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赤い痕跡

「本部の幹部の山崎と云う男。会ったことあるか?」

「ある。葦島あしじまはないのか、頭が切れる野郎だよ」

「ボス直属のブレーン、ボスからの命令は必ずその山崎を通して、うちらに降りて来るらしいな。」

かしらから聞いたけどよ、今回の指令は俺たち三人に直接下されるらしい。

俺は誰かと組むのなんて嫌だっつたんだよ」

「どんな指令か知らねぇーけど、顔を売るチャンスだ」

「ところで、後藤の奴はどうしてんだ」

「事務所に直接行くらしい」

「じゃー、先に行くか」


 かしらに云われちゃ、しょうがねぇが気が進まない。上からの命令が嫌なんじゃない。この湊井そういと後藤と組んだ仕事なんてやるもんじゃない。

 後藤は肉体派で、切れると手がつけられない。俺ら若手の中で一番、上から買われている。しかもボスとも会ったことがあり、可愛がってもらっていると聞く。冷静な判断力もあり下からの人望も厚い。こちとら、ボスの顔も知らねぇ。

 それと目の前にいるのは湊井そうい。組織の中でもやっかいものだ。殺しや拷問や、特に暗殺を得意とする。組織から抜けようとしたり、組織の金に手を出そうものなら、この湊井が音もなく、消すとの噂だ。湊井は背が高く、痩せている。

Yシャツにズボン、それにロングコートを着ている。この下にどんだけ武器を隠していのか分からない。 

 何故この二人に俺なのかは分からない。だがこのチャンスを活かしたい。

いつまでも、下っ端でくだらない小銭を稼ぐだけの毎日はウンザリだ。

多少の危険も厭うことはない。今までだって修羅場は見てきたつもりだ。


「ここだ」目の前は都心の一角のビル。うちの組織は表向きは一般企業を装っている。もちろんペーパーカンパニーだ。23階までエレベーターで上がると、受付譲が案内してくれる。すでに会議室でお待ちしているらしい。

「葦島、足引っ張らないようにな」

オフィスの会議室のドアノブに手を掛けながら、湊井が薄ら笑いでほざく。

「うるせぇ、早く行け」湊井の後について会議室に入る。

だだっ広い空間に長いテーブルに椅子、その傍にきちんとしたスーツ姿の男が立っている。眼鏡を掛けていて、俺よりひと回り以上は年上だ。いかにも切れ者という、扮装いでたちだ。

それと、少し離れたところに後藤。黒いスーツに黒いシャツ。ネクタイは締めず、襟元が大きく開いている。

「私が山崎だ。ここに来るのは初めてかね」

俺たちは黙って頷く。

「申し訳ないが、私も忙しい人間だ。用件だけを簡潔に述べさせて頂こう」

山崎は立ったまま、淡々と喋る。

後藤はというと黙ったまま俺らを一度見やり、そのまま会議室にある大きな窓の外を見ていた。

「ある建物にいる人間を皆殺しにすること。そしてこのことを誰にも漏らさないこと。指令はそれだけ、簡単なことだ。決行は今からで、場所はここに

地図を用意した。質問はあるかね?」

あまりに簡潔すぎる内容で驚いた俺は思わず聞き返した。

「皆殺しにするのは構いません。ですが何故皆殺しにするのか、理由が知りたいです」

「本来なら、黙って命令に従え、っと云いたいところだが……、まぁ当たり前の疑問であろう、答えよう」

山崎は中指で眼鏡の位置を直しながら続ける。

「石橋組の傘下にある、饗導会というところがな、ボスに「揺すり」を掛けて来た。ボスの女を攫った。返してほしければうんたらかんたら、とのことらしい。知っての通りだがボスに「揺すり」は通用しない。指令は女もろとも殺せとのことだ。しかし、ボスはことを荒げたくはない。ことを荒げて、石橋組と全面戦争だけは避けたい。時期が良くない。そこで、君達三人が狩り出された訳だが……、今、女を囲って饗導会の奴らは、奴らの事務所に集まっているらしい。一人も残らず殺してお前らがやったということも外にばれてはいけない。痕跡を残すな。饗導会の奴らも石橋組に内緒でやっているらしい。やつらの条件の中に、石橋組にも内緒にしろというのがあるらしいので、好都合だな。

