23 さあて、どうする?(助けてやれよ)
「やっぱ歩きだとダルいっスね、アニキ」
「しょうがねえだろ。馬で近くまで行ったらバレっからな」
「あんな目立つ場所、魔人に見つかったら皆殺しにされるんじゃ……」
「今んとこは近隣に魔族はいねえってよ。信用するしかねえだろ」
「魔王クラスなら遠距離攻撃で皆殺しに――」
「アホか。魔王なんぞ現れたらどこにいようと助からねえ。そんなだからてめえは臆病者のままなんだよ!」
「だ、だけどよアニキ、誰だって死にたくはないだろ?」
「だからこんなチンケなことやってんだろうが!」
男が二人――盗賊だ。
『アニキ』と呼ばれる男は髭面で中肉中背、もう片方は痩せ型で低身長。
仮面の男から依頼を請けた盗賊の仲間だ。
「向こうは騒ぎになって撹乱できりゃそれでいい。町には冒険者がウロウロしてるんだ。あんなもん成功するわけがねえ。俺達が本命と聞いた。こっちは警護人員が手薄らしいからな」
「だ、だけどよアニキ……コソ泥のオレ達が、こんなヤバい橋を渡るほどのお宝があるのかよ?」
「この世界に存在しない技術だらけなんだぜ? 一分でも早く依頼主に渡すだけで大金が貰えるんだよ」
千載一遇のチャンス。広い世界でこんな機会は二度とないだろう。
盗賊にも格付けはあるが、名が広まれば壊滅させられる。そのため徒党を組んでも団名など付けない。離合集散も激しく仲間意識など持たない者ばかりだ。
今回も依頼主によって集められた、ただのゴロツキ集団にすぎない。
「命懸けで斃せる魔族なんざたかがしれてるが、人間相手ならやりようはある」
「こっちに残ったのだってランクCって話だろ。勝てるのか?」
「バカ野郎! 戦うんじゃねえよ。俺が話してるあいだにてめえが盗むだけだって言っただろ? 話す、盗む、帰る――それだけだ。簡単なもんだろ?」
「お、おう、アニキ。オレ、なんかやれそうな気がしてきたよ!」
二人は幸運だったのか不幸だったのか――
もし、レオノーレが外に出ていたなら、不審者の片割れだけが気付かれずに侵入できるはずがない。
「建物の側面方向からとはいえ、向こうには冒険者がいる。これ以上の接近は危険だ。俺が注意を引いてるあいだに、てめえは急いで接近して忍び込め」
「おう、アニキ! 戦闘は怖いけど盗みだけなら任せてくれ!!」
二人は幸運だった――あまりにも弱すぎたのだ。
遥か遠方で、欠伸をしながら一部始終を見ていた冒険者が一人。
まるで盗賊の会話を間近で聞いていたような呆れ顔を、左右に振る。
「まったく……鼠輩ってやつぁ、どうしてこう頭ん中が遠浅なんだろうねえ」
§
アパートの一室では、『幸せ裏拳』の記憶が飛んだ雅人の治癒を済ませたレオノーレが、「人が来る。よくない客人」と告げたため、乃愛が『全員室内待機』の合図として一回だけ、隣室に聞こえる音量でトランペットを吹く。
音量を控えたぶん、長めだ。
その後、三人で耳を澄ませて待つこと数分――――
無人の部屋をノックする音が聞こえた。
アパート正面から見て右端の部屋から総当りのつもりなのか、一〇四号室の次は隣室の一〇三号室、やがて三人がいる一〇二号室のドアが叩かれる。
苛々し始めたのか、徐々に叩き方が荒くなってきた。
「誰かいるかなー? ちょいと助けてもらいたいんだが」
この世界の言語なので、なんと言っているのか雅人と乃愛には分からない。
するとレオノーレが乃愛に耳打ちして、用意した紙とペンを指し示す。
乃愛はその言葉を紙に書いて雅人に見せ、やや残念そうな表情で雅人もペンを受け取り、筆談に応じた。
【となりが危ないから応対する。二人は窓から顔を出さないように】
【相手は何人?】
【一人。だけど時間稼ぎで仲間がいるって】
立ち上がり玄関に向かったレオノーレの後ろ姿を、緊張の面持ちで見る二人。
いきなり斬りかかれば、間近で殺人現場を見ることになってしまう。
だがレオノーレは、何かを問い掛けている様子だ。
「誰? 悪いけど今は助けてあげられない」
「そんなこと言わずに、ちょっと事情を聞いてくれないか?」
「一人でこんなとこウロウロしてるの? おかしいでしょ」
「仲間が五人ほどいるんだが、人相の悪い奴ばっかりだから離れてもらってる」
「……何に困ってるの?」
ドアを開けずに話し込むレオノーレを見つめながら、二人は筆談を続ける。
【一応マスク用意しとこうか?】
【開けて会話はしないでしょ】
【ドア開けたとき、はあーってやられたら死ぬかも】
