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11 異世界でも必要です今なら教材一式で(箱のまま押入れに)

 浴槽に水を残していた住人は、それを使って清掃して普段と同じように排水。

 水が必要な住人には、クルトが運んできた巨大な氷塊を溶かして浴槽にたっぷりの水を張り、以降の給水は地下水を使う。


 聖隆は数カ所の地面に手を当てたあと、ある場所に魔術で鉄杭を打ち込んで地中深くまで穴を穿(うが)つ。

 吹き出ようとする水も魔術で押し戻しながら、事前に組み立てたパイプを突き立て、パイプの上に金属製の給水ユニットを乗せると、ユニット下部にある四箇所の穴に杭を打ち込んで固定した。

 『歩く好奇心』と化した静香は、水を扱う作業なのにまったく濡れていない聖隆に、感嘆しながら問いかける。


「土の地面に杭を打ち込んだぐらいで固定できるものなのか?」

「その一帯の土を硬質化させているんですよ。ここはコンクリート程度の硬さにしています」


 静香が給水ユニット付近の地面を木の棒で叩いてみると、地面に吸収されない音がコンコンと響く――確かに土の硬さではないようだ。


「それにしても……『地球の産業革命前ぐらいの文化水準』と聞いたが、乗り物と電力と通信以外の分野は、かなり発達しているんだな」

「魔術の使用がベースにありますし、個人でこなせる仕事量の違いは大きいです。ただ、世界のバランスを取っているのは人類ではありませんので、それ故に難しい部分もあります」

「なるほど――魔族もこの世界の一部ということだな」


 静香が人差し指を立て、唇に当ててから言う。


「詳しい話は他の住人達には秘密で構わない。我々は一週間で消え去る存在だ」

「そうですね。なるべく他のみなさんには内緒にしておいてください」

「やはり魔王みたいなのがいるのかな?」

「もっと厄介なのが、その上位にいます」

「人類には抗う術がない――と?」

「勝つのは……残念ながら、難しいでしょうね」

「誰が誰に勝つんですか?」


 雅人は二人から『間が悪い少年』と認定された。

 聖隆がすっかり定着した困り顔になっていると、作業中のレオノーレを指差した静香が、身振りを混じえながら日本語で言った。


「あのおっぱいは乃愛ちゃんに勝るとも劣らないという話だ」


 またセンサーに反応したレオノーレが、頭から煙を出しながらこちらに駆け寄ってくる。


「雅人君! 日本語の分からない彼女が何やら(いきどお)っている様子だぞ?」

「俺を巻き込まないで!!」

「二人とも排水槽に蹴り込まれたいの?」


 静香の背後から現れたのは乃愛だ。


「いや、見てたなら分かるだろ!? 俺は無実だ冤罪だ!!」

「私達は『排水槽に落ちるときは一緒に』と誓い合った仲じゃないか雅人君!」

「いつどこでどんな理由で誓い合うんですかそれ!?」


 そして駆け付けたレオノーレに英語で乃愛の隣に並ぶように伝えた静香は、打ち震える乃愛を気にせず「いい勝負だな、うん」と言ったあと、二人に殴られた。


「なんなの聖隆! あの人はっ!!」

「間違って地球で生まれた人だ。ノーレも苛々してたら一週間もたないぞ?」

「なんで私も残ることになってるのよ!? 作業終わったら帰るからね!」

「まあまあ、そう言わずに。僕一人で彼等全員を監視するのは大変なんだよ」

「外は危険だって伝えたんでしょ? のこのこ出歩く馬鹿は――いるわね」


 二人の視線の先では、馬鹿がクルトに伝わらない言語で話しかけていた。

 子供よりタチが悪い――正しく理解した上で誤った運用をするタイプだ。

 聖隆とレオノーレは額に手を当て、重い息を吐いた。



§



 それぞれのやるべき作業を終え、あらためて集合してからお互いの紹介を済ませると、日が暮れる前に夕食の準備に取り掛かる。

 夜になれば電灯のない漆黒の闇に沈むのだ。

 地球と同じように月があり星も瞬く世界だが、闇の中を徘徊するのは地球上に存在しない化け物だ。その驚異を目の当たりにしている住人達は、各々が抱く不安を払拭するために明るく振る舞っているのかもしれない。


