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淡々晋書  作者: ンバ
第三十四、羊祜伝
207/313

二十六・二十七、流転/後継者

26.

祜年五歲,時令乳母取所弄金環。乳母曰:「汝先無此物。」祜即詣鄰人李氏東垣桑樹中探得之。主人驚曰:「此吾亡兒所失物也,云何持去!」乳母具言之,李氏悲惋。時人異之,謂李氏子則祜之前身也。又有善相墓者,言祜祖墓所有帝王氣,若鑿之則無後,祜遂鑿之。相者見曰「猶出折臂三公」,而祜竟墮馬折臂,位至公而無子。


(訳)

羊祜が五歳の頃、

当時の乳母に玩具の金環を

取ってきて欲しいと命じたが、

乳母は言った。


「汝ははじめから

そんな物は持っていなかったでしょうに」


羊祜は即座に隣人の李氏を詣でて

東側の垣根の桑の木のあたりを探し、

くだんの「金環」を見つけてきた。


主人は驚いて言った。


「これは、私の亡き息子が

失くしてしまった物じゃないか。

どうして持ち去ろうと云うのか」


乳母が具に次第を告げると、

李氏は悲惋ひわんした。


当時の人はこれを異な事として、

李氏の息子が、則ち

羊祜の前身なのではないかと謂った。


また、善く墓を見る者が有り

(手相や人相は聞いたことあるけど、

墓占い師なんているのか)

「羊祜の先祖の墓は帝王の気を有しており

もしこれをうがったならば

則ち後継は絶えてしまうだろう」と言った。


羊祜はとうとうこれを鑿ってしまい、

相者はそれを見て言った。


「(帝王の気は消えてしまったが)

なお、ひじを折った三公を輩出するだろう」


羊祜は竟には落馬して臂を折ってしまい、

(占いの通りに)

位は三公まで至るも、嗣子は無かった。



(註釈)

墓占いの話は後付けでしょうが、

生まれ変わりの話は信じます。


前世の記憶持ってる人たまにいるもんね。


27.

帝以祜兄子暨為嗣,暨以父沒不得為人後。帝又令暨弟伊為祜後,又不奉詔。帝怒,並收免之。太康二年,以伊弟篇為钜平侯,奉祜嗣。篇曆官清慎,有私牛於官舍產犢,及遷而留之,位至散騎常侍,早卒。


(訳)

帝は羊祜の兄の子の羊暨ようき

羊祜の後嗣にしようとしたが、

羊暨は、父が没した際に

後を継ぐ者がいないと考え(て、断っ)た。


帝は改めて羊暨の弟の羊伊ようい

羊祜の後を継がせようとしたが、

やはり詔勅を奉じようとしなかった。


帝は怒り、二人を捕えて罷免した。


太康二年(281)に

羊伊の弟の羊篇ようへん鉅平きょへい侯として

羊祜の後嗣を奉じさせた。


羊篇は官職を歴任して

清らかで慎ましかった。


私有していた牛が官舎でこうしを産み、

遷るに及んでこれを留めた。


位は散騎常侍さんきじょうじまで至ったが、早逝した。


(註釈)

やる気がないのか、

羊祜から言い含められてるのか、

宮廷闘争に巻き込まれるの恐れてるのか、

司馬炎に消されたのか……


良くも悪くも、

羊祜以外の羊氏はふつうの人の集まりです。

羊の群れにたまたま

麒麟だか鳳凰が混じってただけかな。


子供はいなかったけど、

荊州の事業は、魏書十五巻に登場した

揚州刺史劉馥(りゅうふく)の孫である

劉弘りゅうこうが受け継いだ。


劉弘が見出した人材が陶侃とうかん

東晋の「西府軍」を担う存在となる。


羊祜の影響は、西晋が滅んだ後も

しっかりと残り続けているのであった。


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