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淡々晋書  作者: ンバ
第一、宣帝紀
69/313

七十一、司馬懿評

71.

制曰:夫天地之大,黎元為本;邦國之貴,元首為先。治亂無常,興亡有運。是故五帝之上,居萬乘以為憂;三王已來,處其憂而為樂。競智力,爭利害,大小相吞,強弱相襲。逮乎魏室,三方鼎峙,干戈不息,氛霧交飛。宣皇以天挺之姿,應期佐命,文以纘治,武以棱威。用人如在己,求賢若不及;情深阻而莫測,性寬綽而能容。和光同塵,與時舒卷,戢鱗潛翼,思屬風雲。飾忠于已詐之心,延安于將危之命。觀其雄略內斷,英猷外決,殄公孫於百日,擒孟達於盈旬,自以兵動若神,謀無再計矣。既而擁眾西舉,與諸葛相持。抑其甲兵,本無鬭志,遺其巾幗,方發憤心。杖節當門,雄圖頓屈,請戰千里,詐欲示威。且秦蜀之人,勇懦非敵,夷險之路,勞逸不同,以此爭功,其利可見。而返閉軍固壘,莫敢爭鋒,生怯實而未前,死疑虛而猶遁,良將之道,失在斯乎!文帝之世,輔翼權重,許昌同蕭何之委,崇華甚霍光之寄。當謂竭誠盡節,伊傅可齊。及明帝將終,棟樑是屬,受遺二主,佐命三朝,既承忍死之託,曾無殉生之報。天子在外,內起甲兵,陵土未乾,遽相誅戮,貞臣之體,寧若此乎!盡善之方,以斯為惑。夫征討之策,豈東智而西愚?輔佐之心,何前忠而後亂?故晉明掩面,恥欺偽以成功;石勒肆言,笑姦回以定業。古人有云,「積善三年,知之者少;為惡一日,聞于天下」,可不謂然乎!雖自隱過當年,而終見嗤後代。亦猶竊鍾掩耳,以眾人為不聞;銳意盜金,謂市中為莫覩。故知貪于近者則遺遠,溺于利者則傷名;若不損己以益人,則當禍人而福己。順理而舉易為力,背時而動難為功。況以未成之晉基,逼有餘之魏祚?雖復道格區宇,德被蒼生,而天未啟時,寶位猶阻,非可以智競,不可以力爭,雖則慶流後昆,而身終於北面矣。


(訳)

制にいう、

そもそも天地の大きさは

黎元れいげん(人民)を根本とし、

国家の貴さとは、元首を先鞭と為す。


治乱には常無く、

興亡には命運というものがある。


こうした事から、五帝の上は

万乗に居する事を憂いとし、

三皇が光来した後は、そうした

憂いに拠りつつも、楽しみとした。


智力を競い、利害を争い、

大小は併呑し合い、強弱は襲なり合った。


魏王室の時代に及ぶと、

三方に(魏呉蜀が)鼎立・対峙して

干戈かんか(戦争)は休まることがなく、

霧気が飛び交っていた。


宣皇帝(司馬懿)は天与の姿質を持たれ

期に応じて天子を補佐し、

文を以て受け継ぎ治め

武を以て威風を為した。


自身がそこに在るのように人を用い、

及ばぬかのように賢者を求め、

感情を表には出さず、気取られず、

性格は寛大にして度量が大きく

人を受け入れることが出来た。


※光を和らげて塵と同化し

(※和光同塵わこうどうじん=才ある者が雌伏する)

時節に応じて臨機応変に処し、

龍が鱗を収め、翼を潜めるように

(※ 戢鱗潛翼しゅうりんせんよく=志ある者が機を窺う)

風雲の志を胸に抱いていた。


忠義を装ってその心を詐り、

国家を安定させんと

危険を犯して命を奉じた。


その雄略にて内部を断じ

良謀にて外部を決すを観るに、

公孫淵こうそんえんを百日で殄滅てんめつ

孟達もうたつを十日足らずで擒とし、

自ら神の如くに兵を操り、

謀計を練り直すという事が無かった。


やがて、西の軍勢を挙げて

諸葛亮と睨み合うことになった。

武装兵を制御してはいたものの

本来は闘う意思など持っておらず、

諸葛亮から巾幗きんかくが送られてくると

まさに憤懣の心を露わにした。


節を振るって門を塞ぎ

雄略をひた隠しにし、

千里を越えて戦う事を請い、

詐って武威を示そうとした。


一方で、秦蜀の人間は

強者も弱者も宣帝に敵わず、

険阻な道を越えて(蜀軍と)

