二十三、石虎の初陣と食糧危機
23.
發自葛陂,遣石季龍率騎二千距壽春。會江南運船至,獲米布數十艘,將士爭之,不設備。晉伏兵大發,敗季龍于巨靈口,赴水死者五百餘人,奔退百里,及于勒軍。軍中震擾,謂王師大至,勒陣以待之。晉懼有伏兵,退還壽春。勒所過路次,皆堅壁清野,采掠無所獲,軍中大饑,士衆相食。行達東燕,聞汲郡向冰有衆數千,壁于枋頭,勒將於棘津北渡,懼冰邀之,會諸將問計。張賓進曰:「如聞冰船盡在瀆中,未上枋內,可簡壯勇者千人,詭道潛渡,襲取其船,以濟大軍。大軍旣濟,冰必可擒也。」勒從之,使支雄、孔萇等從文石津縛筏潛渡,勒引其衆自酸棗向棘津。冰聞勒軍至,始欲內其船。會雄等已渡,屯其壘門,下船三十餘艘以濟其軍,令主簿鮮于豐挑戰,設三伏以待之。冰怒,乃出軍,將戰,而三伏齊發,夾擊攻之,又因其資,軍遂豐振。長驅寇鄴,攻北中郎將劉演于三臺。演部將臨深、牟穆等率衆數萬降于勒。
(訳)
石勒は葛陂を発つと
石季龍(以降、石虎)に騎兵二千を統率させ
寿春を距ませた。
その時ちょうど、江南から
米・布を積載した運搬船数十艘が至り、
将士が争ってこれに群がったために
備えを設ける事ができなかった。
晋の伏兵が大挙すると石虎は巨霊口にて敗れ、
水死した者は五百余人、敗走すること百里で
(晋軍の追撃が)石勒にまで及んだ。
軍中は震えあがって混乱し
「王師(晋軍)が大挙してきた」
と謂い合っており、石勒は(やむなく)
陣を敷いて晋軍を待ち構えた。
晋軍は、石勒が
兵を伏せているのではないかと懼れ、
寿春へと引き返していった。
石勒が鄴へと向かう道中、
すべての塁壁は固く守られ
野のもの(作物等)は始末されており、
掠奪しようにも獲るものがなかった。
軍中では大飢饉が起こり
人々は互いに喰らいあった。
東燕まで達すると、
数千の手勢を擁する汲郡の向冰が
枋頭の塁に立てこもっているのを聞き、
棘津を北へ渡ろうとしていた石勒は
向冰に阻まれてしまうことを懼れ、
諸将を集めて計策を問うた。
張賓が進み出て言った。
「聞けば、向冰の船の盡くは
溝中(水路)に在り
枋頭の内部には上げておらぬようですな。
簡便的に勇壮な者千人を選り抜き、
詭道にて密かに渡河させたうえで
向冰の船を襲撃して奪い取ってしまえば
大軍を通過させる事ができましょう。
軍が渡った後に
向冰を必ずや擒にできます」
石勒は張賓の献策に従い、
支雄・孔萇らを文石津から
筏を使って密かに渡河させると、
自身は手勢を引き連れて
酸棗から棘津へと向かった。
向冰は石勒軍が至ったと聞いて
初めて船を内に集めようとしたが、
その頃には支雄らは渡河を終えて
向冰の塁門に屯集しており、
奪い取った船三十余艘によって
全軍を渡河させる事に成功した。
(更に)
主簿の鮮于豊に命じて戦いを挑ませ、
三箇所に伏兵を設けて向冰を待ち構えた。
向冰は怒り、かくて軍を出撃させたが
交戦しようとしたところで
三箇所の伏兵が一斉に襲いかかった。
挟み撃ちによって向冰を破る一方で
彼の所有していた物資を得て
石勒の軍はようやく勢いを盛り返した。
長駆して鄴へと侵攻し、
北中郎将の劉演を三台にて攻めた。
劉演の部将の臨深、牟穆らは
数万の手勢を引き連れて石勒に投降した。
(註釈)
劉淵が、唐の高祖・李淵と
名前がかぶっていることから
「劉元海」とあざなで表記されたように、
石虎も李淵の祖父・李虎の避諱で
「石季龍」と表記されます。
虎牢関も同様に「武牢関」に。
淡々晋書では、変換が面倒なので
ふつうに「石虎」と書きます。
三国志が唐代に書かれていたら
張遼の息子の張虎や
許褚の渾名の虎痴、
虎賁中郎将、虎牙将軍などは
どういう表記になってたのかな?
(五《《虎》》大将軍の称号は正史にはないです)
そんなこんなで葛陂撤退戦。
これが石虎の初陣?
石虎は311〜312年当時
数え17〜18歳、
現代では高1〜高2くらいの年齢です。
まだまだひよっこの筈の彼に
本軍が撤退するまでの間
敵軍の足止めを任せるとか
石勒も無理難題を押し付けたもんです。
石勒は石虎のことを
あんまり好きじゃなかったみたいなので
捨て駒として使ったか、
無鉄砲ティーンエイジャー石虎が
自分から志願したとか?
何にせよ難しすぎるミッションですが
二千人の石虎軍、
江南の輸送船を見つけるや否や
大はしゃぎで食いついてしまいます。
光武帝が昆陽の戦の時に、
財宝に群がる諸将たちを一括して
「今もし敵を破れば、珍品は万倍、
大功を成すことができる。
敗れてしまえば、
首を取られて何も残らない、
どうして財物を欲しがるんだ!!」
と述べたとされますが、
このセリフそのまんま
石虎17歳にも聞かせてあげたい。
かくて彼の初陣は
手勢の1/4を失う大惨敗に終わり……
石虎を蹴散らした江南の晋軍が
石勒の本隊に追いついてくると
石勒はやむなく陣を敷いて迎撃に出ます。
ほとんど破れかぶれのような選択でしたが
石勒に伏兵の用意があることを
警戒した晋軍は、ビビって
寿春まで引き返してしまいました。
九死に一生、スペシャル。
しかし本当のピンチはここから。
葛陂から鄴までの途上、行く先々で
砦がガチガチにガードを固めている上
農作物なども取り除かれてしまっていたため
石勒軍は未曾有の飢餓に襲われます。
人々は互いに食らい合い……は
定型句ですが、早いところ
食糧を手に入れねば、全滅です。
匈奴漢のボス・劉聡は
石勒を恐れているので、
彼に取ってはこのまま
石勒が死んでくれるのがベスト。
懇願でもされない限りは
そう簡単に補給寄越したりしなさそう。
黄河を渡ろうとする
へろへろの石勒たちに
東燕の向冰が立ちはだかります。
知恵袋・張賓の献策
「向冰は船を水路に置いてるから
少数精鋭でこれを奪っちゃいましょう」
石勒自ら陽動を買って出て、
支雄・孔萇のゲリラ部隊が船を奪取。
そのまま
挑発+伏兵で向冰を粉砕した石勒軍は
彼の物資を手に入れて、やっと
勢いを盛り返したのでした。
返す刀で鄴の攻略に取り掛かる石勒。
幸先よく、数万人が降伏してきました。
今回も張賓の計略が図に当たりましたが
次回もキレッキレです。
この時代の知力100は王猛として
張賓の智謀はそれに次するモノがありそう。




