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少女漫画に恋をして ~元ヤン達の恋愛模様~  作者: 宇都宮かずし
第十章 ウィスキーと企業面接
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Tomoki Viewer 02

 千歳がキッチンに消えてから約二分。案の定、インスタントのコーヒーが、舞浜で買ったと思われるマグカップで差し出された。


 ローテーブルに戻り、美味そうにオレとお揃いのマグカップに口を着ける千歳。

 そんな姿を横目に見ながら、休憩とばかりにマグカップに口を着けた瞬間、オレは思い切り顔を顰める事になった。


「あれ? ちょっと熱過ぎた? もしかしてアンタ、猫舌なの?」

「熱過ぎんじゃなくて、甘過ぎんだよっ!」

「うそっ!? だってアンタの方、角砂糖四つしか入れてないわよっ!」

「そんだけ入ってりゃ、多すぎだ!」


 つか、じゃあオマエの方はいくつ入ってんだよ?


「分かったわよ、淹れ直してくるわよっ!」

「いいよ、別に……コーヒーと思わなければ、飲めない事もねぇし」


 少々、不貞腐れて立ち上がる千歳から視線を逸し、オレは再びマグカップへ口を着ける。


 黄色と黒の缶コーヒー飲料より若干甘いくらいだ。飲んで飲めない事はない。

 まっ、眠気覚ましにはならんけど。


 何やらブツブツと文句を言いながら、千歳は再び腰を下ろしてマグカップを口に運んだ。

 しかしまぁ、普段からこんなコーヒー飲んでいて、よく太らないもんだ。


「ねぇ、ところでアンタ……最近、自分の部屋に帰ってるの?」


 唐突にそんな話を振られ、オレはため息混じりに眉を顰めた。


「んなヒマねぇーよ。オレは電車通勤だからな、終電で東京に戻っても、アパートに戻る電車は終わってるし。だから、だいたい会社に泊まるか、スーパー銭湯で寝てるわ」


 そう、オレがココで原稿描くようになってからは、終電で帰って会社に泊まるか、朝までコッチにいて始発で出勤するかになっている。


「電車通? アンタ、単車はどうしたのよ? それともSD出版って、バイク通勤禁止なの?」

「禁止じゃねぇけど、単車はアパートのチャリ置き場でホコリかぶってるよ」

「なんで? 禁止じゃないなら、単車で通勤すればいいじゃない? そうすれば、会社に泊まらなくても済むでしょうが」


 確かにその通りだか、単車で通勤出来ない訳があるのだ。


 まるで責めるような視線で問う千歳にオレはため息をつきながら、その疑問を一言(ひとこと)の元に切り捨てた。


「直管を直してねぇんだよ」

「………………納得」


 直管――いわゆる直管マフラー。


 最近ではあまり見かけなくなったが、触媒や消音機能を排除したマフラーで、フケが良くなる代わりに扱いが少々難しくなる。そして最大の特徴は、排気音が尋常な音量ではなくなるという、ご近所迷惑なマフラーだ。

 そんなバイクで通勤しては、一発で元ヤンだとバレてしまうだろう。


「てゆーか、マフラーくらい直しなさいよ」

「貧乏なんだよ」


 それに電車代は交通費として支給されるけど、マフラーの修理代は領収書を切っても経費じゃ落ちねぇからなぁ。


 そんな事を思いながら、甘々のコーヒーを口へと運んだ。


 しかし、こうも甘いと、しょっぱい系のお茶請けが欲しいな――っと、そういえば。

 オレは机の引き出し――一番下の大き目な引き出しを開け、大量にストックされているうんまい棒を何本か適当に取り出した。


「私、ピザ」

「ほらよっ」


 赤と緑のパッケージを千歳に向かって放り投げると、オレはコンポタ味のうんまい棒を膝に叩き付け、封を開けた。


「でもアンタって、よくSD出版に入社(はい)れたわよね?」


 うんまい棒を頬張りながら、世間話でもするように問いかける千歳。


「正直、アンタの高校から国公立大に行けたのもビックリだけど、SD(スターダスト)の大元の星くず社は、仮にも一部上場企業でしょ? 倍率だって、かなり高かったわよね?」


 まっ、正直なところ自分でも入れるとは思っていなかったしな。


 確かに希望進路は出版社で、少女漫画の編集部だった。

 そして、少女漫画雑誌を発行している出版社へ片っ端から履歴書を送ったオレ。その中でもマリン編集部のある星くず社は一番倍率が高く、そしてオレが一番初めに入社試験をしたところでもある。


