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少女漫画に恋をして ~元ヤン達の恋愛模様~  作者: 宇都宮かずし
第八章 うんまい棒と選択肢
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Chitose Viewer 01

 トモくんが私の――フラッシュ☆ガールズの同人誌を描いていた……


 その事実を知って、私は驚きのあまり、自分でも恥ずかしくなるくらい取り乱してしまった。

 だだまあ、よくよく考えると驚くのは当然としても、そこまで驚く事ではなかったのかもしてない。


 なにせ小学校の時のトモくんは絵やイラストを描くのが好きで、卒業文集の将来の夢には『マンガ家』と書いていたのだから。


 だだ、分からないのが、何で二次創作のネタがフラッシュ☆ガールズなのか?


 このマンガ大国である日本において、二次創作のネタになるマンガは、それこそ星の数ほどある。事実、私が連載をしている月刊少女マリンにも富樫先生の『HEART×HUNTER』やユーミー鈴木先生の『白戸家の麗子でございます』といった、フラッシュ☆ガールズより人気のあるマンガもあるのだ。


 読者アンケートにおいて、マリンの連載二十作中、ほぼ毎回に一位と二位を競っているのがこの二作で、私はだいたい三位から五位を行ったり来たり。四年間連載していて、一位になったのは一度だけ。二位に食い込んだのも数えるほどだ。


 なのに、なぜ……?


「じゃあ、最後にもう一つ……アンタは何で、私の――フラッシュ☆ガールズの同人を描こうと思ったの……?」


 私は率直に、その疑問を口にした。


「何でってもなぁ……」


 眉間にシワ寄せ、難しい顔で考え込むトモくん……

 その顔は、本当に思い当たる事がない。と言った感じだ。


 ただの偶然なのだろうか? でも……そんな偶然、あり得るの?


 トモくんと同じ様に私も眉間にシワを寄せた時、一つ短いため息を挟んでから、トモくんの口がゆっくりと開いた。


「特に理由はねぇけど……強いて上げるなら、お前のタッチが一番マネやすかったからかぁ? オレ自身のタッチに似てたから、寄せやすかったし」

「!?」


 トモくんの口にした理由に、私は思わず目を見開いた。


 なるほど……そうゆう事か……


 そう、その理由を聞いて私の中で、全てが繋がった。そして、その理由に内心でほくそ笑む私。


 私のタッチが自分に似ていたから、寄せやすかったと言ったトモくん。

 しかし、現実は逆――本当は私がトモくんのタッチを真似たのだ。


 小学校の頃。トモくんには、ヒマさえあればマンガやイラストを描いていた時期があった。


 私はそれを後ろの席から盗み見て、こっそりと同じ様な絵を描いていたのだ。

 いま思うとかなり痛々しい行為だけど、トモくんが失敗だと言って捨てたイラストを、こっそりゴミ箱から拾って持ち帰り、家でそれを手本に絵を描いた事もあったし……


 だから、私のタッチの原点はトモくんなのだ。


 そのトモくんが、自分のタッチに似てるからと言って私のタッチに寄せて描けば、そっくりになるものも頷ける。


 つまりフラッシュ☆ガールズのタッチは、私はとトモくんが共同で生み出したモノ。そして、トモくんが同人を発行した事で、ネットなんかで話題になり、人気に火が点きアニメ化までされた――


 そう、フラッシュ☆ガールズは、二人の共同制作物であり、それは正に初めての共同作業っ!


 初めての共同作業――

 なんだろう? この、胸がキュンとする響きは……


「なに、ニヤニヤしてんだよ、気持ち悪い……」


 恋する乙女の笑顔を、気持ち悪いとは失礼なっ!


