02
そうあれだ、俺は確か親戚の子供連中と一緒に餅を食べていてそれが喉に詰まったんだ…それで目の前が真っ暗になったと思ったら、次の瞬間にはもう彼女が目の前にいた。
夕焼けに染まった崖の上、目の前で膝をついた金髪の女性は地面に剣を突き立ててこうべを垂れてなにかを呪文のように呟いていた。
「…よって我に宿りし勇者の加護を愛する貴方へ譲渡し、この身をかけてお守りすることを誓います。」
あれ?これってもしかして愛の告白だったりするんじゃないか?
目の前に現れた金髪美女に突然告白されるなんて考えてもみなかった俺は、多少ドキドキしながらも今自分が立っている場所の妙な不安定さに気づく。
俺は倒れた人の上に立っていた。
…この状況を整理するとこうか?この女性が突然現れたんじゃなくて、俺が突然降って湧いたってことか?
「あの…クラウス殿……私の誓いを受けてくださいますか?」
「はい?」
そう言いながら顔を上げた彼女の目と俺の目が合うよりも少し早く、地面に刺さった剣と俺の右手の甲が白い光を発した。
「…は?はぁ!?お、お前!何者だ!」
取り乱した様子の彼女に問われるも俺は自分の手の甲が光り出したことが不安でそれどころではない。
「おい!聞いているのだろう!?今ならまだ間に合う!取り消せ!」
「なにを!?」
「誓いに対する返事だ!」
誓いとは多分さっき彼女が呟いていた呪文のような言葉だろう。それに対して俺は返事をしただろうか?
「はい?」確か俺はこう返したはずだ。でもこれは意味がわからず聞き返したのであって、決して了承の意を込めた言葉ではなかった…でもこのまま手が光り続けるなんてことになっては嫌なので大人しくここは彼女の言葉に従っておく。
「とにかく断れば良いんだな!?」
「早くしてくれー!!!」
「よしっ……」
大きく息を吸い、最大限の拒絶を込めて叫んだ。
「断る!!!!!」
その瞬間、白い光が一瞬強くなり手と剣に吸い込まれるように消え去った。…これで良いのか?
「…ふう、良かった光が消えたぞ!……あれ?」
喜びも束の間、自らの手の甲を見て驚く。そこには先ほどまでなかったバラ?かなにか花びらの刺青が彫られてあった。
「なんだこれ?ま、まぁいっか!いやあ…悪かったな邪魔してそれじゃあ俺はこれで…」
その場に留まるのはまずいと思った俺はクラウス殿と呼ばれた人の上から降りて木々の生い茂る森の方へと歩き出す。こういった厄介ごとにはあまり首を突っ込まない方が良いに決まっているのだ。そう姪っ子も言っていた。
「……待て」
返事はせず、顔だけ動かして背後を見る。
そこには剣を地面から抜き取り、力なく立つ女騎士の姿があった。
「なぜ誓いに対する返答の破棄を断った?」
「え?」
「それになんだ貴様は?突然現れたと思ったら私の…乙女の告白を踏みにじりるような真似をしてそのまま立ち去ろうと言うのか!?」
「え!?」
「良いか!?私がどんな思いでここに立ち思いを告げたか貴様にはわからんだろうが私は!!」
「ま、待ってくれ!何が何だかさっぱり…」
「問答無用…ここで死んでもらう…」
一歩、また一歩と彼女の足が前に出ると、その鎧からガチャリと音がなり俺に危機感を与えてくれる。なぜこんなことになったのかさっぱりわからないが、とにかく今は逃げるのが正解だ。
むこうは剣に鎧とフル装備だが、こちらは生身の高校生なのだ。正面切って戦えるとは到底思えない。森へ入れば向こうの方が動きにくい分いくらか逃げ切れる可能性が上がるだろう。
走り出した俺は後ろを振り返ることなく暗い森へと入った。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ハァ…ハァ……っ」
あれからもうどれだけ走っただろうか…サッカー部の幽霊部員にしてはかなり頑張った方でないだろうか?自分でも足場の悪い森をこれだけ走ってもまだ走り続けられていることに驚いたが、それ以上に絶望も大きくなってきていた。
後ろを追ってきている例の女の位置は彼女が切り倒した木の音なんかで判断していたのだが、その距離が少しずつ縮まってきているのだ。
「せめて人のいる場所に…でもどっちに行けば良いんだ……」
