30 これならこっそり舐められないから(そんな理由!?)
辺りに日が差し始めた早朝。男が文字の書かれた板を拾い上げる。
何故そんなものが気になったのか?
その板には毛筆の日本語で、こう書かれていたのだ。
【タダ飯食ったんだから礼ぐらい言え!!】
「バレてやがったか……洗って返しときゃよかったな」
そのランクS冒険者はバツが悪そうに頭を掻くと、いずれ文字が消えるであろう板切れを残し、その場を立ち去った――
§
「ヨシエサマ! オレ、アニキと二人で立派に更生してみせるよ!!」
「なんて言ってんのか分からないけど、『様』はいらないよ」
「ヨッシー! 俺も刑期を終えるまで、ちゃんと芋の研究するぜ!!」
「なんて言ってんのか分からないけど、くだけすぎだろ、このバカは……」
昨晩は深夜まで大家の説教――ではなく盗賊との対話が続いた。
直接言葉が通じなくとも、大家が伝えたいことは馬鹿二人にもちゃんと伝わったようで、男達も昨日と比べてスッキリした表情になっている。
その変化を見て、雅人が不思議そうに尋ねる。
「大家さん、何の話をしたんですか?」
「『屋台の石焼き芋屋でもやりな』って言っただけだよ」
「なるほど……確かに現地食材で甘い芋もありましたね」
「少し我慢すれば、ちゃんと結果が出るやり方が合ってるんだよ、こういう臆病な連中には」
一晩付き合わされた聖隆も、「犯罪者に対してそういう提案をする人は珍しい」と、感心している。
問題は犯罪歴だが、二人の自供を信じるならば、これまでは空き巣や万引きなどの窃盗が中心で、交戦状態になったのは今回が初めてのようだ。
アパート側の実害は、静香の『倒れただけで終わるフィギュア』ぐらいなので、誰も気にしていない。
「マー坊はいいのかい? 一歩間違えりゃ死んでたかもしれないんだ」
「切り傷ぐらいなら治せるって聞いてたし、わりと平気だったんですよ。陣内さんとレオノーレのおかげかも。それに、俺も祐には負けてられないし」
「まったく……男ってのは、どうしてそうカッコ付けたがるのかねえ」
日時計が『Ⅶ』に差し掛かるころ、到着した冒険者と警察隊が盗賊達を馬車に乗せる。
「あ、アリガトウ、ヨッシー!!」
「ガンバリマス!!」
「他人に迷惑をかけなくても生きていけるんだからな!!」
拘束されているため手は振れないが、目を潤ませて声を張る馬鹿二人に、聖隆が大家の言葉を伝える。
だが――その背後を見て盗賊達が悲鳴を上げた。
一つ目妖怪のお面を装着した静香が立っていたのだ。
「ひぃぃぃぃっ!! 早く、早く馬車を!!」
「アニキ、オレ、二度と盗みなんかしないよっ!!」
大騒ぎで遠ざかる馬車を見つめる大家に、妖怪が呟く。
「やはり私達は悪人を訓戒するには最適だな、ヨッシー?」
「誰が『私達』だ!!」
そんな寸劇を眺めていたレオノーレが、浮かない表情で聖隆に向けて呟く。
「私のやり方だと、こんな結果にはならない……」
「気にするな。人それぞれのやり方がある。日本にも『年の功』という言葉があってね。人生を積み重ねてようやく得るものもあるんだよ」
「トシノコウ……」
「私を見る目も変わっただろう?」
ヴィスティードの言語で会話する二人に、平然と紛れ込む一つ目妖怪。
するとレオノーレは左右に首を振り「ノー」と呟き、とぼとぼと歩いていく。
「なんだ? 随分元気がないな」
「まだ十七歳ですよ。『悪即殺が正しいとは限らない』という葛藤は、あって然るべきじゃないですか?」
「彼女が躊躇ったからウチの雅人君が頑張ったんだ。『戦っているのは自分一人ではない』と思える機会も、大事だと思うぞ?」
「……マトモなことも言えるんですね」
「聖隆氏は失敬だな!!」
そう言ってから一つ目妖怪が瞼をパチパチと動かしたので、聖隆が笑う。
「本当に、楽しい人ですね」
「さて、私は風呂の準備だ。入るときには聖隆氏も呼ぼうか?」
「遠慮しておきます」
いつもの表情に戻った聖隆に背を向けてひらひらと手を振りながら、色気の欠片もない一つ目妖怪がアパートへ戻っていく。
そして、日時計の影が『Ⅸ』を過ぎたころ――
まだ全員が入浴を終えていないタイミングで、賑やかな集団が薄雪荘を訪れた。
総勢九名の団体には、メリンダとイスクラも含まれている。
二台の馬車の片方には、布団のようなものに包まれた荷物が載せられていた。
