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淡々晋書  作者: ンバ
第百四、石勒載記上
120/313

二十八・二十九、穀潰しは皆殺し/母・王氏の最期

28.

段末柸任弟亡歸遼西,勒大怒,所經令尉皆殺之。


(訳)

段末柸の任弟(人質になっていた弟)

が亡命して遼西りょうせいへと帰った。


激怒した石勒は、命を出して

彼らが通った場所の尉を皆殺しにした。



(註釈)

段末波を釈放するための

交換条件として人質に出されていた

彼の3人の弟が脱走、

段部に対してのアドバンテージが

いともあっさりと消滅しました。


職務怠慢の見張りたちに

石勒がキレるのも無理ないですが、

見張り全員殺せー! は激烈すぎる。


29.

烏丸審廣、漸裳、郝襲背王浚,密遣使降于勒,勒厚加撫納。司冀漸寧,人始租賦。立太學,簡明經善書吏署為文學掾,選將佐子弟三百人教之。勒母王氏死,潛窆山谷,莫詳其所。旣而備九命之禮,虛葬于襄國城南。


(訳)

烏丸の審広しんこう漸裳ぜんしょう郝襲かくしゅうが王浚に背き、

密かに降伏の使者を

石勒のもとに派遣してきたので、

石勒は手厚い安撫を加えて受け入れた。


司州(司隷)・冀州が

ようやくにして安寧を取り戻すと

人々は始《初》めて(石勒に)租税・賦役を納めた。


太学(高等教育機関)を立て、

経書に明るく、書を善くする役人を

署して文学掾ぶんがくえんと為し、

将佐の子弟三百人を選抜して

教育を受けさせた。


石勒の母・王氏が死亡すると

石勒は亡骸を山谷に葬ったが、

その詳しい場所は明らかにされなかった。


その後、九命の礼(九錫)を備えて

形式上は襄国じょうこくの城の南に葬られた。



(註釈)


王浚が強いのは、

バックに鮮卑と烏丸がいるからで

彼らの手綱をうまく操れないとあっては

破滅秒読み段階と言って良さそう。


冀州・司隷のあたりを

安定させた石勒は

教育機関を作りました。


五胡十六国研究の

第一人者である浪間さんいわく、


「張賓は石勒バカにハサミの使い方を教えた」


ここでの「バカ」は愚鈍という意味ではなく

ハサミの存在を知らなかったという事で、

「殺す、犯す、奪う」しか知らない胡族に

歴史の風雪に耐えうる組織の作り方を

説いた存在が、張賓である。



313年内に、石勒の母の王氏が亡くなり

石勒は人知れず山谷に

その亡骸を葬りました。


家族が亡くなった時には自然に還すのが

胡族の習慣なんでしょうか。


石勒の持っている死生観を

ぜひ聞いてみたいです。

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