綿毛のきらきら
空の上には、小さな工房があります。
十二月になると、七人の天使たちがそこで綿毛を作りはじめます。年の暮れには、神さまからいただいた種をその綿毛にくっつけて、地上に向かって飛ばすことになっていました。
綿毛のおかげで、種は空をゆっくりと舞いながら地上に降りていくのです。特別製なので、少しくらい強い風や雪を受けても、人の世界まで到着することができました。
ところが、綿毛を作っている天使たちは、そろいもそろって片づけやそうじが苦手でした。
神さまから種が届いたとき、工房はいろいろなものでごちゃごちゃしていました。
綿毛を作るための材料や道具があちこちに散らばっていたのです。おまけに、天使たちの白い羽をととのえるブラシとか輪っかをみがくふきんとか、関係のないものまでが転がっていました。
天使たちは、大急ぎで大そうじをしました。
工房の棚のほこりを払い、いるものはほいほいと入れ、いらないものはぽいぽいと捨ててしまいました。
すると、綿毛がどこにいったかわからなくなってしまったのです。
天使たちは、頭の上の輪っかから足のつま先までがひんやりして力が出なくなるほど、がっかりしました。
「おかしいな、きれいになったはずなのに。どこに置いたんだろう」
背の高い天使がこまり顔でつぶやきます。
「ここにあったと思ったのになあ。どこへしまったかな。急いで片づけたから、よく覚えていないよ」
太った天使もきょろきょろして落ち着かないようです。
「ぼくも覚えていないよ」
「わたしも知らないわ」
だれも綿毛のゆくえはわかりません。みんなで協力して探しまわりましたが、いっこうに出てきませんでした。
「あの、もしかして、大そうじで捨てたもののなかに入ってたんじゃないかな……?」
小さな天使がおそるおそる口を出すと、他のみんなは「まさか」「冗談言わないでよ」とは言いませんでした。
「そうかもしれない。どうしよう……」
七人みんなが何度も探したのに見つからなかったのです。間違えて捨ててしまったとしか思えませんでした。
「どうしたらいいんだろう」
種は毎年最後の日に、地上へ送らなければなりません。それをすぎてしまうと、種の力がだんだんと減っていき、芽が出なくなってしまうかもしれないのです。
「しょうがない。もう一度作る材料はある。これからがんばって作ろう」
天使たちは話し合って、そう決めました。
それからは、みんなで真剣に綿毛作りにとり組みました。
綿毛は、虹のような色あいをした鳥の羽根から作られています。集めた羽根をきれいにそろえ、天の魔法をかけてから、ふわふわした毛に少しずつ作り変えていきます。
でき上がった軽い毛をたばねて開き、すべて同じになるように細工します。丈夫な糸をくくりつけ、種をつけられるように準備します。
形をととのえてから、その場でそっと手を離してみます。ふわりふわりとゆっくり下に降りていったら、合格です。
天使たちは、とうとう種と同じ数だけの綿毛を作ることができました。
「やった、できたぞ」
「よかった。これで地上にくばれるよ」
探していた綿毛が見つからなかったのは残念です。でも、間に合えばそれでいいとみんなは思いました。
疲れていたものの、天使たちは心からほっとしていました。
その年最後の日の朝は、種を飛ばすにはちょうどいい天気になりました。
「さあ、始めよう」
七人は、早速しまってあった種をとり出しました。
すると、種の下に何か箱が置いてあります。
「もしかして、これは」
なんと、探していた綿毛が種のすぐ下の箱に入っていたのです。
「ええっ、種といっしょだったなんて、考えていなかった」
「捨てていなかったんだね」
みんなは背中の羽がしぼんでしまうほどがっくりと気分が落ちてしまいました。もう作ってしまったあとです。
「それじゃ、この綿毛は……」
見つけたものの、今さら必要ありません。
「どうしようか」
七人の天使たちは、集まってうでを組んで考えこみました。
綿毛だけこのまま天空にあっても、来年使うことはできません。古びて上手に飛ばなくなっているでしょう。工房に置いておくと、かえってまぎらわしいかもしれません。
「今年のうちに地上に降らせる予定だったんだから、そのとおりにしよう」
「綿毛だけなんて変だけど、しょうがないね」
七人の天使たちは顔を見合わせて、ため息をついてから、少しだけ笑いました。
種を地上の人々の心に送るという約束は果たせるのですから、それでいいのでしょう。
この空のずっと下に、人間たちの住んでいる町や村があります。