もちろん、お前らも仲間にすら喋ってはならない。喋れば、今度はお前らをばらす人間が狩り出される。それは非常に手間だ」

 俺たちは呆然とそれを聞き、その後、三人雁首揃えて地図の場所まで向かうことにした。会議室を出るときに山崎は云った。

「今回の件が成功したら、ボスはお前らの頭の望月を始め、お前ら三人も優遇したいと仰っている。頑張りたまえ」


その建物は東京の郊外にあった。だいぶ車を走らせたおかげで、すっかり陽も沈んでいた。古い団地が立ち並ぶ先、これまた工場の跡地のような

ところの一角に三階建ての建物がある。そこが饗導会の事務所だ。

「しみっ垂れた所だな、おい後藤。作戦はあるか」事務所から少し離れた所で車を止め、湊井は云った。俺たち三人は車の中から事務所を眺める。

「さて、どうするかな。正面から入っていく。いきなりぶっ放せばいいんじゃねぇか」

「芸が無いねぇ、後藤ちゃんは〜」

「俺も正面から入っていって、殺ればいいと思う。奇襲には変わりないぜ」

 と俺は云う。敵が何人いようと、突っ込むしかない。

「奴らの注意が正面のお前らに向いているところ、俺が窓から根こそぎイクよ」

と湊井。後藤と俺はそれでいいと、頷いた。

「ところで、ボスの女ってのはどういうのだ。いい女なのか。女も殺るってことだよな」と湊井。「そういうことになるな」と俺は返す。

 後藤は面倒くさそうに俺たちを見やり、そして云う。

「女の名前はマチルダだ」

「知っているのか後藤」湊井が身を乗り出す。

「ああ、ボスのお気に入りの女だ。だが、穢された女はいらないとのことだ」

「穢された?姦わされちゃってんのか」と湊井。

「いや、まだ生きているかも分からないぜ」






 後藤と俺は建物の正面の扉を開ける。鍵は掛かっていない。

入るとそこには、ソファーや観葉植物が立っているだけだ。人はいない。

二階へとあがる階段を進む。心臓の音が高鳴る。目の前のこいつ、後藤は平気なのだろうか。高い確率で、ここで死ぬかもしれない。

 二階に上がると大きなドアがある。その中から話し声が聞こえる。

後藤は躊躇せず扉を開ける。

 中には、デスクやらソファーやら、そこに男が6、7人座っている。

一斉に立ち上がり、こっちを見ている。

「何だお前ら、どこの者だ〜?」

「女は何処どこだ?」後藤が云う。

「お前ら二人だけか?」饗導会の一人が、後藤に歩み寄る。

 後藤はまだ、銃を抜かない。

「知っているぞ、お前。確か後藤って云ったっけ」当然ながら、 睨みつけている。

「田所、女を何処やった。」後藤がその田所と云う男に向かって云う。

「知らねぇって云ったらどうする」

その瞬間、バチンと部屋の明かりが消え、真っ暗になった。

 次の瞬間、銃声が鳴り響いた。

「バン」「バン」「バン」暗闇に閃光が走る。俺も銃を抜き、奴らに向かって撃つ。打ち合いが続いていたが一人、二人と倒れていくのが分かる。

 そして、さらに次の瞬間。「ズドドドドドドドっ」辺り一面火を噴いている。

ガラスが割れる音や、銃弾が鉄に当たった高い音が響く。

後藤も俺も、堪らず床に伏せていた。銃声はしばらく続いていた。

「クソっ、何が起きた」俺は思わず叫んだ。

 そして、音が止んだ。辺りを焦げ臭い匂いが立ち込めている。

「お前ら生きているか?」

割れた窓の間から、声がして男が入って来る。湊井だ。

「真っ暗になったぜ、どう云うことだ。」後藤の声がする。

暗かった部屋が、外からの月明かりのおかげでだんだん見えてくる。

湊井はマシンガンを手に持っている。そして、部屋を出て行く。

 後藤も何が起こったかよく分からない様子だ。ぼんやりと見えて来たが、

奴らは一人残らず沈黙しているようだ。

「あの野郎、何の説明も無しによくやってくれるよな」

 後藤がそう云いきった時、部屋の明かりが点いた。

辺りは、血の海になっていた。

「よく、俺たち助かったな」俺は、自分に怪我がひとつもないことを確かめながら云った。


「ドン」俺たちが入って来た扉が開き、湊井が入って来る。

「お前達の位置はよく分かっていた。だから、ゴミだけを一掃出来たよーーん」

 湊井は笑いながら云う。

「今度からは、お前が何をするのか、事前に聞いておくべきだな」後藤が云う。

「さて、この部屋以外に奴らがいるかも知れねぇ。行くぞ」後藤が銃を持ち直し、二階にある他の部屋に向かう。だが、二階の他の部屋には誰もいない。

「三階だ」俺たちは三階へと進む。やはり、同じように扉があり、後藤を先頭に入って行く。扉を開けた瞬間、「バンバンッ」と銃声がした。

目の前の後藤が倒れる。パンツ一丁の男が銃を持ちながら立っている。

湊井と俺は、迷わず奴に何発か打ち込む。どちらの玉が当たったのか分からないが、パンツの男はその場に倒れた。

 その部屋には、大きなベッドが置いてあり、女が寝転んでいる。

