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淡々晋書  作者: ンバ
第一、宣帝紀
61/313

六十一・六十二、九錫を固辞

61.

二月,天子以帝為丞相,增封潁川之繁昌、鄢陵、新汲、父城,并前八縣,邑二萬戶,奏事不名。固讓丞相。


(訳)

二月、天子は宣帝を丞相に任じ

潁川の繁昌はんしょう鄢陵えんりょう新汲しんきゅう父城ふじょうを加封し、

以前の八県と併せて食邑は二万戸となり

上奏する際には名指しされなくなった。


宣帝は丞相への就任を固辞した。


(註釈)

父城!

馮異ふういの出身地が

司馬懿の領地になりました。


諸葛亮と同じ、丞相に就くことを

打診された司馬懿でしたが

断固拒否したようです。


ここで増長するようなら

曹爽の二の舞だもんね。


62.

冬十二月,加九錫之禮,朝會不拜。固讓九錫。


(訳)

冬十二月、九錫の礼を加えられ

朝会の際の拝礼を除かれた。


宣帝は九錫の件も固辞した。



(註釈)

九錫きゅうしゃくは、

皇帝が臣下に賜る最高の恩賞です。



一、車馬

二、衣服

三、虎賁(親衛隊)

四、楽器

五、納陛(階を自由にのぼってよい)

六、朱戸(赤く塗られた門)

七、弓矢

八、鈇鉞ふえつ(裁断権)

九、秬鬯きょちょう(お酒)


を賜り、事実上

皇帝に次ぐレベルの権限を

手中にする事になります。



前漢を滅ぼした王莽おうもうの故事に

倣ったものとされています。


曹操も213年に

後漢の献帝から九錫を賜りました。


司馬懿は固辞しましたが、

九錫を受けるレベルの臣下がいると

いうことは、王朝が移り変わる

秒読み段階という事でもあります。



後趙の石勒せきろく、宋の劉裕りゅうゆう

隋の楊堅ようけん、唐の李淵りえんなど

名だたる建国者もこの例に漏れません。

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