 と、思いながらも、ニヤニヤが収まらない私……


「まあいいや……ムダ話でかなり遠回りしたが話を戻すぞ、工藤先生」


 工藤先生――私をそう呼んだトモくんの顔は、先程までとは一転。完全にお仕事モードの顔になっていた。


 そんな真剣な表情を向けられては、さすがに私もニヤニヤなどしてられない。

 その凛々しい顔を写メに収めたい気持ちをグッと堪えつつ、私もトモくんに倣い真剣な表情で、その視線を受け止めた。


「さて、今後どうするかって話に戻る訳だが――これで、とりあえず選択肢が一つ増えた訳だ」

「選択肢……?」

「そう、選択肢だ――お前の怪我は全治一ヶ月。つまり最低一ヶ月……リハビリの状況によっては、その次も原稿が描けないって事だ」


 確かにその通り……

 怪我が治っても、直ぐに今までのレベルで原稿が描けるとは限らない。下手をすると来月号だけじゃなく、その次にも間に合わないかもしれないのだ。


「そこで選択肢だ。お前の選択肢は二つ。怪我が完治するまで、ゆっくり休養するか……オレに原稿を描かせるかだ」

「い、いや、でも……それって……」

「勘違いするなよ。描くと言っても、言葉通りオレはただ絵を描くだけで、ネームを作るのはあくまでお前。オレはお前の考えた話、コマ割り、構図を、お前の指示通り絵にするだけだ」


 突然の話に戸惑う私を置き去りにして、ドンドンと話を進めるトモくん……


 でも、トモくんが私の為に、そこまでしてくれるなんて。

 もしかして、トモくんも私の事を――


「それから、もう一つ勘違いするなよ。コレは、あくまでお前の作品を待っている読者の為と、何よりオレのボーナス査定の為にやるんであって、お前の為でも、お前に貸しを作る為でもねぇからな」


 ですよね……

 分かってた、分かってた。分かってましたよ、コンチクショーッ!


「とはいえ、いくらオレのボーナス査定の為とは言っても、フラッシュ☆ガールズはお前のマンガだ。だから、どうするかはお前が決めろ」


 決める……? 私が……?


 私は、テーブルの上の原稿に目を落とした。

 私でさえ見分けの付かない、私とそっくりなタチで描かれた原稿……

 これなら、私の描いた原稿ではないと見破れる読者など、まずいないだろう。


 しかし……


「考える時間は……?」

「なるべく早く――出来れば今日中。最悪でも三日以内だな。編集部の仕事をしながらココに通って原稿描く訳だし。編集部でもアシの作業はしてたけど、人物画の方はブランクがあるからな。そんくらいねぇと、間に合わん」

「アシ? 編集部でアシの仕事なんてしてたの、アンタ?」


 アシ――アシスタント。作家によって、どこまで任せるかは様々だけと、背景や黒塗り(ベタ)、トーン貼り、そして仕上げの消しゴム掛けなどは、アシスタントに任せる場合が多い。


 通常、アシスタントになるのはマンガ家志望の新人がほとんど。ただ、中にはプロアシと言って、アシスタントだけで生計を立てている人もいる。


 私は基本、アシスタントは使わずに一人で描いているけど、必要になったら担当編集に言えばアシをしてくれる人を回してくれるはすだ。


 とゆうか、アシの手配が担当編集の仕事のはず。その担当編集が、何でアシの仕事を……?


「んっ? ああ~っ、お前は知らんのか……? オレは研修中、チーフの雅子さんに付いて、富樫大先生様の担当編集の補佐をしてたんだよ」

「ああ、納得……てか、ご愁傷さま……」


 げんなりと肩を落とすトモくん。


 噂でしか聞いた事ないけど、富樫先生は気分屋で逃げ癖があるらしい。それに、仕事をする時間も決まっておらず、描きたい時に描くタイプでアシスタントの手配が困難なそうだ。

 そりゃあ、アシスタントを手配しても、作家が逃げ出して不在。なんて事になったら、たまったモンじゃない。


 私の担当編集だった歩美さんからも、『メグちゃんは、どうか富樫先生みたくは、ならないで下さいねぇ~』と何度も懇願されたものだ。


 さて、また話が逸れてしまったけど、今は今後どうするかだ。

 私に示された選択肢は二つ。そして、タイムリミットは三日……


 ……

 …………

 ………………


 フッ……フフフッ……タイムリミットは三日ぁ?