「やはり町に行っては駄目だろうか? せめて見るだけでも」


 ――約一名を除いて。


「ダメに決まってるでしょ! ちょっとしたことで簡単に死ぬのよ?」

「そこをなんとか。少しぐらい見せてくれてもいいだろう? 減るものでもなかろうに」

「私この人苦手!!」

「む。異世界の少女に面と向かって『この人嫌い!!』宣言されてしまったぞ」

「そこは全員同情するだろうよ」


 大家の言葉にうんうんと頷く住人達。静香の発した日本語を聖隆に通訳してもらったレオノーレは、口をぱくぱくさせている。

 辛辣な言葉にも静香は動じず、「翻訳ジョークは難しいものだな……」と(うそぶ)いてみせる。

 そして、問題児は一人とは限らないのだ。


「俺もこの世界の一般人がどんなもんか、戦ってみてえなあ」

「アンタじゃ子供にも負けるだろうさ」

「んだとババア!? よっしゃ、俺も町に行ってやるからな!!」

「いや、ほんとに危ないですよ陣内さん……」

「マー坊、お前も男ならここにいる化け物じゃなく、普通の人間がどんなもんかは興味ぐらいあんだろうよ?」

「ないですよっ!?」

「それじゃ行くという方向で、前向きに」

「後ろを向いてくだい美邑さん!!」


 聖隆が無言で頭を抱えているのを見て、レオノーレも嘆息する。

 すると、まったく理解できない会話を黙って聞いていたクルトが口を開く。


「聖隆、この人達がこっから離れて町に行きたいってんなら、やっぱり言うべきことは言っておいたほうがいいと思うぞ?」

「私も同感。『助かるのは一週間後』であって、それまでに起こる出来事はどうにもならないんだから」

「少なくとも静香さんだけは、それを承知の上で言ってるんですよ」

「マジかよ!? 豪胆というかなんというか……」


 そう言って視線を向けたクルトに、ウインクを飛ばす静香。

 慌てて聖隆に向き直ったクルトが続ける。


「と、とにかく勝手に抜け出すってのだけは避けねえとな。責任問題にもなる」

「はい。できればノーレには残ってもらいたかったんですけどねえ……」

「の、残ればいいんでしょ! なんで私が悪者みたいになってるのよ!!」


 同意を得た聖隆が、日本語で住人達に告げる。


「えーみなさん。レオノーレもこちらに滞在することになりました」

「それはありがたい。一人が周辺警戒しているときに話が聞けるな!」

「休ませてあげましょうよ美邑さん……」


 冒険者の身を案ずる雅人。彼にはどうなるかが容易に想像できるのだろう。


 クルトは聖隆が寝泊まりする祐の部屋で一泊して明朝町に戻るが、レオノーレは今後どこで寝泊まりするのか決めなければならない。


「私は外でいいから。寝室ぐらい自分で作れるし」

「いや、そういうわけにはいかない。私の部屋がいいだろう」


 英語でそう言いながら、喜色を浮かべた静香が両手をわきわきと動かす。

 レオノーレは自らの腕を抱くように、両手をクロスさせながら拒絶する。


「ぜっっったいに嫌! 外で寝るからね!!」

「冗談だ。それなら『乃愛の部屋がいいんじゃないか?』」


 最後の部分だけ日本語で言う静香に、一連の会話内容を理解したようで、乃愛が頷いてから返答した。


「私はおばあちゃんの部屋で寝るつもりだったし、部屋を使ってもいいから」

「いや、アタシは一人で寝るよ。乃愛はこの娘さんと一緒がいいだろうさ」

「えっ!? だって言葉通じないし……それなら静香さんの部屋でも……」


 乃愛の視線の動きから内容を察したのか、レオノーレの真顔がぷるぷると横に振られ、異世界の冒険者を恐怖させる人物の笑顔は保持されたままだ。

 結局、渋々ながら乃愛は自室にレオノーレを迎え入れることになり、レオノーレは(おぞ)ましい何かから逃れることができた――


 食材一つ一つに解説を求める人物のせいもあって、食事を終える頃にはすっかり日が暮れ、聖隆から夜間の注意事項について念を押されたあと、住人達はそれぞれの部屋に戻った。『夜間は危険』との判断から、入浴も禁止されている。


 クルトは聖隆と交互に夜間の周辺警戒を行う。

 「酒でも飲みたいところだな」などと会話しながら、一〇四号室に入った冒険者二名が絶句する――

 そこには顔の下からライトを当てつつ、酒瓶を抱えて待ち受ける人物がいた。


「さあ、『あとで』が始まるぞ? 聖隆氏」

「なあ聖隆……俺も薄々気付いてたんだけどよ……」

「言っちゃ駄目ですよクルトさん! これも冒険者の任務と考えましょう」


 これから何が始まるかは考えるまでもない。早くも悄然とする二人。

 相手が男二人であろうと、平然としているクエスチョンマークの権化。

 『事前に用意した質問を聖隆が異世界言語で書き、クルトが答えを記入した紙を交代した聖隆に読んでもらう。当然聖隆にも別の質問をする』という悪夢のような方法で、静香は二人への質問攻めを続けた。


 そんな夜も更けて――拷問部屋の騒動を余所に、二〇一号室では冴えない中年男がギターケースを開けて黙考している。

 その後ろで背を向けて寝息を立てる紗苗は、暗闇の中、瞳を(すが)めていた――

これにて一日目終了。まだまだ続きます。

読んでくださった方々、ありがとうございます。


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