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淡々晋書  作者: ンバ
第八十二、虞溥伝
213/313

一、インドア派

1.

虞溥,字允源,高平昌邑人也。父秘,為偏將軍。鎮隴西。溥從父之官,專心墳籍。時疆場閱武,人爭視之,溥未嘗寓目。郡察孝廉,除郎中,補尚書都令史。尚書令衛瓘、尚書褚䂮竝器重之。溥謂瓘曰:「往者金馬啓符,大晉應天,宜復先王五等之制,以綏久長。不可承暴秦之法,遂漢魏之失也。」瓘曰:「歷代歎此,而終未能改。」


(訳)

虞溥ぐふは字を允源いんげん高平こうへい昌邑(しょうゆう)県の人である。


父の虞秘ぐひは偏将軍となり

隴西を鎮撫した。


虞溥は父の任官に従い

※墳籍に専心した。


(※ 古代の聖人の所作を載せた経史)


時に疆場(戦場)では武事の講習が開かれており

人々は争ってこれを視ようとしたが

虞溥は未だ嘗て

寓目(目を向ける)した事がなかった。


郡から孝廉こうれんに察挙されて郎中ろうちゅうに除され、

尚書しょうしょ都令史とれいしに補された。


尚書令の衛瓘えいかん、尚書の褚䂮(ちょりゃく)

揃って彼を器重(目下を重用)した。


虞溥は衛瓘に対して謂った。


「往時は金馬が啓行(先払い)して

(天命に?)符合しました。


大晋は天命に応じ、

宜しく先王の五等爵の制度を

復旧されて、長久にやすんじられるべきです。


暴秦の法は継承すべきではなく、

遂に漢・魏は失墜する事になりました」


衛瓘は言った。


「歴代はその事を慨歎していたが、

終に改める事が出来なかった」


(註釈)

兗州山陽(高平)郡の人。

虞翻ら会稽の虞氏の親戚かと

思ってましたが、全然違うみたいです。


虞氏だし、呉の歴史書書いてるので

呉の人っぽいイメージを勝手に持ってましたが

ふつうに魏晋に仕えてた人でした。

虞翻の身内はこの後出てくる

虞預のほうです。


墳籍は、古代の聖人の所作を載せた経史、だそうな。


本を読むのが好きで

「閱武」をみんなが見に行くなかで

まったく関心を示さなかった。

完全な陰キャである。


尚書の褚䂮(ちょりゃく)の孫が褚裒ちょほう

褚裒の子が元帝の皇后の褚蒜子ちょさんしです。


褚蒜子は榊原郁恵のイメージです。

世にも奇妙な物語の大蒜の話のせいだな。


衛瓘えいかんが尚書令になったのは278年、

羊祜が死んで、呉が滅ぶ直前のあたり。


「往者金馬啓符」ってどういう意味だろう?

ここ以外は合ってると思います。


この会話は280〜282年くらいかな。


司馬朗伝では、五等爵の復旧は

彼の発案みたいに書かれてましたね。


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