 何それ? 考える時間なんて必要ないじゃない。こうゆう事は、即断即決っ!


 さっきは咄嗟の事で『考える時間は?』なんて聞いたけど、こんなのは考えるまでもないのだ。

 話を聞いた地点でもう、私の答えは出ているのだから。


「OK、智紀っ! その話し、乗ったっ!!」


 そう、フラッシュ☆ガールズを世に送り出したのは私だけど、生み出したのは私とトモくんの二人。そして、ここまでの人気に育てたのも、私とトモくんの二人なのだ。


 フラッシュ☆ガールズの作者は、長与千歳ではなく工藤愛である。そして、この工藤愛という名は私個人(わたしこじん)の名前ではなく、フラッシュ☆ガールズを作る者の名前であり、そこには当然トモくんも含まれているだから。


「いいのか? 自分で提案しといて言うのも何だけど、コレは読者を騙すって事だぞ」

「そうね。確かに読者を騙す事になるわね。でも――読者をガッカリはさせずに済むのは確かだわ。だからその為にも――」


 確かに、こんなやり方は褒められたモノじゃないし、邪道かもしれない。


 しかし、邪道上等っ!

 例え邪道姫と呼ばれようとも、それで読者をガッカリさせず、喜んでもらえるなら結果オーライだ。


 そう、だからその為にも――


「アンタには、読者を騙し切るだけのクオリティで原稿を描いて貰うし、ダメなら何度でも描き直させるわよ」

「へっ! 上等だ。てか、人物画はブランクがあるが、背景はお前の描くパースの甘い背景に比べりゃオレの描く背景のがクオリティ高いわっ!」


 くっ、痛い所を……

 確かに建物やインテリアなんかの人工物なんかは、少々苦手だ。


「さて、そうと決まれば、とりあえず腹ごしらえだ。中途半端にうんまい棒なんか食ったから、余計に腹が減ってきた」


 そう言って立ち上がると、舞浜産のキャクター壁掛け時計に目を向けるトモくん。

 そこに示された時間は、ちょうど長針と短針が頂上(てっぺん)で重なろうとしている所だ。


「とりあえずオレは牛丼を食いにいくが、お前はどうする? 一枚で二名様までの、特盛り百円引き券があるぞ?」

「奇遇ね。私も一枚で二名様までの、豚汁五十円引なら券あるわよ」


 口元に笑みを浮かべ、お互い財布の中から割引券を取り出す、私とトモくん。


 食べ物の好みが合うというのは、ちょっと嬉しかったり……

 まあ、牛丼が嫌いな日本人なんて、ベジタリアンでもない限り、そうはいないだろうけど。


「え~と、確かこっから一番近い牛丼屋は…………駅ビルの中かな? じゃあ、シンデレラの魔法が解ける前に、出発(でっぱつ)しましょうか」

「ああっ。ガラスの靴が、似合そうな店じゃねぇけどな――って、そういえば確か、あそこって十二時半までじゃなかったか?」

「えっ!? ああ、そう言えば、そうだったっ!」


 そう、駅ビル内の店だから、牛丼屋のクセに二十四時間営業じゃなくて駅が閉まると同時に閉店なのだ。


「オイ、急げっ! 走るぞっ!!」

「ちょっ、まっ……き、着替えくらいさせなさいよっ!? 私、部屋着だし――」


 何より、今ノーブラだし……


「っんなヒマあるかっ! 行くぞっ!」


 そう言って、私の左手――怪我をしていない方の手を取り、玄関へ向かって走り出すトモくん。


 こうして、トモくんと二人きりの初外食は、ノーブラにセールで買った上下セット千五百円のスエット姿。そして、入店から完食まで十五分と言う、とても忙しないものとなったとさ……グスン。


 てゆうか、コッチは怪我人で箸が使えないんだし、先に食べ終わったんなら『あ~ん♪』とかして、食べさせてくれてもいいだろうにっ! この、朴念仁っ!!


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