったゾイは、これまでにない強力なマヴラの助っ人 (武器)だ。


「ということで頼むよゾイ」


「なんだ結局『毟る』ことになるんじゃないか」


「いやそこは程々にお願いします」


「他力本願の癖に注文が多いぞ黒髪(マヴラマリア)


 ゾイはそういうと面倒臭そうに軽く前足を振った。

 緩慢な動作に見えたその一振りは風を巻き起こし、その風が鋭い刃と化し前方の三人に襲いかかった。

 年若いミハニコは、その反射神経を生かし間一髪避けたが、直撃を受けたストゥラとモリーヴィは胸から腹から鮮血を吹き出し、あっという間に戦闘不能になった。


「一人外した。あれはお前がやれ」


 ゾイはすっかりやる気を無くした様子でその場に座り込んでしまった。

 マヴラは、血を流し呻いている仲間を見てガタガタ震えているミハニコに近づくと、剣の代わりに拳を振るいその意識を刈り取った。


「なんだそれだけか?」


「完全に戦意喪失してる相手を斬りつけるなんて無理。俺は卑怯者だがそこまで人でなしじゃないぞ」


 こうして強力な武器(ゾイ)のおかげで、対決はあっという間に終了した。






「──兵士というのは阿呆だな。軍とは阿呆の集まりなのか?」


「返す言葉もないです」


 魔の森の奥深くに突然現れる、赤い三角屋根の家。

 その家の前、魔の森の主・魔の者アーシアの目の前には、()()()()()()マヴラとゾイが立っていた。その足元にはボロ雑巾が三つ、転がっている。


「俺は風呂に入る」


 不機嫌なゾイがのそのそと家の中に入って行く。それを見送ったアーシアが顔を顰めてマヴラに問うた。


「で、それは何だ」


 彼女は右手に持った煙管でマヴラの足元のボロ雑巾を指す。それは第一師団士官の成れの果てだった。


「ええと、右からミハニコ少佐モリーヴィ少佐ストゥラ中佐です」


 マヴラはその場に放置しておけと言うゾイをなんとか説得し、渋る彼の背中に血塗れの男たちを乗せ、アーシアの家までやって来たのだ。マヴラとゾイが血塗れで、ゾイが不機嫌なのはそのせいだ。


「そんなものの名前なんぞどうでもいい。どうして連れてきたかと聞いている」


「まだ息があるので貴女なら助けられるんじゃないかと思って。ゾイもそう言ってたし」


「ゾイの奴余計なことを……。いいから今直ぐ棄ててこい」


「そこをなんとかお願いします。彼らが死ぬと私の命が危ないので。それで治療後改めて連絡係の選定をお願いします。できればこの三人の中から選んでもらえると助かります。下士官の私では役不足だと周囲が不満たらたらで、色々絡まれて対応が面倒くさいので」


「……お前、なかなかいい性格をしているな」


「よく言われます」


 マヴラは必ずしもストゥラたちを救いたいわけではない。救いたいのはあくまでも自分の命だ。その事はアーシアにも十分伝わっていた。


 飄々と悪びれもせず自分の望みを告げるマヴラにアーシアは相好を崩した。


「ふふふ。気に入ったぞマヴラ分隊長。やはり私の犬に相応しいのはお前だ」


「は?」


「確かに私の犬が阿呆どもに煩わされるのは面白くない。よし今回は手を貸してやろう。だが生憎私は聖人ではないからな、それなりの対価は貰うぞ」


「私に払えるなら構いませんが。因みに給料はさほど高くないです下士官ですから」


「心配するな。こいつらを治すのだ、対価はこいつらに払ってもらう」


 アーシアはにやりと笑い煙管を咥えた。

 彼女は吸口からすうと吸った煙を、ふううとストゥラたちに吹きかけた。よく見ると煙にはキラキラとした細かい粒子が混ざっている。

 次いでアーシアは煙管の雁首 (タバコをつめる場所)で、彼らの額をコツンコツンと順番に叩いていった。

 雁首で叩かれた彼らの身体は淡い光に包まれ、その光が消えると傷は癒えた、が。


 光が消えた後の彼らの額には『私は阿呆です』とデカデカと刻まれていた。


「………」


「どうだいいだろう? まさに“名は体を表す”だ」


「はあ、そうですね」


 マヴラがおざなりに返答してもアーシアはご機嫌だ。

 今の彼女は優艶さの中に少女のような可憐さが混ざり合って、とても尊大で恐ろしい魔の者には見えない。

 マヴラがその美しさを純粋に堪能していると、アーシアから次の爆弾が投下された。


「ついでに()()()()()ように頭の中も弄っておいた。あとはどこに放り出すかだが、北か? 南か? それとも東か?」


「……北は今ちょっときな臭いので拙いです。どこでもいいなら駐屯地近くがいいですね、回収するのに手間がかからないので」


「本当にいい性格をしているな。いいぞお前の望み通りにしてやろう。その代わり私が呼んだら直ぐにここへ来い。呼ぶときには使いを出す。いいな?」


「私は貴女の犬ですからね言う通りにしますよ。何なら首輪でも着けますか?」


「勘違いするなマヴラ。犬だからといって完全な隷属を望んでいるわけではない」


 マヴラの軽口にアーシアが笑顔を引っ込めた。


「私は()()()()()()()()()()気に入ったと言っているのだ。だからその胡散臭い敬語は止せマヴラ。ゾイと同じで私のこともアーシアで構わん」


「……分かった。言葉遣いについては俺もその方が助かる。けど愛称で呼んでいいのか?」


「“アサナシア(不死)”と言う呼び名は嫌いなのでな、アーシアでいい」


「じゃあアーシア、そろそろ足元の奴らが目を覚ましそうなんだが」


「分かった。駐屯地だな」


 アーシアが軽く手を振ると、ストゥラたちの姿がその場から消えた──身に付けていた軍服や剣などの装備品や、私物と思われる所持品を残して。


「……中身だけ飛ばしたのか?」


「治療の対価をもらうと話したではないか。寧ろこれでは足りないくらいだぞ。服など血だらけで使い物にならんではないか」


 アーシアが残された私物を検分しながら、至極当然のことのように言った。下着は対価の対象外だったようで、そのことだけはストゥラたちにとって幸いだった。


「服といえばマヴラ、お前も凄い格好だしかなり臭うぞ。もうゾイも出た頃だろうから風呂場を貸してやろう。()()()()()()()()()()からそれを着るといい」


「ありがたい助か………ん?」








 ──王国にあって王国に非ず。

 そんな魔の森と王国の連絡係となった、王国軍第三師団所属のマヴラ分隊長。


 だが王直筆の手紙を運ぶという、連絡係本来の任務を遂行しないうちから既に波乱の展開だ。

 マヴラがアーシアの家の中で目撃したものに驚愕するのはまもなくで、ストゥラたちに施こされた「全て忘れる」というのが()()()()()()か、彼が知るのはもう少し先の話である。

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