 しかも、初めての就職面接という事で緊張しまくってたオレは、その面接の場で大きなポカをやらかしたのだ。


 その地点でオレは、星くず社への入社を諦めたのだが――


「まあ……オレが入社出来たのは、編集長のおかげだわな……」


 うんまい棒をかじりながら、オレはポツリと呟いた。

 そう、オレは編集長に救われた……編集長に拾って貰ったのだ。


「えっ、なになに? もしかして、なんか訳あり? ちょっと話してみなさいよ」


 そんなオレの、あまり思い出したくない失敗話に千歳はテーブルへ身を乗り出し、物凄い食い付きを見せる。


「アホか? なんでオレがオマエに、自分(テメェー)の失敗談を語って聞かせにゃならんのだ?」

「失敗談……? なんか失敗したのに、入社出来たワケ?」

「だから、オマエには関係ねぇー話しだよ」

「ふ~ん、そう……」


 もう少し食い下がられるかと思ったが、思いの外あっさりと引き下がる千歳。そして、スクっと立ち上がるとキッチンの方へ踵を返した。


 程なくして、そのキッチンの方から何からガサゴソと漁る音が聞こえてくる。

 コーヒーのおかわりでも淹れに行ったのかと思ったけど、どうやら違うようだ。


 何かお茶請けでも探してんのか?

 とはいえ、あの貧乏性女の事だ。どうせ、たいした物は出て来ないだろう。


 ここまで、十円カルパスにうんまい棒と来てるからな。そうなると、次はベイビースターラーメンかキャベツニ郎といったところか?


 そんな予想を立てつつ、クソ甘いコーヒーを飲み終えたところで、千歳は黒い箱を大事そうに抱えてながら戻って来た。


 って、ちょっと待てっ!? そ、その箱は……


「これ、フラッシュ☆ガールズ(フラガ)がアニメ化した時に、番組のスポンサーさんから頂いた物なんだけど――」


 そう言いながら千歳がテーブルの上にドンっと置いた黒く長細い箱へ、オレの目は釘付けになっていた。


「私ってウィスキーは、あんま飲まないしぃ~、だからといって売っちゃうのも悪いしぃ~。どうしようかと思っていたのよねぇ~」


 少々芝居掛かった口調で、不敵な笑みを浮かべる千歳。

 そう、千歳が持って来た黒い箱とは、ウィスキーのケースである。しかし、そのウィスキーはタダのウィスキーではないのだ。


「おい、それってもしかして、山咲の――」

「そう、リミテッドエディション2014」


 山咲リミテッドエディション2014――山咲が2014年に限定販売した、レアノモのウィスキー。


 酒齢二十年以上の熟成した希少な原酒をブレンドし、そこへ若いアメリカンオーク樽原酒を更にブレンドする事で、なめらかな味わいと甘やかで複雑な香りを実現した極上の一本。

 定価は八千円で販売されていたが、今ではプレミアが付き五万円前後で取引きされている希少な一本でもある。


「どう? さっきの失敗談とかいうのを話してくれたらアンタにあげてもいいわよ。この前、私を助ける時に割っちゃたポケットウィスキーのお詫びも兼ねてね」


 くっ……山咲のレアモノウィスキーと交換なら、破格の条件だが……


「イヤなら別にいいわよ――そういえば、梅子が三千円なら買うって言っていたし」

「ちょっと待てっ! 三千円ならオレが買う。いや、倍の六千円出してもいいぞ!」


 正直、そのままネットオークションに流しても、最低四万は付くだろうし。


「いぃ~やっ! アンタには売らない。だいたい金額の問題じゃないし、そもそも私はお金に困ってないし」


 まあ、あれだけ稼いでいて、こんな貧乏性な生活をしていれば金には困らんだろうな。


 とはいえ、山咲のリミテッドエディションは捨てがたい。

 一期一会の精神を大切にするオレとしては、やはりこの出会を大切にするべきだろう。


 何より、ここでオレが黙っていてもコイツの事だ。編集部の人間に直接聞いて回るだろうし、編集長や歩美さん辺りは嬉々として話を五割増しぐらいに盛りまくり、面白おかしく語って聞かせてしまうだろう。


 なら、オレの口から語って、レアノモウィスキーをゲットした方がお得だ。


「ちっ……わーたよ。話せばいいんだろ?」

「ええ、よくってよぉ。おほほほほほほ~っ♪」


 渋々ながら承諾したオレへ上から目線で、浮かれ気味にお嬢様風高笑いをかます千歳。


「じゃあ、コーヒーのおかわりと、ついでにお茶請け取って来るから、ちょっと待ってて」

「オレのには砂糖要らんぞ」

「はいはい」


 そう言い残して、千歳は空になったマグカップを持ち、嬉しそうにキッチンへと向かった。


 てゆうか、何でそんなに人の失敗談を聞きたいんだ、コイツは?


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