毎年冬になると、この地域は雪がたくさん積もって、湖は凍りついてしまいます。
空から次々と雪が降りそそぎ、太陽の明るい光を見ることのない日が何日も続きます。
雪や氷で道が閉ざされ、人々は他の町まで行くことができません。吹雪でだれもが家にじっとしていなければならないこともあります。お年よりや体の弱い人は、寒さがつらくて、毛布にくるまって暖炉の前ですごすしかありません。
そうすると、心まで縮こまってしまいます。
気持ちが沈んでしまい、楽しいことを考えられなくなってしまう人もいるのです。
天使たちは、神さまに少しでも冬を暖かくするように頼んでみました。けれど、この世界の寒さや暑さは決まっていて変えることができません。
そこで、神さまは人の心を温めようと考えました。
『望みの種』を作り、地上の人々の心に育つようにしてくれたのです。
人間にはこの種は見えないようで、心に入ったときもだれも気づきません。
けれど、『望みの種』は、心にあるほんの小さな望みを栄養にして芽を出します。すると、心は温まり、夢や希望が育っていきます。
思いえがいた願いがふくらむと、小さな芽はどんどん成長して、立派に葉を広げます。そうして、ついに望みが叶うと、花を咲かせるのです。
神さまの『望みの種』が地上にいきわたるようになってから、この寒い地域のたくさんの人が夢や希望を持って春をむかえられるようになりました。
地上はよく晴れわたっています。冷たい風もそれほど強くはありませんでした。
大みそかの朝だけ、この地域は毎年大雪にならないように、風や雪を加減してもらえるのです。
天使たちは種に綿毛をつけて、祈りながら、ひとつひとつ空へと放ちます。
「どうかこの種がひとりひとりの夢や希望を大きく育てますように。心にすてきな花が開きますように」
ふわふわとした綿毛はくるりくるりと回り、種は風に乗って運ばれていきます。
すべて終わると、天使たちは互いにはずかしそうにほほえんでから、今度は綿毛だけのものをいっせいに飛ばしました。
軽い綿毛は、最初は集まってふわりと空中に浮かび上がりました。しかし、大きな風が吹くとあっという間に飛び散って、見えなくなりました。
「ふう。全部終わったね」
天使たちは、ほっと一息つきました。
いつもなら、ここでゆっくりとコーヒータイムにするのですが、今回は綿毛だけ飛ばしたことが気になります。天使たちは『天のとおめがね』を持ってきて、地上の様子をながめることにしました。
この不思議な望遠鏡は、どんな遠くの場所でもよく見えるし、音も聞くことができるのです。
地上に降りそそぐ『望みの種』は、人の心に向かいます。綿毛は種が心に根づくとそっと離れて、地面へ降りていきます。
やがてすべての綿毛は、降りつもった雪の上で自然に溶けていきます。
「あれ、今、きらきらが見えたよ」
小さな女の子が雪で白くなった地面を見つめながら、話しました。
「ぼくにも見えたよ」
男の子も雪玉を転がして遊ぶ手をとめて、話しました。
町の多くの子どもたちが、雪の上で光り輝くきらきらしたものを目にしたと言い出しました。
「珍しいわね。今年はたくさんの子にきらきらが見つかるのね」
このあたりの町や村では、大みそかの日、子どもたちには雪の上に光るものが見えると伝えられていました。それで子どもはみんな、毎年この日に探し出すのを楽しみにしていたのです。
人々は『望みの種』のことは何も知りませんし、天使たちはこの綿毛のついた種が人には全く見えないものと思っていました。
けれど、実は子どもには、雪に照らされた綿毛が溶ける前に一瞬光って見えるのです。
今年は、綿毛だけが地上までたくさん降りてきました。だから、多くの子どもたちがきらきらとした輝きを見つけることができました。
「とてもすてきだね。天からの贈りものだね」
「きれいなものがいっぱい降ってくるなんて、来年はきっといい年になるに違いない」
「春が早くやってくるかもね」
人間たちのそんな言葉を耳にして、天使たちは目をまるくして驚きました。
「春がきたら、大きな町へ遊びに行きたいな」
「雪が溶けたら、恋人といっしょに指輪を買いに行こう」
「暖かい日に、孫と散歩に出かけたいわ」
種のついていない綿毛でも、人々に希望を与えてくれたみたいです。
やっぱり綿毛が見つかってよかったなと、天使たちは思いました。
翌年から、七人の天使たちは片づいた工房で、もっと大きくて立派な綿毛を作るようになりました。
そうしたわけで、毎年たくさんの子どもたちが綿毛のきらきらを探して、見つけることができるようになったとのことです。