一、羯族の㔨
中華史上初めて、奴隷の身分から
皇帝にまで登りつめた男の成り上がり伝説。
幾度となく死に瀕しても
生命力と豪運でその悉くを生き延び
加えて、恐ろしき権謀術数と
類稀な実行力とを兼ね備え、
負けた相手にはほぼ必ず
雪辱戦で勝利する不屈の昇竜、
後趙の明皇帝、石勒載記です。
五胡十六国時代の
創作をするとしたら、この石勒が
まず間違いなく主人公候補に挙がります。
1.
石勒字世龍,初名㔨,上黨武鄉羯人也。其先匈奴別部羌渠之胄。祖耶奕于,父周曷朱,一名乞冀加,並為部落小率。勒生時赤光滿室,白氣自天屬于中庭,見者咸異之。年十四,隨邑人行販洛陽,倚嘯上東門,王衍見而異之,顧謂左右曰:「向者胡雛,吾觀其聲視有奇志,恐將為天下之患。」馳遣收之,會勒已去。長而壯健有膽力,雄武好騎射。曷朱性凶粗,不為羣胡所附,每使勒代己督攝,部胡愛信之。所居武鄉北原山下草木皆有鐵騎之象,家園中生人參,花葉甚茂,悉成人狀。父老及相者皆曰:「此胡狀貌奇異,志度非常,其終不可量也。」勸邑人厚遇之。時多嗤笑,唯鄔人郭敬、陽曲甯驅以為信然,並加資贍。勒亦感其恩,為之力耕。每聞鞞鐸之音,歸以告其母,母曰:「作勞耳鳴,非不祥也。」
(訳)
石勒は字を世龍といい、
当初は㔨を名乗っていた。
上党郡武郷県の羯人(異民族)である。
その祖先は匈奴の別部だった
羌渠の胄裔(後衛)とされる。
祖父の耶奕于と、
父の周曷朱・※一名を乞冀加──は
いずれも部落の小隊長となっていた。
(※一名を乞い願いて加えられた?)
石勒が生まれた時、
部屋に赤い光が満ちて
白い気が天から中庭へ降り、
見ていた者は皆
これは異な事だと考えた。
十四歳で、同郷の者に随って
洛陽まで行商に向かった際に
石勒が東門に寄りかかって嘯いていると
(通りかかった)王衍が
石勒を特異なものだと見て、
振り返って左右の者に言った。
「向こうに胡族の雛(少年)がおろう、
吾には、あの子の声や容貌から
立派な志を有する事が観て取れた。
(あの子が成長すれば)
恐らく、天下に患を為すであろうな」
使いを馳せ行かせて
彼を捕えようとさせたが、
石勒はすでに去ったあとだった。
成長すると壮健となって胆力を有し、
勇武にして騎射を好くした。
(石勒の父の)曷朱は
性格が凶暴かつ粗略であったため、
胡族らは彼に懐いておらず、
いつも石勒を代理に立てて
自分たちを督率させており、
部胡は彼を信愛していた。
居住していた武郷県の北原山の下では
草木が皆、鉄騎のような象となり、
石勒の家の菜園には
(ひとりでに)人参が生えてきて
花葉が甚だ繁茂し、その悉くが
人の形状を成していた。
父老及び、人相見はみな
「この胡族(石勒)の
容貌の有り様は奇異で、
尋常でない志と度量がある。
最終的にどうなるのか
想像もつかないほどだ」
と言い、邑の人々に
石勒を厚遇するように勧めた。
当時は多くの人が嘲り笑ったが、
ただ、鄔の人の郭敬と陽曲の甯驅だけは
「その通りだ」と信じて、
揃って石勒に援助を加えた。
石勒もまたその恩に感じ入り、
彼らのために農耕に励んだ。
いつも石勒の耳には
鞞鐸(軍楽器?)の音が聞こえており
帰って母親にその事を報告すると
母は言った。
「疲労から来る耳鳴りで、
別に不祥(不吉のサイン)という
訳ではないでしょうよ」
(註釈)
石勒ははじめ、㔨という名前でした。
(魏書だと㔨勒になってます)
「石勒 世龍」は挙兵したときに、
恩人によってつけて貰った名前です。
祖先とされる羌渠は
於夫羅の父親……つまり
於夫羅の孫である劉淵と、石勒は
遠い親戚に当たるという事になりますが、
ほんまかいな。
羯族という名前は
彼らの住んでいた地名からだそうです。
匈奴、羌族、氐族、烏丸、鮮卑らは
昔から暴れていましたが
羯族はほぼ石氏単体。
帝王伝説の冒頭には、
高確率で若い頃の怪奇譚やら
人相見の話やら変な瑞兆が出てきます。
石勒の場合は、周りの草木が
人間の形になってたとか、
部屋が赤い光に満ちたとか、
いつも太鼓の音が聞こえているとか。




