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06 上下スウェット姿の冒険者が来店(防犯カメラ稼働中)

 結局『乃愛が吹きたければ好きにして構わない』という住人達の総意に対して、「外で吹けるときだけはご自由に」と渋々ながら了承した聖隆が、次の話題に移行する。


「ここから先の話についてですが、あまり楽しい内容ではありませんので、それでも聞きたい人だけ挙手してください」


 すると静香と雅人、大家と篤志の四人が手を挙げ、他の住人達は聖隆に付き添われて自室に戻り、合図があるまでは食材チェックと浴室の片付けなどをやっておくことになった。

 退出する面々に手を振り、残った雅人が「それにしても――」と切り出す。


「こんなに突然、ちょっと手を洗う水にも苦労することになるなんて……」

「自然災害と違って、復旧工事でどうにかなるもんじゃないから厄介だねえ」

「水は魔法――いや、魔術でどうにかするんだろう! 楽しみだね!!」

「どうにかなんのかね……つーか、風呂の分担とかまだ決めてねえよな?」


 篤志の言葉に、残る三人が『あ』の形に口を開けた。

 やはり、考えるべきことが多すぎる――

 浮かれていた静香も真剣な表情になって言う。


「男風呂と女風呂に分けるか混浴か……それが問題だな」

「いや分けるだろ普通!? 見られたいのかよ?」

(やぶさ)かではないが、非モテメンズには刺激が強すぎるかもしれないな」

「俺をマー坊と一緒くたにすんなよオタ女!!」

「その辺はアタシが決めとくよ。どうせこんなくだらない話で、無駄に時間ばかり使うだろうからね」

「……俺もそれがいいと思います」


 雅人は突き刺さったエア包丁をエア抜きしながら、大家の意見に同意した。


 やがて聖隆が部屋に戻り、異世界の危険についての講義が始まる。

 平和な日本のアパートで暮らしていた住人達四名は、魔族と呼ばれる人類の敵性存在について知ることになった。


「普通の獣と『魔獣』ってのに変化した獣がいて、人間だけを襲うのは後者だが、普通の獣の中にもそれなりに獰猛な奴がいるってことでいいんだね?」

「はい。それら以外にも人型の魔族も存在します。数は少ないのですが、脅威度は魔獣とは比べ物になりません。ですが、みなさんはここにいる限り安全です」

「そんなに強いのかよ? 魔族ってのは」

「魔族の脅威度に対応できるランクの冒険者がいれば安全ですが、一番脅威度が低いランクE相当でも、一般人なら殺されてしまうぐらいの力はあります」


 そんな会話を聞いて雅人が表情を曇らせる横で、格闘家の篤志も口を真一文字に結んで黙り込んでしまった。

 一方の静香は表情こそ深刻だが、好奇心が勝っているのか、舌は滑らかだ。


「我々は一週間後に戻れるとして、再度転移するタイミングで住人がこのアパートの外にいた場合、その人はどうなるのかな?」

「おそらく、存在が消えてしまいますね。建物を立体的に囲んだフィールドだけが地球から転移してきたと見做されるので、フィールドの外にあるものは――」

「『どちらの世界にも元々存在しない』と認識されてしまうんだね」

「あの……僕の説明、必要ですかね?」

「いやいや聖隆氏。仮定が事実となる瞬間は……なんというかこう、性的興奮にも似た快感があってだね……」

「水を得た魚のような変態が居合わせてすまなかったね……聖隆さん」

「いえ、僕も理解がスムーズだと助かりますので」


 少しずつ何かを理解し始めた聖隆の右手を変態が両手でガッチリ握り締め、ぶんぶんと上下に振ってから、さらに危険球を投げた。


「粘膜接触はどうなんだろうか? 感染症もだが、生殖行為は?」

「そこの変態はこの部屋から出ていくかい? 子供もいるんだよ」

「いやいや、むしろ雅人君こそ知っておくべきだ。異世界女性の誘惑に非モテ男子などイチコロだろう?」

「刺した包丁でグリグリやるのはやめてください美邑さん。それに俺、結構モテるんですよ? 遊ぶ時間がないから断ってるだけだし」

「なんだとっ!? 嘘吐くんじゃねえこの裏切り者っ!!」

「なんで陣内さんが怒ってるんですか……」

「彼は非モテ道の探求者だからだよ、雅人君」

「んなもん探求するかっ! てめえ、このオタ女! 表へ出やがれ!!」

「まさか勝てるとでも? 私は真剣を持っている。そして躊躇(ちゅうちょ)なく使う」

「少しは躊躇(ためら)ってください……」


 ツッコミ疲れか、雅人はげんなりした表情だ。

 意味不明な動機から殺人事件に発展しそうな馬鹿二人を、大家が叱咤する。


「アンタ達! さっきの話をもう忘れたのかい? 誰も死んじゃいけないんだよ。どうしても死にたいなら、アタシが日本で引導を渡してやるよ!!」

「ふむ。そうだな……話題が逸れてしまった。セックスの話だったな」

「いえ、俺のモテモテ伝説の――」

「詳しい理由は省略しますが、我々にとって感染症は大した問題ではありません。ですが、みなさんへの感染は防げませんので、この世界の人間との過度の接触は控えてもらいます。住人同士は自己責任ですのでご自由に」

「聖隆さんまで俺の話はスルーですか!?」

「いや雅人君、僕は別にそういうつもりでは……」

「つってもなあ……」

「嘘だろう?」

「だね」

「お、覚えてろよっ! 日本に戻ったらモテモテっぷりを見せ付けてやる!!」


 雅人が雛壇芸人のように立ち上がって、小悪党の捨て台詞にしか聞こえない抗議をしていると、他の部屋から甲高い悲鳴が上がり、同時に遠くから地鳴りのような音が近付いてくる――


「今の声は……」

「上だ。紗苗嬢だろう」

「もう来たのか……予想より早いな」


 聖隆の言葉に窓の外へ視線を移す雅人。その視線の遠方からは、動物らしき集団がこちらに向かってきている。地鳴りに併せて体感できるほどの振動も加わった。


「あれは――魔族ってやつですか?」

「魔獣の群れだね。あれは『ワイルドハント』と呼ばれる現象で、比較的小規模なものだ」

「小規模って言うには、数が多すぎねえか?」


 篤志が真顔になるのも当然だろう。

 こちらに向かってくるのは十やそこらではない。百に迫るほどの魔獣なのだ。


「すみません。僕が言ったのは『相手の脅威度が低い』という意味です」

「『スタンピード』ではなく『ワイルドハント』と表現する理由は?」

「『偶発的暴走』ではないからです。何故なら――」

「呑気に喋ってていいのかい!? こっちに向かってきてるじゃないか」


 さすがの大家も、この状況では動揺を隠せない。

 この建物まで到達するのも時間の問題だろう。


「そうですね。僕が行くしかないみたいなので、ちょっと行ってきます。みなさんはドアに鍵をかけて、絶対に部屋から出ないようにしてください」


 そう告げた聖隆は、『近所のコンビニに行ってくる』ぐらいの何気ない所作で、部屋から出ていく。

 他の三人が呆然とその後姿を見送っている中で、静香だけは聖隆の言葉に違和感があるのか、腕組みして首を傾げていた。

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