【ガスマスクがないと防げないレベル!!】
雅人の発想に呆れながら乃愛が二人ぶんのマスクを用意していると、二階の部屋からけたたましい音が鳴り響いた――
よく聞くと、可愛らしい声で『オニイチャンダイスキ!! イッショニオリョウリシマショ!』と早口で繰り返していたため、雅人と乃愛は半眼で口を横に開いた顔を見合わせる。
もう一人の招かれざる来訪者は、よりによって一番厄介な人物の部屋に侵入したのだ。
【侵入者と一緒に猛烈な勢いでクッキングしてる】
【ある意味ホラーだな。いつの時代のセンスなんだよ、あれ】
雅人と乃愛も、静香がトラップを仕掛けて出かけていたとは知らなかったが、以前にも静香のトラップによる騒音トラブルが発生したことがある。
自作トラップを試しに設置したまま寝オチして忘れ、自分で引っかかったのだ。
深夜、どこからともなく聞こえるシューベルトの『死と乙女』――――
音量よりも、その選曲センスに住人達は恐怖した。
「死神が見えた」「墓場で目が覚めたのかと思った」「もう寝られない」「なんで止めずに聞き入ってるんだよ!」と非難轟々の住人達に、後日静香から入手困難な有名店のシュークリームが配られたことで、ようやく手打ちとなった。
【祐もうれしそうだったなあ。シュークリーム】
【そんな話してる場合じゃないでしょ】
さらに二階から人間が引っ繰り返る音が響く――どうやら物理トラップまで仕掛けて出かけたようだ。
レオノーレも上を見上げていたが、瞬きする間にドアを開けて外に出ると素早く後ろ手で閉めた。
外の男は部屋に入れないとしても、二階では何者かが侵入してトラップに引っかかっている。
「なんか武器になりそうなものってあるかな?」
マスク越しの少し籠もった声。
同じくマスクを着用した乃愛が冷静に答える。
「外に出ちゃダメでしょ。ぐねぐねバンビにゃんに何ができるの?」
「オモチャの名前かよ!? とにかく侵入者はまずい。早く追い出さないと」
「……これじゃダメかな」
そう言った乃愛の手にあるのは、例の黒いスタンガンだ。
リーチがなさすぎる。それでも雅人は一応受け取っておいた。
使えそうな長物の武器が見当たらない中、次に乃愛が両手に持ったのはスプレー缶で、右手は殺虫剤、もう一方は打撲したときに患部を冷却するためのものだ。
急速冷却用で、インドメタシン配合で鎮痛効果があるような医薬品ではない。
「殺虫剤は先週の戦闘でかなり使ったから、残り少ないかも」
「戦闘って。分かるけど」
振ってみると確かに残量が心許ない。乃愛はもう一本の缶を差し出して言う。
「これ、死ぬほど冷えるから死ぬかも」
「たぶん死なないと思う……美邑さんほどじゃなくても、もうちょっと防犯対策を考えたほうがいいぞ?」
「うん……私もそう思った」
そうこうするうちに外から戦闘音が聞こえる。やはりそうなってしまうのだ。
玄関はまだ施錠されていない。雅人は殺虫剤を乃愛に手渡して駆け出す。
「鍵とチェーンを!!」
「ちょっと!?」
背後に飛んだ声を無視して外に飛び出した雅人は、ランクSが監視していることなど知らない――
少し離れた場所で、剣を構えた髭面の男とレオノーレが正対していた。もう一人は、まだ静香の部屋にいるのだろう。
雅人は急ぎ大家の部屋の前に走り、「絶対にドアを開けないでください!!」と大声で警告すると、二階へ駆け上がった。
離れた場所からレオノーレの声が飛んでくる。
「『部屋に戻れ』かな?」
レオノーレを信用していないのではなく、雅人は侵入者の目的を知らないのだ。
もし、室内で火をつけられたら大惨事になる。
住人と聖隆のあいだで『アパートが全焼したらどうなる?』という問答は、既に済ませてある。
聖隆によると、『敷地内にいれば住人達は戻れると思うが、建物は忽然と消えた状態になる可能性が高い』らしい。
そして現在、「火は魔術で消せますから、ご心配なく」と住人達を安心させた聖隆は、不在なのだ。
相手が弱いかどうか、雅人に分かるはずがない。だが、強ければ小細工を弄する必要があるだろうか?
今、ここには聖隆も静香もいない――自らの頭で考えて、判断するしかない。
「まだ出てくるなよ?」
そう呟いた雅人は、急いで自分の部屋に飛び込むと、玄関脇に置いてあったダンボール箱の断片を二枚左脇に挟み、すぐさま外へ出る。
するとタイミングよく隣室のドアが開け放たれ、物理トラップから逃れた男が飛び出してきた。
雅人は咄嗟に右手のスプレーを噴射する――




