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淡々晋書  作者: ンバ
第三十四、羊祜伝
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十七・十八、現場からの冷静な反論

17.

祜當討吳賊功,將進爵土,乞以賜舅子蔡襲。詔封襲關內侯,邑三百戶。


(訳)

羊祜には呉の賊を討伐するに当たって功があり

爵位と領土を進められようとしていたが、

しゅうとの子である蔡襲さいしゅうに賜るよう乞うた。


詔によって蔡襲が関内侯に封じられ

食邑は三百戸であった。


(註釈)

羊祜が打診された封爵全部受けてたら

どれくらいの地位になってるんだろう?


18.

會吳人寇弋陽、江夏,略戶口,詔遣侍臣移書詰祐不追討之意,並欲移州復舊之宜。祜曰:「江夏去襄陽八百里,比知賊問,賊去亦已經日矣。步軍方往,安能救之哉!勞師以免責,恐非事宜也。昔魏武帝置都督,類皆與州相近,以兵勢好合惡離。疆埸之間,一彼一此,慎守而已,古之善教也。若輒徙州,賊出無常,亦未知州之所宜據也。」使者不能詰。


(訳)

ちょうど呉人が弋陽よくよう江夏こうかに侵攻して

戸口を略奪していった。


詔勅によって侍臣を遣わして

書を移し、羊祐(祜)に

追討しなかった意向について詰問し、

並びに州(の治所)を再び

かつての適所に移そうとした。


羊祜は言った。


「江夏から襄陽は去ること八百里、

これでは賊の訪問を察知した時には

賊が去ってよりもう已に

日数が経過してしまっています。


徒歩の軍隊をちょうど往かせても

どうして救うことができましょうか!


師団を疲労させる事で免責を得て

時宜に適わぬ事を恐れます。


昔、魏の武帝(曹操)の都督の配置は

おおよそ皆、州(の治所)に近かったですが、

兵の勢いを合わせる事を『好』、

離す事を『悪』としたからです。


疆埸きょうえき(国境)の間では

状況が時と場合に応じて変化します。

慎みて守る事は、古代の善き教訓なのです。


もしその都度治所を移せば

賊は常無く出撃してくるようになり、

そうなれば治所の拠るべき所が

わからなくなってしまいますぞ」


使者はそれ以上詰る事が出来なかった。


(註釈)


朝廷「なぜ軍を出さなかった!」


羊祜「遠いんだよ! 徒労になるとわかってて責任の追及を逃れるためだけに軍を出せってのか!」


朝廷「治所を移せ!」


羊祜「軍勢が集まってる襄陽でいいんだよ! 不穏な国境でいちいち治所移してたら隙を晒すことになるだろ!」


実は軍事不得手なの誤魔化そうとしてたりして。


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