1.目指すものは縁切り
今日は朝から気分がいい。
いいことがありそうだとエレイン・フィーザーは上機嫌だった。
まずいつもより目覚めがスッキリしていた。宿舎の朝食で給仕のおばさんが好きなおかずを一品増やしてくれた。乾くか心配だった制服が乾いていた。
外は快晴で気候も良く日差しが心地よい。新芽の芽吹くこの時季はエレインが一番好きな季節だ。
すっきりと乾いた騎士団の制服を着て、騎士団の宿舎から訓練場までの道を颯爽と歩く。
女性にしては高い背と伸びた背筋がエレインの着る騎士服によく似合っていた。高めの位置でひとつに結んだ栗色の髪が、歩く速さに合わせて左右に揺れている。
しかし、その気分の高まりは耳に入ってきた同僚達の話題で一気に急降下した。
「最年少の王宮魔法士、また階級が上がったらしいな」
それが誰を指すのかは明白だった。
最年少の魔法士ロイはエレインの弟分だ。血の繋がりはないが姉弟として過ごしてきた。
エレインはふうと大きなため息をつくと、ささくれ立つ気持ちを抑えながら歩き出した。さっきまでの楽しい気持ちは、すっかりどこかへ消えてしまった。
そこへなんとなく今は会いたくなかった相手が、側近と共に顔を出した。人懐こそうな顔をした赤毛の青年は、エレインを見ると玩具を見つけた子供のようにその目を輝かせた。
「お前の弟分、凄いじゃないか」
それはエレインの敬愛する恩人で、主人で、玩具扱いされている第二王子カーティスだった。決して嫌っているわけではないが、この話題の時のこの人は好きではない。エレインは常々そう思っていた。
「弟なんかじゃありません。人買いにあった時期が同じなだけです」
最年少の王宮魔法士はただの他人だ。エレインには関係のない相手だと自分に言い聞かせる。
「何拗ねてんだよ」
「拗ねてません」
「いじけてるのか」
「いじけてません」
「僻んでるのか」
「僻んで……」
カーティスがにやにやとエレインを見ている。エレインは大きくため息を吐くと、両手で頭をガリガリと掻きだした。
「そうですよ!拗ねて、いじけて、僻んでます!何をしても自分よりも優れている弟分にどうしようもない劣等感を抱いてます!だからあれは私が一番関わりたくない相手なんです!」
息継ぎする事もなく一息で言い切ると、酸欠寸前の赤い顔で大きく息を吸った。
「そんなに嫌いなのか?」
「関わりたくない相手です」
「その割には懐かれてるみたいだけど」
「どんだけ突き放しても通じないんです。もうお互い大人なんだから自立しろと何度も言ってるんですけどね。いつまで弟気分なんだか」
あれは姉に向ける感情ではないだろうとカーティスは思うが、エレインが更に怒り出しそうなのでそれは言わずにおく。
カーティスがエレインの近くにいるだけで、射るような視線を向けてくる。王族相手に恐いもの知らずだなと思うが、他には悟られないようにしているのがなんとも抜け目がない。
子供のやることなので大目に見ているが、せいぜい他にばれないようにしてくれよと思っている。
◇
エレインは九つの時に、口減らしのために家族に売られた。エレインには弟妹もいたのに、それでも売られたのはエレインだった。
子供を売るほどの貧しい家庭ではないように思えたが、家族のために行って欲しいと母親に言われた。懇願するでもなく涙を流すでもなく、ただ淡々と言われた。
残されたのが弟であったなら、男児が欲しかったのだと諦めがついた。だが幼いながらも働き手になるエレインよりも、手伝いすらままならない幼い妹が残された。
役立たずでいらない娘。器量の悪い娘だと言われ続けた。
もっと美しければ、もっと賢ければ、もっと優れていれば。捨てられはしなかったのだろうか。
人買いに連れられて行くエレインを家族の誰も見送ることはなかった。手に入った多少の金を手にすると、エレインの手を人買いに渡してそのまま背を向けた。
エレインは振り向きもしない家族に小さく手を振ったが、その手は家族の誰の目にもとまることはなかった。
どうして家族に愛されないのか。少し声をかけてくれるだけでいい。少し手を触れてくれるだけでいい。しかし、エレインの望みは決して叶うことはなかった。
エレインの乗った馬車の荷台には、他にも同じ年頃の子供が乗っていた。狭い馬車の荷台で、誰も口を開かず下を向いて座っている。誰も彼も家族に売られたか、知らぬ間に攫われた子供達だ。
エレインも馬車の硬い板の上に立てた膝を両腕で抱えて座っていた。家族に捨てられたのは自分だけじゃないと思うだけで、少しだけ救われる思いがした。
売られゆく馬車の途中で隣に座っていた四つ下の少年。ボサボサの錆色の髪を無造作に伸ばした少年は馬車の揺れでバランスを崩すと、エレインにぶつかってそのまま床に倒れた。わざとではないことは分かっていたので、そっと抱き起こすと同じ場所に座らせた。
少年の顔は長い髪で覆われて表情を窺うことはできないが、じっとエレインを見ているようだった。エレインの弟と同じ年頃の少年。エレインの弟は家に残されたのに、この少年は売られたのだ。
街へ向かう山道は前日の雨のせいで山道がぬかるんでいた。何度も車輪がはまって、その度に子供達も荷台から降りて馬車を押すことを手伝わされた。
車輪がぬかるみにはまった衝撃で馬が足をもつれさせると、制御不能になった馬車はそのまま崖から飛び出した。急傾斜に何度もぶつかって崩れながら谷底に落ちる馬車。
早い段階で荷台から放り出されたエレインと少年は辛うじて助かることができたが、御者や他の子供達は谷底へと消えていった。
見下ろした先にある街を目指してエレインは少年と山道を下った。どちらも口を開かず、名乗ることすらせず、ただ黙々と街を目指して歩き続けた。
年下の少年を守ることで自分は役立たずではない、誰かを守ることで強くなったと自分を保った。
人の役に立てるのだと周りに見られたかった。
捨てられた無価値な子供だと思われたくなかった。
しかし、拾った美しい少年は天賦の才の持ち主で、エレインよりも遙かに優秀だった。
高い魔法の能力を持つ少年は王宮で魔法の腕を上げて、成人前に最年少での王宮魔法士となった。
王宮魔法士は完全なる実力主義。
いかに高位貴族であろうとも、魔力を持たない者は魔法士団に入団することすらできない。仮に入団することができたとしても、実力がなければ魔法士見習いのまま。
命からがら人買いから逃げ果せたエレインと少年。
エレインは成人して四年も経つのに、下位の騎士のままだ。それに対して少年は身を立て名を上げ、いつしか貴族からも敬意を払われる存在となった。
エレインは特に出世欲が強いわけではないが、目標はある。
目指すものが違う。同じ条件下にいるわけではないと自分に言い聞かせるが、どうやっても劣等感は消えない。
能力がないからと家族に捨てられたことが、エレインの心から消えることはない。同じ時に売られた少年がその才能を開花させ続ける限り、エレインの心の底に澱が溜まり続けていく。
だから、綺麗さっぱりと縁を切ってしまいたいのだ。




