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少女漫画に恋をして ~元ヤン達の恋愛模様~  作者: 宇都宮かずし
第一章 缶詰と地獄の番犬
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Tomoki Viewer 03

「た、太陽が黄色いッスね……」


 早朝にホテルから連れ立って出てくる、目の下にクマを作った男女……

 色々と誤解されそうなシチュエーションではあるが、二人の間に流れる空気には、そんな色っぽい雰囲気などカケラもない。


「覚えおけ北村――漫画家と編集者にとって、太陽とは常に黄色ものだ」


 原稿の入った茶封筒を小脇に挟んだ雅子さんは、メンソールのタバコに火を点けながら力なく呟いた。


「じゃあ、行くか……」

「うっす……」


 疲労と寝不足で覚束ない足取りのまま、駅へと歩き出すオレ達……


 昨夜、富樫先生を確保したオレ達は、ホテルの一室に先生を缶詰にして原稿を完了させた。

 その際に、通常はアシスタントの仕事である背景やスクリーントーン貼りにベタ塗りといった作業を分担したオレ達。


 当然、二人揃って完全徹夜である。


 そして、とても理不尽な事に元凶たる大先生さまは、今頃ホテルのベッドで泥のように眠っているのに対し、オレ達はこの原稿を印刷所に届けなければならない。

 しかも、そのあとは仮眠を取るヒマもなく通常業務。更にオレは今日、日帰りで出張の予定が入っているのだ。


 なんという、ブラック企業……


 出版社というモノは、どこもこんなモノなのだろうか?

 オレの考えていた華麗な編集者ライフとは、かなりかけ離れ過ぎている気がするぞ……


 そう……そもそも、なんでオレが編集者なんてモノの道を選んだのか?


 子供の頃は活発で、それなり友達も多かったオレ。

 しかし、中学の時に両親が離婚。そこから少しずつグレ始めてしまったオレ。その後は、とても人に褒められる様な生き方ではない学生生活。


 そして、高三の一学期終盤。オレにとって人生の転機とも言える事が起きる。


 歯医者の待合室。親知らずの治療に来ていたオレは、ガラにもなくソワソワと落ち着かずいた。


 ――とにかく何かで気を紛らわせたい。


 そんな心理から、普段は絶対なら手に取らない少女漫画雑誌を手に取ってしまったのだ。

 まあ、他には婦人誌と旅行雑誌くらいしかなかったので、仕方なく手に取ってしまったのだけど。


『たくっ! ヤンジャンくらい、置いておけよな……』


 そんな事を愚痴りながら読み始めた少女漫画に、オレは一気に惹き込まれた。


 胸の締めつけられるようなストーリーと繊細な心理描写。そして、純真な少女達の織り成す恋愛観……

 治療を放っぽり出し家に帰ったオレは、歯の痛みなど忘れて妹が持っていた大量の少女漫画を徹夜で読破。


 朝焼けが始まり、カーテンの隙間から朝日が差し込み始める頃、オレはスッカリその恋愛観の虜になっていた。


『こんな恋愛がしてみたい』と――


 目の下にクマを作り、眠い目を擦りながら学校へと向うオレ。

 バイク通学禁止などというクソみたいな校則により、オレはコッソリ最寄りの駅までバイクで乗り付けて、そこから徒歩で学校を目指していた。


 遅刻確定という時間帯。それでものんびりと歩いている生徒がチラホラと見受けられるあたりは、さすが県下最低ランクの高校である。


 そんな中――

『どうすれば少女漫画みたいな恋愛が出来るだろうか……?』

 数学の宿題をやってない事など異次元の彼方へ葬り去り、そんな事を考えながら歩くオレ。


 斜め前方。馬鹿みたいにスカートを短くし、チラチラと派手なパンツを覗かせながら騒がしく歩く二人組の女子に目を向けた。

 オレもヒトの事は言えんが、遅刻なんて気にも留めずに、大口を開けてバカ笑いをしているケバい化粧の女共……


 ダメだ……


 ウチ学校の生徒じゃあ同級生はおろか後輩達の中にも、あんな恋愛観を持っている奴なんていないだろう。

 そもそも、そういった恋愛観を持っている女性を、どうやって見分けたらいいのか?


