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少女漫画に恋をして ~元ヤン達の恋愛模様~  作者: 宇都宮かずし
第十二章 辞表と打ち切り
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Tomoki Viewer 01

 ペン入れ――


 原稿用紙にえんぴつで描いた下書きに、インクや墨汁で本線を入れる事である。

 この時に使われるペンは『つけペン』と呼ばれる、ペン軸にペン先を付け替えるタイプのペンを使用する場合が多い。


 漫画で使われるペン先は、主にGペン、丸ペン、カブラペンの三種類である。

 それぞれに特徴のあるペン先であり、コレらのペンを使い分けながらペン入れをして行くわけだが、少女漫画は線が細く強弱のつけやすい丸ペンを主軸にする作家が多い。


 しかし千歳の場合、背景は丸ペンを使用しているが人物などの主軸は、柔らかなペン先でより強弱のつけやすいGペンを使用している。

 そのあたりで、オレのやり方と似ていたというのが、千歳の漫画を二次創作の題材に選んだ一番の要因だろう。


 そんな二次創作時代。委託販売のみで即売会に参加していなかったオレには、あまり締め切りという概念がなかった。


 しかし、マリン編集部へ入社して約三ヶ月。過去二回の締め切りで、某大先生の修羅場へ二度ほど立ち会っているオレ。しかも、なぜか編集者としてではなく作り手(クリエーター)としてだ。


 そして、迎えた三度目の締め切り。今回の締め切りもやはり…………修羅場だった。


 締め切りは明日の――いや、日付は先程変わったので、締め切り日はもう今日だな。

 そう、タイムリミットは今日の朝。六時十四分発の電車が発車するまで。


 しかるに原稿の残りは、ペン入れがあと6ページ……

 完全に修羅場である。


「まさに、二度ある事は三度ある……か」


 オレはそんな事を呟きながら、すっかり暖かくなった額の冷えピタを交換し、飲みかけのドリンク剤を一気に飲み干した。


「おい、北村っ! ブツブツ言ってないで、とっとと次の原稿よこせ」


 再びペンを握ったオレの背中に、後ろのローテーブルから催促の声が飛ぶ。


 まあ、唯一の救いはコイツか……


「すぐ次が上がるから、もう少し待ってろ」


 筆ペンを持って待機しているちんちくりんに返事を返しながら、原稿用紙にペンを走らせて行くオレ。


 そう、正規のアシスタントを用意出来ないこの状況。バイトを終えた、この合法ロリっ娘が手伝いに来ているのだ。

 さすがに背景までは任せられないが、そこは腐っても美大生。枠線やベタ、スクリーントーンなんかは、中々のクオリティで仕上げてくれている。


「お茶、入れたから、少し休憩にしなさいよ」


 奥のキッチンから、トレーに三つのマグカップを乗せて現れる千歳。怪我の経過の方はだいぶ良いようで、来週の週明けにはギブスも取れるそうだ。


 あとは、リハビリにどれくらいかかるかだな。リハビリが長引くようなら、来月号の原稿にも影響が出て来るし。


「ホント悪いわね、由姫。こんな遅くまで手伝わせて……」

「何言ってんッスか、水臭い。千歳さんの為なら、たとえ火の中水の中。ベッドの中だって、お供するッスよ!」


 ちんちくりんの物言いに、マグカップをテーブルに置きながら苦笑いを浮かべる千歳。


 ホント、千歳大好きだなオマエ……

 もしかして、レズ――いや、一応彼氏もいるしな。そうすっとバイか?


「ほら、アンタも……少し休みなさいよ」


 並んだドリンク剤の空瓶の横に差し出されるマグカップ。

 気持ちを安らげるコーヒーのアロマが、鼻孔をくすぐるが……


「っんなヒマねぇよ」


 オレは一口だけマグカップに口を着けると、すぐさま原稿へペンを走らせ始める。


 口の中に広がる程よい酸味と苦味。あの甘ったるいコーヒーからは、だいぶ成長したようだ。


「そんなムリしなくても……一日くらいなら遅れても、大丈夫なモノなんでしょ?」


 確かに、締め切り日とは多少の余裕を取っている。正直、一日くらいなら問題はないのだが――


「今まで一回も遅れなかったヤツが、オレが担当になった途端に遅れてみろ。何を言われるか分かんねぇよ」


 そっから、この代筆の件を変に勘ぐられたくもねぇし。


「ほれ、二十七ページ目おわり。ちんちくりんに持って行け」

「う、うん……」


 ペン入れの終わった原稿を、傍らにいた千歳に手渡して次の原稿を用意する。

 何か言いたげな表情を浮かべながらも、渋々と原稿を受け取る千歳。


「でも、これが終わったら、パーっと遊び行きたいッスね」

「え? そ、そうね……」


 そんな千歳に気を使ってか、強引に話を変えようとするちんちくりん。

 そして、その流れに乗る様に、千歳は一度顔を伏せると笑顔でその顔を上げた。


「じゃあ、由姫には色々手伝って貰ったし、私の奢りで温泉でも行きましょうか?」

「マジッスかっ!? 千歳さんと一緒に温泉! 俄然ヤル気が出てきたッス!!」


 温泉……だと……

 くっ……全然っ、全くっ、ちっとも羨ましくなんてねぇぞ、チクショー!


 てゆうか――


「手伝ったって……今回、一番の功労者はオレだろ?」

「うるさい黙れ。なんでアタシがオマエなんかと一緒に温泉入らにゃならんのだ?」

「誰も一緒に入りてぇとは言ってねぇだろがっ!」

「ああ~、アレだ。オマエには、アタシが新宿二丁目のサウナの回数券を買ってやるから。そこで好きなだけ掘られてこい」

「テメッ、殺すぞちんちくりん」

「ああっ、()んのかぁ!? コッチはいつでも()ったんぞ、コラッ!」


 遠目の間合いからガンを飛ばし合うオレとちんちくりん。


 つーか、二丁目のサウナにゃあ、二度と行かねぇって決めてんだよっ! 人のトラウマをほじくり返すなっ!!


「ほら、いい加減にしなさいよ、アンタ達……それとケンカするヒマがあるなら、少し休憩しなさいよ」


 睨み合うオレ達の間へ、ため息混じりに割って入る千歳。


「チッ……命拾いしたな、ちんちくりん」

「そりゃあ、コッチのセリフだ」


 そう言ってお互い、目の前の原稿へと視線を戻した。


 だから、休憩しなさいって言ってるのに――


 などとボヤく声が背中越しに聞こえてくるが、ソレはソレ、コレはコレだ。

 とてもじゃあないが、休憩などしているヒマはな――


「ん?」


 再び原稿へ集中しようとしたところで、その集中力をかき乱すように、インターホンの音が鳴り響いた。


「っんだよ、こんな夜中に……NHKの集金か?」

「こんな時間に来るワケないでしょう。それに、受信料はちゃんと払ってるわよ」


 千歳は、呆れ気味にコチラへジト目を向けてから立ち上がり、パタパタと玄関に向かった。


「まさか、ストーカーとかじゃないだろうな……だとしたら、遠慮なく玉ぁ潰してやんぞ」

「あの凶暴女をストーキングする度胸のある奴がいたら、逆に感心するわ」


 インターホンへ向けて話す千歳の声。遠くて内容までは聞き取れないが、どうやら知人ではあるようだ。


 程なくして、リビングへと戻ってくる千歳。そしてその後ろには――


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