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少女漫画に恋をして ~元ヤン達の恋愛模様~  作者: 宇都宮かずし
第十章 ウィスキーと企業面接
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Tomoki Viewer 03

 大学の三年に進級したオレは、早い段階から就職活動を初めていた。


 いつくかのインターンシップを経て、四年に進級する前には漫画雑誌を発行している出版社へ片っ端から面接の希望を提出。その中で、一番初めに面接へ漕ぎ着けたのがSD出版である。


 出版業務に関する知識と一般教養の入社試験。そして漫画雑誌の編集部希望者用の実技試験をこなして臨んだ最終面接――


 ちなみにこの実技試験とは、漫画の背景やベタ、スクリーントーンといった、いわゆるアシスタント業務が出来るかの試験である。

 まあ、これは同人活動をしていたし、問題なくクリア出来たと思う。もっとも、これは入社後の配属先を選定する時に参考とするもので、出来なくても問題はないらしいけど。


 ちょっと話しが逸れたが、これらの試験をこなして臨んだ最終面接――


 その最終面接で事件が起きた。


 人事部の偉いさんと各編集部の編集長達か居並ぶ前で、パイプ椅子にガチガチで座るオレ。

 今までバイトの面接すらまともにした事のないオレは、初めての企業面接に緊張がピークへ達していた。


「え~。ではまず、名前と弊社への志望動機、自己PRなどあればお願いします」


 中央に座る人事部のおっさんから出た最初の質問。

 当然、想定内の質問だし、その答えも事前にシミュレートしてあった。


 が、しかし……


 もうその地点では、そんなモノ遙か彼方に吹っ飛び、オレの頭の中は真っ白になっていた。

 そして、オレは勢いよく立ち上がると、こともあろうに――


「押忍っ!! 自分の名前は、北村智紀ッス! ヤル気と根性は誰にも負けませんっ! よろしくお願いしゃーすっ!!」


 と、声を張り上げ、深々と頭を下げてしまったのだった。


「………………」

「………………」

「アンタ……バカでしょ?」

「るっせ……」


 原稿の下描きを続けながら、淡々とマリンに就職するまでの経緯(いきさつ)を話していたオレ。

 そして、そんなオレ背中に、ポリポリとベイビースターラーメンを口に運びながら、呆れ顔でジト目を向ける千歳。


 ここまでの話しを黙って聞いていた千歳ではあったけど、さすがに感想が思わず口から漏れてしまったようだ。


 まあ、自分でもバカなのは自覚してるけど、やはり人に言われるとムカつくモンである。


 てか、お茶請けは、やはりベイビースターか。この貧乏性女め……


「てゆーか、それ完全に致命傷でしょうが。何で入社してんのよ?」

「なんか、入社しちゃ悪いみたいだな、オイ」

「そうは言わないけど……でも何で、それで入社出が来たのよ?」

「だから言ったろ? 編集長のおかげだって……」


 そう、そんな致命的な失敗をやらかしたオレを拾ってくれたのは、居並ぶ編集長陣の中の一人。月刊少女マリンの編集長、北都明菜編集長だ。


 正に、営業マンバリに直角で頭を下げ、その状態のままで完全に固まってしまっていたオレ。

 居心地の悪い視線を向けられ、下げた頭を上げる事も出来ずに、ただ床を見つめながら額から滝の様に流れる汗を呆然と見つめていた。


 お、終わった……なにもかも……


 この地点で、星くず社への就職の可能性は完全に消え失せた。あとはこの状況を、いかに穏便に収めるかだ。


 出版業界とは、それなりに横の繋がりが強い。ここで変な噂でも立とうモノなら、他社での就活に影響が出かねない……


 流れる汗が頬を伝わり、絨毯の敷かれた床へと落ちて行く。

 誰もが呆気に取られて言葉を失い、シンッと静まり返る面接室。オレが無い頭をフル回転させて、必死に現状の打開に思考を巡らせていると――


「くっ……くっくっくっ……ハハッ、アハハハハハハハ~ッ!!」


 静寂を引裂き、突然聞こえて来た女性の笑い声。

 オレは恐る恐る顔を上げ、その声の主へと目を向けた。