早々に入浴を終えた雅人が聖隆と一緒にその一団を出迎えると、一人の中年男性を伴った女性が近付いてくる。雅人は初対面のメリンダだ。
「あれが突然転移のアパートですね」
「斬新な表現しないでください。そちらの方は?」
「彼は元冒険者のミュージシャンで、日本からの転生者です。日本のみなさんとの打ち合わせが、よりスムーズになるかと思いまして」
「ああ、それは助かりますね。はじめまして、僕は矢上聖隆。元日本人です」
「はじめまして、私は渡辺嶺二です。おおよそのところは聞いています。そちらの少年も、巻き込まれた住人のようですね」
聖隆と挨拶をすませた渡辺は、異世界人が集団でやってきたため緊張の面持ちの雅人に、日本語で話しかける。
「はじめまして、私は元日本人の渡辺といいます。大変だったね」
「あ、日本人さんですか? 鹿生雅人といいます。はじめまして」
「そう。『日本人さん』だ。私は【カルペ・ディエム】という名前の楽団をやっているので、ここに連れてきてもらったんだよ」
「俺は音楽はからっきしですけど、よろしくお願いします」
するとメリンダが雅人に歩み寄り、吐息がかかる距離で唇を開く。
「アナタ、トウゾク、ヤッツケタ?」
「え? えーっと……オンリーサプライズほんのリトル」
レオノーレのように見た目が欧米人だったので、謎の英語を繰り出す雅人。
相手はにっこり笑って「スゴイデスネ」と言ってから、手を差し出した。
「この人はメリンダ・コーディー。元冒険者で今は妊婦さんだ」
「妊婦さんですか!? 『わざわざありがとうございます』と伝えてください」
「それは英語で言えるだろ……」と呆れる聖隆。緊張でテンパったままの雅人の手を握り、ぶんぶん振っているメリンダは笑顔だ。
そこに賢也が合流し、聖隆とメリンダ、そしてイスクラの魔術によって会議用のスペースが手早くセッティングされ、元日本人の渡辺と他のミュージシャンを混じえての打ち合わせが始まった。
「メリンダさんもミュージシャンなんですか?」
「いや、彼女は主催者だ。演奏はしない」
「ん?」
「イスクラは向こうで待機してくれ。話がややこしくなる」
「んー」
不満顔で用意された椅子に腰掛けるイスクラ。
大家も出てきて昼食についての話などを進めていると、紗苗の元気な声が響く。
「イスクラちゃーん!! 元気だったー?」
「ん!」
「昨日会ったばかりでしょ……」
乃愛もやってきた。すると会議中のテーブルから、賢也が声をかける。
「乃愛ちゃん、ちょっと来てくれるかな」
「……嫌」
この状況だ。なんの話かは容易に想像が付くのだろう。
雅人に背中を押されて渋々席に着いた乃愛の前に、ある楽器が置かれる。
それは袋から小さなパイプが幾つも突き出した、独特の形状をしていた。
「この世界にもほぼ同じ構造のものがあると聞いて、持ってきてもらったんだ」
「そんなこと言われても……私は演奏家じゃないし」
「まあまあ、そう言わずに。俺は初めて見るからどんな楽器か教えて欲しい」
雅人に促され、渋面の乃愛は異世界のノーサンブリアン・スモールパイプスを手にすると、右脇に挟んだ鞴で左側の袋に空気を送り込む。
音が出ると、雅人が「そういう楽器なんだ……」と感嘆する。
「まだ何もしてないんだけど……」
「ごめん。なんにも知らなくって。ほんとに変わった楽器だな」
「これってD管?」
「俺も詳しくはないが、そのようだ」
乃愛と賢也のあいだで雅人には分からない暗号が交換されると、一音が鳴りっぱなしだったところにいろんな音階が追加されていく。『ドローン』と呼ばれる横に三本突き出した細い筒を調整しながら、『チャンター』と呼ばれる縦に突き出したメインの筒を操作して音を合わせる乃愛を、他の面々も会議テーブルから興味津々の表情で眺めていた。
「おお……!」
さらに雅人のテンションが上がる。
乃愛が見事にメロディーを演奏し始めたのだ。
同じフレーズの繰り返しだが、ソロで成立する華やかな音楽になっていた。
楽団のメンバーの一人である女性ミュージシャンが殊更に喜んでいるのは、何か思い入れがある楽器なのかもしれない。
その一方で乃愛は、無理矢理付き合わされた感がありありと見て取れる表情で、「もういいでしょ?」と演奏を止めた――