労逸を同一にせぬことで功を争い、

勝利を得られると考えたからこそ、

反対に軍を押し留めてとりでを固め、

敢えてほこさきを争おうとはしなかったのだ。


諸葛亮が生きているのが

事実である事に怯えて進む事ができず、

諸葛亮が死んでいるのが

虚構である事を疑ってなお遁走してしまい、

良将の道は、かくて失われた。


文帝(曹丕)の御代

天子を輔翼して権威は重きを為し、

許昌にて蕭何しょうかと同様の任を委ねられ、

尊崇と栄華の甚だしきは

霍光かくこうのごとくに格別であり、

忠誠と節義を尽くして

(主君へ)物申す様子は

伊尹いいん傅説ふえつにも並び得た。


明帝(曹叡)の臨終に及んで

棟梁(国家の柱石)を嘱託され、

二主から遺命を受け

三朝の天子を補佐し、

死を忍んで委託を承りながら

ついぞ殉ずる事はなく

生き長らえる事で報いた。


天子が外に在るとき

内にて武装した兵を起こし、

陵土のいまだ乾かぬうちに

(曹叡の崩御から間も無く)

急遽にして誅戮を行ったが

貞節なる家臣の体が

なにゆえこのようになったのか!

善良を尽くして方々へ之きて

斯くの如くに惑乱するとは。


そもそも、征討の策はどうして

東(公孫淵)に対しては賢明で

西(諸葛亮)に対しては愚昧であったのか?


(司馬懿の)補佐の心は、どうして

以前は忠良だったものが

後になって乱れたのか?


故に、晋の明帝は顔を隠して

(祖先が)偽りによって

功を成した事を恥じたのである。


石勒せきろくが好き勝手な事を述べた際には、

(曹操と司馬懿が)姦智かんちを巡らせて

事業を定めた事を笑っていた。


古代の人の言葉にも有る。


「善道を三年積んでも

それを知る者は少ないが、

悪事を一日でも為せば

天下に知れ渡ってしまう」


(司馬懿が)

自らを隠して時を過ごそうとしても

終いには後代に嗤われる事になった。


一方でなお※鐘を盗んで耳を掩い

(悪事を隠そうとしても

周りの人間に知れ渡る例え)

衆人に(悪評が)知れ渡らぬようにし、

金を盗む意思の鋭きことを

市中で観ている者がいないと

謂うようなものである。


近くの利を貪る者は則ち遠くの利を失し

利益に耽溺する者は則ち名声を損なう。

もし自身を損なわずに人を利用したなら

則ち、人に害を為さんとして

自らの福とする事になる。


道理にしたがっている時は

衆を挙って容易く力にできても、

道理に背いた時には

衆を動かし功を立てる事は難しい。


況してや、いまだ

晋の基盤が成らざるうちに

残された魏の国祚に逼迫してよいものか。


道理が境土に至り

蒼生(人々)が徳を被っていたと雖も

天命のいまだ啓かれざるうちは

宝位とはなお険しきものであり

智を競う事も力を争う事もできず、

子孫は慶流に則りはしたものの

その身は結局北面する事になった。

(司馬懿本人は皇帝に即かずに終わった)


(註釈)

間違いなくどこか誤訳しました。




和光同塵わこうどうじん

戢鱗潛翼しゅうりんせんよく

掩耳盗鐘えんじとうしょう


と、知らない四字熟語がいっぱい。



司馬懿は、曹叡時代までは忠義者でしたが、

やはり晩年でミソがつきました。


諸葛亮戦は、一応勝ってるのに

散々な言われようです。




陳寿だったら、司馬懿のことを

どういう風に書いたでしょう。

晋に仕えてるから、ぜったい

批判する内容は書けないでしょうが。




陳寿っぽいテイストで

ワシも司馬懿評を書いてみました。


評にいう、

司馬宣王は度量が大きく、

期に応じて変化の理に通じ、

二帝(曹丕・曹叡)の輔翼の任を受けると

手足の如くに兵を用い、

巴蜀・遼東を併呑して

煌びやかな教化を行き渡らせた。


公孫淵を一年で平らげ

孟達を十日を数えず擒とした事は

宣王の臨機応変の謀計と

神の如き用兵術とが

最も良く発揮された例といえよう。


伊尹いいん霍光かくこうに比する名声と

呉漢ごかん耿弇こうえんに匹ぶ武功を立て、

抑損と塾考を重ね慎重に身を処す様は

范蠡はんれい王翦おうせんの風があった。


君の不幸に相次いで遭遇し

顧命によって幼君の補佐を託されると

曹爽は驕り高ぶり、権威を縦にして

魏朝の綱紀を断ち切った。

慷慨した宣王は廃絶に動き

彼もろとも一族郎党を誅戮し、

禍害は楚王・王淩にまで及んだ。


それが眷属の後難を失くすための

方策ではあったとしても

魏朝の国祚を長続きさせるための

万全の徽猷であったと

どうして言い切れようか。

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