 二時限目にあった古文の小テスト中。


 答案を白紙のまま、ない頭を振り絞って出した結論――


『少女漫画を描いている本人達なら、当然少女漫画のような恋愛観を持っているのではないか?』


 いま思えば、子供の発想で世間知らずだったと痛感するような結論。しかし当時のオレは、すぐに少女漫画家と知り合う方法を模索し始めた。


 作家によっては、サイン会や握手会をしている人もいるようだけど、そんな所に足を運んでも星の数ほどもいるファンの一人にしか見られない。

 ならばアシスタントか? しかし、作家とアシスタントは、言わば上司と部下。とても少女漫画のような展開は望めない。


 ならば――――


 と、こんな経緯(いきさつ)で、編集者になったわけだが……


 ホテルの部屋を出る時に横目で見た、ボサボサの髪でベッドへ大の字に横たわり、イビキをかきながら爆睡している富樫先生の姿にオレは――

『この選択は間違いだったのでは……?』

 と、後悔を初めていた。


「ご苦労だったな、二人とも」


 駅の構内に差しかかり、オレが大きなため息を吐きかけたとき、前方に立つ二人組の女性から声をかけられた。


 まるで親子の様にも見える二人。

 その姿を見たオレと雅子さんは、とっさに背筋を伸ばした。


「「おはようございます、編集長」」


 そう、そこに立っていたのは、月刊少女マリン編集部の編集長と副編集長だった。


 向かって左側。タイトな紺のスーツに眼鏡を掛けた、いかにもキャリアウーマンぽい女性が、副編集長の南静香(みなみしずか)さん。

 コンビニでオレが掛けた電話に出たのがこの人だ。ちなみに会話中に出た『スターダスト・コントロール』とは、SD出版編集部の事である。


 そして、こんなスパイ映画のような事をしてるのは、お隣に立つ編集長さまである北都明菜(ほくとあきな)さんの趣味だったりする。

 黒いゴスロリ衣装を纏った、見た目は中学生くらいにしか見えない女性。正確な歳は分からんが、聞いた話だとオレの倍は生きているらいし。


 まさに合法ロリの見本みたいな――


「あだっ!?」


 物凄い勢いで飛んで来た缶コーヒーが、オレの額を直撃する。


「眠気覚ましの差し入れだ、受け取れ。それから北村、お前は考えている事が顔に出やすいから注意しろ」

「サ、サーッ! イエッサーッ!!」


 ニュータイプ並のカンの良さを発揮する編集長へ、背筋を伸ばし敬礼を返すオレ。

 ちなみにマリン編集部内で、編集長の身長と年齢の話題は禁句なのである。


 額の痛みを堪え、直立で立つオレの前まで歩み寄る二人……


「しかし、研修の最終日に富樫先生のお()りとは災難だったわね」

「は、はいぃ……」


 眼鏡越しに見せる副編集長の苦笑いに、引きつった笑みで応えるオレ。


 そう、SD出版に入社したとはいえ、今でまのオレは研修中の身だったのだ。

 しかし、今日からは違うっ! 昨日で研修期間を終えたオレは、今日から正社員! そして今日から、とある作家の専属担当となるのだっ!!


「とはいえ、あの富樫先生から二ヶ月連続で原稿をモギ取って来るとは、たいしたものね」

「ふふん♪ 私の見る目は確かだったろ?」


 副編集長の言葉に、編集長は得意気にその小さな胸をはっ――


「もう一発、食らいたいか?」

「すみませんでしたーっ!!」


 もう一本持っていた缶コーヒーを振り上げる編集長へ、深々と頭を下げるオレ。


 てか、ホントにニュータイプか、この人は……


 ふんっ! と、鼻を鳴らし、編集長はその缶コーヒーを雅子さんへと手渡した。


「ありがとうございます――」


 雅子さんは、そのコーヒーのプルタブを開け、一口だけ口を着ける。


「とはいえ、確かに北村は拾い物でしたね」

「明菜が、富樫先生担当の雅子(チーフ)に付けて研修をさせると言い出した時には、正気を疑いましたけど」


 雅子さんの言葉に続く、編集長を明菜とファーストネームで呼ぶ副編集長の、ため息の混じった言葉。

 何でもこの二人は大学の同期で入社も同期らしく、お互いを明菜、静香とファーストネームで呼び合っている。


 雅子さんと静香さんの言葉に鼻高々の編集長。


 確かに、こんな早くに担当作家を持てるのは、編集長の指示によるスパルタ教育のおかげである。

 それどころか、面接の時に大ポカをやらかしたオレを拾ってくれたのも、この編集長さまなのだ。ホント編集長には、感謝してもしきれない。


「まあ、北村にサーベラスのあだ名を付けた時には、私も驚きましたけどね」


 サーベラス――ローマ神話における冥府の番犬ケルベロスの英名。編集部内でのオレに付いたあだ名……

 何でもこのあだ名は、雅子さんが平の編集者だった頃のあだ名だそうだ。


 しかし――


「この『サーベラス』って、オレが三代目って聞きましたけど、初代って誰なんですか?」


 オレの問いに、雅子さんと副編集長の目が同じ方を向く。

 そう、腰に手を当て、小さなむ――ゴ、ゴホン! 堂々と胸を張る編集長へ……


「え……? 初代は編集長なんですか……?」

「まあな――作家がどこに隠れても必ず見つけ出し、缶詰と言う名の冥府に閉じ込め、原稿を終わらせるまで絶対に逃さない。と、いうところから付いたあだ名だ」


 雅子さんの解説に、これでもかっ! というほど、ふんぞり返る編集長。


 てゆうか、そんな名前をオレに……


「それだけ明菜は、キミを買っているって事だよ、北村くん――いや、三代目サーベラス」


 へ、編集長……


 副編集長の言葉に、そして編集長の思いに胸が熱くなる。


「私もお前には期待してるぞ――」


 雅子さん……


 オレの肩に手を置いて、優しく微笑む雅子さん。


「早く一人前の編集者になって、富樫先生の担当を代わってくれる事をな」


 そ、それは、勘弁して下さい……


 ガックリ肩を落すと同時に、一気にテンションも落ちていく。


「とはいえ、いきなり問題児を任せる訳にいかないからな」

「ええ。もう聞いていると思いますが、北村くんに担当してもらう工藤先生は、今まで原稿を落すどころか一度の遅れもないという優等生よ」


 編集長と副編集長の言葉に、落ちたテンションが今度は一気に上がって行く。


 そう、それっ! そういう人を待ってましたっ!

 工藤先生と言えば、マリンの看板作家の一人で『フラッシュ☆ガールズ』と言う、高校生ダンスチームメンバー達の恋愛物語を描いている先生だ。


 繊細で、胸が締めつけられるような純愛ストーリー。マリン連載作の中でも、オレのイチオシ作品である。

 しかも、工藤先生とはオレと同い年の先生らしい。コレは期待するなと言うのが無理だろう。


「それにキャリアもソコソコ長い。新人編集が、担当の勉強されてもらうには最適だ。しっかり学んで来い」

「はいっ!」


 少しぶっきらぼうに話す雅子さんへ、力強く返事を返すオレ。


 さあ、今日からが、念願だった編集者ライフのスタートだ。


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