百十一・百十二、皇帝石勒
111.
勒以祖約不忠於本朝,誅之,及其諸子至親屬百餘人。
(訳)
石勒は、祖約が本朝に
不忠であったことから彼を誅殺し、
その諸子から親属百余人にまで及んだ。
(註釈)
晋書祖約伝によると程遐が
「祖約殺した方がええんちゃう?」
と進言した模様。
112.
群臣固請勒宜即尊號,勒乃僭即皇帝位,大赦境內,改元曰建平,自襄國都臨漳。追尊其高祖曰順皇,曾祖曰威皇,祖曰宣皇,父曰世宗元皇帝,妣曰元昭皇太后,文武封進各有差。立其妻劉氏為皇后,又定昭儀、夫人位視上公,貴嬪、貴人視列侯,員各一人;三英、九華視伯,淑媛、淑儀視子,容華、美人視男,務簡賢淑,不限員數。
(訳)
群臣は石勒に
尊号に即くべきであると固く要請し、
石勒はかくて僭称して皇帝位に即いた。
境域内にて大赦を行い、
元号を改めて「建平」とし、
襄国から臨漳を都とした。
その高祖父を追尊して「順皇」、
曽祖父を「威皇」、祖父を「宣皇」、
父を「世宗元皇帝」、
母を「元昭皇太后」とし、
文武の官はそれぞれ差を付けて加封した。
妻の劉氏を立てて皇后とし、
また昭儀・夫人の位を定めて上公、
貴嬪・貴人を列侯と見なし、
定員はそれぞれ一人ずつとした。
三英・九華は伯爵、淑媛・淑儀は子爵、
容華・美人は男爵に見なされ
可能な限り賢淑(善良・温厚なる女性)
を簡び、定員の数に制限はなかった。
(註釈)
戦い続けて四半世紀、
ついに石勒が皇帝になりました。
奴隷の身から中原制覇って
頭おかしい事やってます。
五等爵。
公>侯>伯>子>男
上公は「公より上」で
列侯は「侯に列ぶ」……とは読まないかな。
女性の位については
時代によって名称かなり変わるわ
増設されるわ削られるわで
とても網羅できません。




