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21 誰だって思う(やめといたほうがいいんじゃないかな)

 町の壁門近くにある飲食店。

 そこから遅い朝食を済ませて出てきたのは、ランクA冒険者、クルトだ。

 いつもとは違う雰囲気――そんな町の賑やかな一角に、視線を向けて呟く。


「騒々しいと思ったら、もう到着してたのかよ……」


 この町では珍しいマスク姿の三人と、更に珍しいを通り越した、ガスマスク姿で刀を持った異様な人物が一人。そんな集団が周辺を見渡しながら、あーだこーだと大きな声で会話している。

 さらに言語は日本語という異例づくしの出来事に、町の住人は遠巻きに、冒険者は近付いて眺めていた。

 クルトは冒険者の集団の中に、懐妊のため引退を表明した女性の姿を発見する。


「メリンダ、まだこの町にいたのか」

「おや、クルトさんではありませんか。何やら面白い集団が来訪すると聞いたものですから、東の国への移動日程を変更したのです」

「身体のほうはいいのか?」

「まだ戦えるぐらいなのですが、連れに止められまして。引退しました」


 あっさり言うと、掌を上にして隣の女性を指し示す。

 隣にいるのはイスクラ・ノスコーヴァ。ランクB冒険者で彼女も転生者、つまり『天人』だ。メリンダを慕っており、二人で活動していた。

 元ランクA冒険者のメリンダ・コーディーは、何故か女性ファンが多い不思議な人物だが、クルトは密かに思いを寄せていた。

 ところが彼だけでなくイスクラですら知らないあいだに妊娠しており、さらには相手の男が行方不明だという。

 命の軽い世界での行方不明――それは、責任逃れの逃亡とは限らない。

 クルトも相手については何も訊いていない。


「とにかく、無理すんなよ? 【絢爛剣戯(けんらんけんぎ)】も、もう一人の身体じゃねえんだ」

「ありがとうございます。クルトさんは、見た目に反していつも優しいですね」

「ひと言余計なんだよ!」


 ランクAに昇格した冒険者には、ギルドから二つ名が与えられる。

 【絢爛剣戯(けんらんけんぎ)】はメリンダに与えられた二つ名だが、引退を表明してしまえば徐々にそう呼ぶ者も少なくなっていく。

 メリンダも天人であり、十四歳で転生して現在は二十一歳。

 ヴィスティード人ならば十年どころか二十年かかっても珍しくないランクAに、たった六年で昇格した人物の才能を惜しむ声は多い。


 軽口を交わしあった二人は、奇妙な集団に視線を戻す。

 ガスマスク女は刀まで持っているため、殊更異様だ。


「あの変な仮面の女が、なんかお前さんに似てるんだよ……雰囲気っつーかなんつーか」

「あれは地球のガスマスクですね。武装していますが、あの方々は転生者とは違うと聞いたのですが?」

「ああ。転生者じゃなくて転移者だ。だから聖隆には脅してでも町には来させるなって言っておいたんだがな……」

「聖隆君ですか。彼は優しそうですから――なるほど、日本人なのですね」

「そうらしい。俺は地球ことはよく分かんねえが、地域によってかなり言葉が違うんだろ? なんかバベルの塔がどうのって言ってたが……」

「はい、私も日本語はさっぱりなのです。残念ですね……お話が聞けたら面白そうでしたのに」

「いや、あの仮面の女はノーレのやつと会話してたから、通じる言葉もあるみたいだぜ?」

「レオノーレですか? それなら英語が通じるのですね! 町に残った甲斐があるというものです!!」


 何やら興奮し始めたメリンダに、確信を深めたクルトが言う。


「やっぱ似てるな。お前さんとあの仮面女」


 自分達を取り巻く冒険者の中にクルトの姿を見付けた静香が、聞こえにくい声で呼びかける。


「やあ、クルト氏ではないか! また会えて嬉しいよ!!」

「静香さん……日本語で話しかけても分かりませんよ?」


 隣で聖隆がいつもの表情で指摘しても、仮面女は気にせずぶんぶんと手を振っている。

 そして聖隆の服を引っ張り、買い物を強請(ねだ)る子供のように言う。


「彼も同行してもらえないかなあ。そのほうが安心安全だろう?」

「一応訊いてみますけど、クルトさんも忙しい人ですから」


 目を閉じて諦念(ていねん)顔の聖隆がクルトに近付いて尋ねる。


「『観光に付き合わないか?』って言ってますけど、無理なら断ってください」

「緊急招集がかからない限りは別に構わないぜ? 今んとこは魔族に大きな動きはねえからな」

「助かります。僕一人では、もう、どうしていいやら――」

「彼女は英語を話せるのですか?」


 そこでメリンダが会話に割って入った。そういうところも誰かに似ている。