それと、部屋の隅の方で、ガタガタと震えている男がいる。

「バンっ」湊井が仕留める。

「こいつが例の女か、いい女じゃねぇか」湊井が云う。

「たぶんそうだろう、奴らの方はこれで全部か?」そう云うと俺は、手に掻いた汗を、自分のシャツで拭った。

「葦島、見て来い」

「ああ、後藤の奴。やられちまったのか」俺は後藤の方に歩み寄ろうとする。

すると、「ガチャ」という音がしたので、湊井の方に目をやる。

湊井はベッドに膝をついて、ズボンのベルトを外している。ベッドには上半身裸の女が横たわっている。

「お前、何してんだ?」俺は湊井に問いかけた。

「女をばらす前にちょっとな」ぐったりしている女を引き寄せながら、湊井は云う。

「こんな時に、よくふざけたマネが出来るな。これからばらすって女をよう」

 だから、こいつと一緒に組みたくなかった。こんな時に姦りたいってか。

俺は銃を、湊井に向ける。湊井は止めようとしない。

「女をばらす、そして此処から脱出する。俺たちの任務はそれだけだ。勝手なことをするんじゃねぇ」俺は湊井に歩み寄り、顔の前に銃口を向ける。

「おい、後藤を見ろっ」湊井がそう云うので思わず後藤に見やった瞬間。

顔に激痛が走る。俺はマシンガンの柄の部分で思いっきり殴られた。

「静かにしてねぇと次はお前をばらすぞ」

湊井は女のパンツを脱がせている。女は満身創痍で抵抗すらしていない。

頭がクラクラする。俺はこめかみあたりを押さえ、立ち上がる。血が出ている。

 女を打ってばらすしかない。そうすれば湊井も諦めるだろう。早くずらからなくてはいけない。

「湊井やめろ、女を殺す」俺は銃口を女の頭に照準を合わせる。

湊井はすでに行為に及んでいた。

「俺に命令すんじゃねぇ」そう云うと湊井も俺に銃口を向けた。

 その瞬間、辺りに銃声が鳴り響いた。

何発も喰らって、吹っ飛んだのは湊井だった。撃ったのは……、

撃ったのは後藤だった。

「ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ、ふっふざけやがって、人が死に掛けているのに…、くそ野郎」後藤は寝そべったまま、上半身だけ起こし、銃を握っていた。

 自分の腹を押さえていて、そこからおびただしい血が流れていた。

「ごっ後藤。大丈夫か」

「ああ、ぜぃ、見ての通りだ。ぜぃ、」

「よし、逃げるぞ」俺は後藤を抱きかかえ、立たせようとした。

「ああ」

「その前に、女をらなければな」

「銃を貸せ、葦島」

 俺は銃を後藤に渡した。すると、後藤はさらに何発も湊井に向かって撃った。

「湊井を殺っちまってまずいんじゃねぇか」

「ああ、葦島。この事は黙っていろ」

「分かった、仕方ねぇな。じゃあ、女も殺るから銃を貸しな」

「葦島。女は殺らねぇ」

「何云ってんだ、そう云う訳にはいかねぇ」

「湊井の死体を車に積んで、女もそのまま乗せて、ぜぇ、俺も乗せるんだ」

「湊井は、奴は仕方ねぇ、事故みたいなもんだ。だが、女を殺るのは命令の一つだ。これは曲げれねえ」

「葦島。お前、昔にお前の手下が組織の金に手をつけて、ぜぇ、手下は消されたがお前自身はお咎めなかったよな。お前のシマで起こったことだ。何故お前にお咎めがない?通常だったら、お前も消されるか、最低でも指くらいは詰めていたよな、ぜぇ、見逃されていたんだよ。そして、今回の件もお前を選んだのは俺だ。ぜぇ」

「あんたが俺を?」

「葦島、頼む。俺は、借りは必ず返す男だ。女は此処で死んだことにしろ、ぜぃ、後は黙っていろ」

 

 俺は、その後、湊井をどこか適当な山に埋めた。そして、後藤を組織の息の掛かった医者に運んだ。後藤はぎりぎりのところで一命を取り留めた。

 女は後藤が云う、とあるクラブのママのところまで運んでいった。

女は正気ではなかったが、後藤は信頼出来て、頼めるのはそのクラブのママを置いて、他にはいないと云っていた。

 俺は上への報告を後藤の云われるままにした。もし、組織にばれてしまったら、俺も後藤も消されることになる。冷血な男、後藤が見せた懇願。後藤は上の方まで昇りつめる男だと思っている。あんな女に道を狂わされる男ではない。

 危険ではあるが、これも利用すべき好機と捉えよう。この借りを上手く利用していく。そして、俺もトップへと昇り詰める。そして俺の目的を果す……


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― 新着の感想 ―
[一言] 続き物でありながら、シチュエーション、主役も切り替わっているという手法は、作家の影響だろうか? ちなみに、馳星周の作品でそのような手法あり。 ハードボイルド系は好きで、昔よく読んだことも…
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