「バ、バカだぁ~っ! コイツ、バカだぁ~~っ!! アハハハハハハ~~~ッ!! 痛い痛い、お腹痛い~っ! ハハハハハハ~ッ!!」


 正に的確にして辛辣な言葉を発しながら、オレを指差しバカ笑いしていたのはゴスロリ服をまとった小柄な女性。


 スーツ姿のおっさん達の中にあって、一見すると中学生に見まごう、ひときわ異彩を放ち浮いていた女性……


 そう、マリン編集部の北都明菜編集長である。


 誰もがどう反応すれば良いか分からずポカンとする中、満面の笑みで立ち上がる北都編集長。

 そして、嬉しそうに声を弾ませながら出てきた、衝撃の言葉――


「でも気に入ったっ! コイツはマリン編集部(ウチ)が貰いますから」


 居並ぶ偉いさん達が揃って、驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべ、その小さな身体へと目を向けた。


 いや、驚きと困惑はオレも一緒だ。正直、オレにはこの人が何を言っているのか、全く理解出来なかったのだから……


「ちょ、ちょっと待ってくれ、北都編集長……それは、本気で言ってるのかい?」


 静寂に包まれていた面接室で最初に正気を取り戻したのは、真ん中に座っていた人事部のおっさん。


 訝しげな表情のまま、得意げに胸を張るゴスロリ編集長へと問いかけた。


「ええ、本気ですよ、人事部長。確か各編集長は、自分の部署に欲しい人材を一人選んでいい事になってましたよね?」

「い、いや、しかしだね……キミの編集部はほとんどが女性な上に、確か作家陣も全員女性ではないか? そこへ、このような――」

「あっれぇ~? 人事部長ともあろうお方が、男女差別ですか?」

「い、いや、そう言う話ではなくてだな……」

「確かに人事部長の仰る通り、ウチは女性ばかりですが……ただ、ウチの先生方は問題児が多いですからなぁ。このくらい元気がないと、務まらんのですよ。それに、この技術――」


 手元の資料から一枚のコピー用紙を取り出すと、先程までの冗談めかした口調から一転。声のトーンを落として人事部長を正面から見据える北都編集長。


 そう、北都編集長が取り戻したコピー用紙とは、実技試験でオレの描いた原稿をコピーしたものだ。


「正直、この絵のタッチを見た瞬間、彼はウチで貰おうと決めていたんですよ」


 漫画の背景などでよく使われるビル群や教室、そして車や自転車といった無機物を中心に描かれた原稿――

 同人誌で描いていたモノとはタッチを変えて描いてはいるが、自分でもそれなりに良く描けているとは思う。


「いや、まあ……確かに良く描けているとは思うが、それだけでは……」

「いいえ……ウチには、それだけで充分なんですよ。それとも――」


 北都編集長はそこで一度言葉を区切ると、不敵な笑みを浮かべながら居並ぶ編集長陣を見渡した。


「他に彼が欲しい人が、いるんですか?」


 北都編集長の言葉に他の編集長達は、ため息混じりに肩をすくめて一斉に視線を逸した。


「では、決まりですね」


 満面の笑みを浮かべる北都編集長――


 事の成り行きに全く付いて行けず、呆然と立ち竦むオレの方へと向き直った。

 そして、腰に手をやり胸を張るとキッパリとこう断言した。


「おめでとう、北村君っ! 星くず社SD出版、月刊少女マンリ編集部への採用内定だっ!」

「………………」

「正式な書類は、追って郵送する。今日はご苦労だったな」

「………………は、はあ。ありがとうございました……」


 北都編集長のハイテンションとは対照的に、混乱した頭で何とか言葉を絞り出すオレ。

 全く現実感のないまま退室し、アパートへの帰路についた。


 そして翌日。頭も冷えて、よくよく考えた結果――


 そんなうまい話しがある分けねぇだろ。アレは体良(ていよ)く、そして穏便に、オレを帰らせる為の芝居に違いない。


 そんな結論に達した直後、速達で届いた採用通知……

 こうしてオレは、さしたる苦労もなく第一志望の少女漫画編集部へと就職が決まったのだ


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