第二章 ep.1
第二章
七月七日、天気は晴れ。今夜、織姫と彦星は無事に出会えるのだろうか。
七月七日の朝、のそのそと登校した俺は、春日さんが席で何かしているのを見つけた。春日さんは廊下側の前から三列目、つまり姫の席で何やら準備でもしているかのようだった。気になったものの上手く話しかけれずに詰まっていたら、振り向いた春日さんと目が合ってしまった。俺に気付いた春日さんはにっこりと笑って、
「そーごくん、おはよ」
と挨拶をしてくれた。あー幸せ。
「…おはよ」
思わず、目をそらしてしまう俺の馬鹿!!
「これ、かわいいでしょ?」
いししと笑いながら春日さんが俺に掲げて見せたのは、
「笹…?」
だった。
「うん。今日は七夕でしょ?」
「うん。そうだけど…」
「けど?」
首をかしげてこっちを見る顔に、顔が熱くなるのを感じる。
「あ、いや、あの、今日が七夕なことは分かってるけど、笹を学校に持ってくるのって、ほら、何というか、めずらしいというかさ…」
「妃芽の誕生日プレゼント」
「え?」
妃芽ってあのお姫様のことですか?
「今日は、妃芽の誕生日なの。で、プレゼントにはやっぱりサプライズとかがあった方がいいなって思ってさ。だから、笹」
そう言うと春日さんは、何だか誇らしげに俺に向けて笹を掲げて見せてくれた。確かに笹がプレゼントっていうのはサプライズな気がしなくもないけれど、七夕から笹を連想させるのはあんまりサプライズじゃないような、むしろ普通すぎるような気がしなくもない。
「本当は妃芽が欲しいものをあげた方がいいんだろうな、とは思ってるんだけど。でも、妃芽はさ、素直じゃないから何が欲しい?って聞いてもちゃんと答えてくれないんだよね〜」
春日さんは俺から目を離し、姫の机の上の笹に短冊を飾りつけ始めた。少し、横顔が寂しそうに見えた。
でも、何となく想像が出来てしまうような気がする。その姫の姿。意地張っていらないとかまで言っていそうだ。
「あんまり問い詰めるといらないって言い出しちゃうし」
…当たってしまった。
「上手く聞ければいいんだけど、あたしあんまり器用じゃないから…。だったらいっそのこと予想外のものにしてしまえばいいんじゃないかなって考えたの。ちなみに去年はマフラーと手袋をあげました」
…夏本番直前にあげるものじゃないっすよ、それ。ていうか、よく七月にマフラーとか買えましたね。
「妃芽には、今から使えないじゃない馬鹿!って言われました」
「…そうだろうね」
同意しか浮かびません。
「でも、何だかんだ言いながらも冬には嬉しそうに使ってくれたんだけどね」
「そうなんだ」
いししと笑う春日さんにつられてつい微笑んでしまっていたら、本日の主役が現れた。
「何してんのよ、人の席で」
振り返ると、お決まりの腕組みに仁王立ちを加えた威厳たっぷりの風情でお姫様が立っていた。あきらかにこの場では異端な俺を睨んでいる。あまりの迫力に俺は思わず後ずさりをしてしまった。
「今日は妃芽の誕生日でしょ?一七歳の誕生日おめでとう!!今年も祝えてあたしは嬉しいよ。んで、じゃーん!朝一でケーキ買ってきました。朝だから開いてるお店なくてコンビニケーキなのがあれなんだけど、最近コンビニのケーキも全然馬鹿に出来ないからね、うん。大丈夫、おいしいに違いないよ。しかも妃芽の好きなチョコレートケーキだよ。んで、これはプレゼント。はいどうぞ」
俺達の間の微妙な空気を読んだのか何なのか、春日さんが捲し立てながらさっきの笹と、鞄の中からケーキが入っていると思われる箱を取り出した。そして、驚いて固まっている姫の両手に笹とケーキを乗せた。
「…ありがとう…。でも、ちょっと待って。笹?」
やはり普通に考えて笹がプレゼントは予想外過ぎたらしい、姫が困惑のまなざしで春日さんを見つめる。
「YES!笹!!」
ぐっと親指を立てて笑う春日さんはかわいいが、姫の疑問に一切答えてないです、そのポーズ。
「見れば分かるわよ、笹ってことぐらい。何でプレゼントが笹なのよ」
「だって、今日は七夕じゃないか」
はぁと姫がため息をついた。
「いや、プレゼントくれるのはありがたいけど、こんなかさばるものじゃなくてもいいじゃないのよ」
ちなみに笹にはかなり大量の短冊がついています。
「これ、多分持って帰る間に短冊ぐちゃぐちゃになるわよ」
「ならない!愛があれば」
「何のよ」
「笹への愛だよ」
春日さんがもう一度親指を立てて微笑む。
「はっきり言わせてもらうけど、あたし笹に対して愛なんか持ってないからね」
多分大半の人が持ってないと思います。普通の人は、笹に対して笹っていう思いしか抱いてないと思います。というか、認識。多分、笹に愛を抱いているのは笹の研究家(詳しくは分からないが多分いる)とか人じゃないけどパンダとかその辺ぐらいだと思います。
「持ってよ〜。あたしからのプレゼントだよ?」
あ、黙った。ちょっと考え直してるな、こいつ。
「…分かった分かった。持てばいいんでしょ、持てば」
投げやりだな。
「で、この短冊は見ての通り何にも書いてないから、妃芽の好きな願いを短冊に書いてね」
「多すぎない?」
「願いがたくさんあるのはいいことだよ。うん」
「……」
返事をするのをめんどくさそうな顔をして、姫が春日さんを見つめる。何となく気まずくなった俺達の空気を読んだのか、予鈴が鳴った。予鈴が鳴ったのを聞いた春日さんはすばやく姫の手の上にあった箱をつかみ、
「もう授業はじまっちゃうから、ケーキはいったんあたしが預かるね。実は調理部の友達に頼んで冷蔵庫借りられるようにしといたんだよね。ちょっくら走って置いてくる。放課後、一緒に食べようね」
…いったん姫に渡したりせずに最初から置いておいた方がよかったんじゃ…。
「…おめでと」
「え?」
そんなに驚いた顔をするな。失礼だろ。
「誕生日」
「…どうも」
そう言って、顔を伏せてしまった。
当たり前と言ってしまうのも悲しいが、春日さんに祝われた時と比べて全然嬉しくなさそうだ。人がせっかくお祝いの言葉を述べてるんだから、もう少しかわいげのある返事や反応をしてもいいだろうに。まぁ、高望みしすぎか。
こんな無愛想なのに春日さんにあんなに楽しそうに誕生日を祝ってもらえるとはうらやましいことだと、俺は自分の誕生日がもうとっくの昔に終わってしまっていることを少しだけ悔やんだ。