「ああ、メリンダさん。まだ町にいらっしゃったんですね」

(かしこ)まらなくてもいいですよ聖隆君。こんな面白い事件を見ずに立ち去るなんて、勿体ないではありませんか」

「面白いかは別として、二度とない出来事かもしれませんね。質問の答えですが、あのガスマスクの女性とギターを持った男性は、英語を話せます」

「でしたら、私もその観光とやらに同行しても構わないでしょうか?」

「お身体に差し障りなければ、こちらは歓迎しますよ」


 そう言って振り返ろうとした聖隆の肩口に、ガスマスクがいた。

 ほんの数日前に出会ったばかりの人物なのに、まるで旧友をからかうように身体をくっ付けたまま問いかける。


「そこの美しい女性は、聖隆氏の『いい人』なのかな? かな?」

「違います。そして当たってますから。こちらはメリンダさん。元ランクA冒険者です」

「ふむ。『元』というのもあるのか……引退したのかな?」

「そうです。彼女は英語が話せますが、妊婦さんですから無理をさせないように、くれぐれもお願いします」

「私が異世界の人達に、無理をさせたことなどあるだろうか?」

「あるから言ってるんですよ……」


 ギルドからの依頼ではなくプライベート参加になるが、ランクA以上の冒険者は状況に応じた裁量による行動が許可されている。

 静香はそれを知った上で、クルトの同行を求めたのだ。

 元ランクAのメリンダもいるのだから、さらに安全性と自由度は向上する。


 静香、紗苗、賢也ら三名の観光案内と警護をクルト達に依願した聖隆は、篤志とともに冒険者ギルドへ向かうことになった。


「クルトさん、要注意人物は一人ではありませんので気を付けてください」

「マジかよ? 問題児ばかり住んでたんだな……あのアパート」

「こちらは三人で警護できますから、ご安心なさってください」

「お願いします。くれぐれも、メリンダさんは無茶しないでくださいね。イスクラも、よろしく頼む」

「ん」


 それまで口を挟むことのなかった女性は、ひと言だけ返答した。

 興味津々で取り囲む冒険者達をクルトが追い払い、広大な町での合流は昼を過ぎてから遅めの昼食時に集合となったが、既に日は高くなりつつある。

 残された自由時間は、そう多くはない。

 意気揚々と去っていく篤志の後ろ姿を見つめて、紗苗がぽつりと(こぼ)す。


「あのバカ、生きて戻ってこられるかなー」

「彼は死んでも本望かもしれないぞ」

「あのバカは死んでもいいけど、静香ちゃんは一緒に帰るからねー?」

「紗苗、そう言ってやるな。彼も悩みを抱えているんだろう」

「賢ちゃん優しすぎー」


 そう言って賢也に抱き付く紗苗。


 そんなバカップル達を含む一団を、散り散りになった群衆に紛れて監視していた男が数人――この世界では『盗賊』と呼ばれる無法者だ。


 建物が密集した一角。その路地の奥にある、空き家の暗い部屋に集まる男達。

 冒険者をやる勇気もなければ、生産者でいられるほど根気強くもない。

 『半端者』と(そし)られ窃盗や強盗を生業(なりわい)にして、低いところに流れ落ちていくだけの人生を送る者は、異世界にも存在するのだ。

 そんな半端者を使い捨てる富裕層の悪党も、地球と同様に存在する――


「くれぐれも連れ去る相手を間違えるな。我々は金を渡すだけだ。貴様らを守りも助けもしない」

「分かってるよ。てめえらだって俺達がいなきゃ悪さできねえんだ。お互い様だろうが」

「貴様らはいくらでも替わりが利く。我々とは違う」

「はいはい、お偉いこって。もういいだろ? 帰れよ」


 顔半分を隠す仮面を着けた痩身の男は無言で空き家を出ると、外に立つ見張りの男と言葉を交わしてから、現在の仮面を瞬時に別の仮面に交換し、着けていたものを男に手渡して去っていった。

 身に着けていた物は、魔術を用いたDNA鑑定のような方法で真贋(しんがん)を調べられるため、その仮面が次の密会時に照合用アイテムとなる。盗賊に悪用されても「盗まれた」で済む。


「ムカつく野郎だぜ。金さえ受け取っちまえば――」

「アホか。俺らが勝てる相手なんぞ寄越すかよ」

「それにしても……じっくり見たら視線でバレるって、冒険者がいるってのは厄介なもんなんだな」

「ランクAとBがいるんだ……殺気向けただけで瞬殺されちまうぜ?」

「単独で離れたときを狙えばいい。上手くいけば一生もんの金が手に入る」

「未遂でも、捕まったらゴミみたいに処分されちまうんだろ……」

「ちゃんと言い訳も用意してる。別働隊もいるんだ、抜かりはねえよ」

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