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六十八、司馬懿、死す
68.
六月,帝寢疾,夢賈逵、王淩為祟,甚惡之。秋八月戊寅,崩於京師,時年七十三。天子素服臨弔,喪葬威儀依漢霍光故事,追贈相國、郡公。弟孚表陳先志,辭郡公及轀輬車。
(訳)
六月、宣帝は病に伏した。
夢に賈逵と王淩が現れて祟りを為し
宣帝は甚だこれを嫌悪した。
秋八月戊寅、都において崩御し、
時に七十三歳であった。
天子は素服(喪服)で弔いに臨み、
葬儀の威儀は漢の霍光の故事に倣い
相国・郡公の位を追贈した。
弟の司馬孚は
先人(司馬懿)の遺志であると
表立って述べ、郡公の位および
轀輬車(霍光と同様の格式)を辞退した。
(註釈)
賈逵と王淩が
夢に出てくるということは、やはり
司馬懿も皇族や旧臣を殺戮したことに
後ろめたさがあったのでしょうか。
曹丕もしくは曹叡が
長生きしてくれさえいれば
司馬懿も一人の忠臣として
終われたのかもしれません。




