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淡々晋書  作者: ンバ
第六十一、苟晞伝
239/313

十一・十二、さらば司馬越/洛陽陥落

11.

初,越疑晞與帝有謀,使游騎于成阜間,獲晞使,果得詔令及朝廷書,遂大構疑隙。越出牧豫州以討晞,復下檄說晞罪惡,遣從事中郎楊瑁為兗州,與徐州刺史裴盾共討晞。晞使騎收河南尹潘滔,滔夜遁,及執尚書劉會、侍中程延,斬之。會越薨,盾敗,詔晞為大將軍大都督、督青徐兗豫荊揚六州諸軍事,增邑二萬戶,加黃鉞,先官如故。

(訳)

当初、司馬越は

苟晞と帝の間に謀あるものと疑い

游騎ゆうき成皋せいこうの間に遣わして

苟晞の使者を捕えさせたところ、

果たせるかな

詔令及び朝廷の書類を手に入れ、

とうとう決定的な疑心と溝が生じた。


司馬越は苟晞を討たんと

州牧として豫州へ出向し、

再び檄文を下して苟晞の罪悪を説くと

従事中郎の楊瑁ようぼうを遣わして兗州とし、

徐州刺史の裴盾はいじゅんとともに

苟晞を征討した。


苟晞は騎馬を遣わして

河南尹の潘滔を捕えたが、

潘滔は夜に遁走した。

そこで尚書の劉会と

侍中の程延を捕え、これを斬った。


ちょうど司馬越が薨去したため

裴盾は敗走し、

詔によって苟晞は大将軍大都督、

督青徐兗豫荊揚六州諸軍事となり、

食邑は増えて二万戸となり

(二万増加した?)

黄鉞を加えられ、

以前の官職は元の通りとなった。


(註釈)

司馬越、死亡。


このあたりで石勒が攻めてきて

皇族は大体殺されるわ

洛陽は落ちてグチャグチャになるわで

西晋王朝は事実上ここで滅亡した。


石勒は司馬越の遺体を暴いて

「天下が乱れたのはこやつのせいだ」

と痛切に罵ったという。


.

晞以京邑荒饉日甚,寇難交至,表請遷都,遣從事中郎劉會領船數十艘,宿衛五百人,獻穀千斛以迎帝。朝臣多有異同。俄而京師陷,晞與王贊屯倉垣。豫章王端及和鬱等東奔晞,晞群官尊端為皇太子,置行台。端承制以晞領太子太傅、都督中外諸軍、錄尚書,自倉垣徙屯蒙城,贊屯陽夏。

(訳)

苟晞は、都邑の飢饉が

日増しに激しくなっている上

賊による攻撃が

交互に至っている事から、

上表して遷都を請願せんと

従事中郎の劉会りゅうかいに数十艘の船、

宿衛五百人を統領させて

穀物千斛を献じて帝を迎えた。


朝臣の多くに意見の食い違いが起こり

(実行に移せずにいるうちに)

俄かに京師が陥落してしまい、

苟晞は王贊おうさんとともに倉垣に駐屯した。


豫章よしょう王の司馬端しばたん及び和鬱かうつらが

東の苟晞のもとへ落ち延びると、

苟晞ら諸官は司馬端を尊んで

皇太子とし、行台を置いた。


司馬端は承制して

苟晞に太子太傅、都督中外諸軍、

錄尚書を拝領させ、

(苟晞を)倉垣から移して蒙城へ、

王贊を陽夏へ駐屯させた。


(註釈)

「和鬱」は誤記かな?


遷都を申し出る苟晞だったが

皆の意見が纏まらぬうちに

とうとう洛陽陥落。


そして展開される

人が人を喰らう地獄絵図。


懐帝は捕まって酒を注がされたうえに

殺されてしまうわ

羊皇后はレイプされて

無理矢理劉曜(りゅうよう)の妻にさせられるわで

西晋の凋落いよいよ

ここに極まれりといった風。


苟晞は新たに司馬端を担いで

新政権を立ち上げようとするが…

にっちもさっちも行きません。

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