ここがどこなのか、そもそも自分が住んでいた国かもわからない状況で森に入ったのは良い判断とは言えなかった。しかし、あの状況で他に逃げる場所はなかったのだから今後悔しても仕方がない。
「とにかく走らないと…」
「そうじゃの、そのまままっすぐ走り続けろゼンノスケ」
「……は?」
突如として、森中にこだました声は明らかに俺に対してのものだった。
「だ、誰だ!?」
「今そのようなことはどうだって良いであろう、とにかく足を動かして前へ進め」
やけに上から目線だなと思いながらもこの声に従うしか道はない俺は動く足のスピードをまた上げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
……今までの状況を簡単に説明するとこんな感じだろう。端折った部分もあるが目の前に女騎士が迫った状態でこれ以上他のことを考えるなんて不可能だった。
白い鎧を身に纏った美女は尻餅をついた俺の足元に立つと、その手に握った剣を片手で頭上に構えてそのまま振り下ろした。
なにが起きたのか…もう最初から分かってはいないのだが、もう一度言っておく。なにが起きたのか分からなかった。彼女が剣を振り下ろしその切っ先が地面に触れたと思った瞬間、目の前が真っ暗になり次に前が見えたと思った時には俺は宙に浮いておりその後すぐに地面と接触、腕や足がわけのわからない方向へとぐにゃぐにゃ曲がる光景をスローモーションの世界で眺めていた。
ぐちゃぐちゃになりながらも回転が止まり、次に身体中に激痛が走る。もはや叫び声を上げることすら叶わないその痛みに俺は口を大きく開けて息を吸い続けることしかできなかった。
が、不思議とこの時俺は自分がこの怪我によって命を落とすとは思えなかった。痛みを堪えながら目だけを動かしあたりを見渡すと、木々が倒れ、地面が割れ爆心地とも言える彼女の周りにはなにも残っていないことがうかがえた。どんな威力だよと思いながらも腕を動かし……
……「あれ?」腕が動く?
バッと上体を起こし、自分の体を見る。さっきのが見間違いでなければ確かに腕や足が折れ曲がって自力で動かせるはずがない。しかし腕や足はふつうにひっついているしなんなら体のどこにもかすり傷のひとつさえ無い。……服はボロボロだが……
驚き身体中をペタペタと触っていると、自分以外にもう一人その光景に驚愕している者がいることに気がつく。先ほどまで俺を殺そうとしていた彼女だ。
「な、なぜだ…確かに今貴様は粉々に消し飛んだはず…」
明らかな困惑の表情を浮かべて俺に近づいた彼女はなにかを確かめるように、予備動作なしで俺の首を…
「…え?」
俺が見た光景はとても受け付け難い、気持ちの悪いものだった。
上下逆さま…宙に舞っているのだと分かった俺の視界には、剣を振り払った女騎士と先ほどと変わらず地べたに尻餅をついた間抜けな顔をした俺がいた。
「あれ?」
そして、また一瞬暗くなったと思ったら何事もなかったかのように目の前の女騎士が視界に映る。自分の頬を撫でて確かめながら、俺は右側に転がった物体を見た。
「…俺の頭だ…」
寒気が襲う。
そこには自分と同じ顔をした頭部が地面に転がっていたのだ。
「再生と蘇生の同時発動?あり得ない……」
女騎士がなにか言っているが俺に今は分からなかった。
「きししっ…性能はまずまずのようだなゼンノスケ」
なにかを面白がるような少女の声が聞こえたと思った瞬間、目の前になにかが飛来し女騎士の上へと凄まじい衝撃とともに着地した。
揺れと風が止み、舞った土煙が落ち着いた時目の前で起きたことの答えがわかった。
「ほら立て、時間はないぞ」
地面にめり込んだ女騎士を素足で踏みつけながら笑う少女の声の位置は低い。それもそのはずで羽織っていたマントが無くなりその華奢な裸体を晒す体には首から上がなかったのだ。ではどこから声がするのかといえば、それはその手の先…まるで手提げ袋を下げているのかと思うほど乱暴に髪をぶら下げ、ブラブラと揺れる頭部がそこにはあった。なにも気にすることなくケラケラと邪悪な笑みを浮かべて少女は俺に言った。
「勇者どもを残らず殺しに行くぞ」