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少女漫画に恋をして ~元ヤン達の恋愛模様~  作者: 宇都宮かずし
第一章 缶詰と地獄の番犬
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Chitose Viewer 01

 なんで――


 上野発、東北本線通勤快速の終着駅。その駅から徒歩五分の場所に建つ1LDKの賃貸マンション。

 最上階である9階の角部屋『901号室』で私こと長与千歳(ながよちとせ)は、ベッドを前に正座して固まっていた。


 なんで――


 仕事場兼住居として借りているこの部屋。上野まで快速で1時間半という立地的に、ベッドタウンとして開けているこの街は生活する上でさしたる不便さはない。


 特にこのマンションは、徒歩五分圏内に銀行や郵便局、スーパーにコンビニ。そして、書店兼レンタルDVD屋と三軒のファミレス。更には大型ゲームセンターにカラオケボックスと、必要なモノはだいたい揃っている。


 強いて足りないモノを上げるとすればホームセンターくらいであるが、それも車で十五分間も走れば見えてくる。


 なんで――


 私はこの部屋で、4年前から在宅の仕事――漫画家として活動をしいるのだ。高校を卒業してすぐにプロとして活動を始めた私のデビュー作、『フラッシュ☆ガールズ』も今年で連載5年目。アンケートでは常に5位圏内をキープしており、去年は深夜帯のワンクールとはいえアニメ化もされた。


 自分で言うのもおこがましいけど、少女漫画界では一応人気漫画家で通っている。


 そんな私が、なんでベッドの前で固まっているのか?


 そう、なんで――

 なんで――

 なんでっ!!


「なんで私って奴は、あんな事を言ってしまったのぉぉぉぉ~~~っ!!」


 私は雄叫びを上げながら頭を抱えて、フローリングの床をのたうち回った。


「正に口は災いの元、後悔盆に返らず、覆水先に立たず、こぼれたミルクを嘆くならケーキを食べればいいじゃなぁ~~いっ!!」


 自分でも何を言ってるのか分からないけど、今の私はそれくらい切羽詰っているのだ。


 そう、事の発端は一週間前。私の担当をしている編集部の堀川歩美(ほりかわあゆみ)さんが、産休に入るため担当が代わると告げられた事に始まる。

 デビュー以来、公私共にずっとお世話になっていた歩美さん。その話を聞いた私は、これまでのお礼も兼ねて彼女を食事へと誘った。


 親しくしていた彼女の話す、幸せそうな夫婦生活に私まで嬉しくなり、普段飲み慣れないワインを少し飲み過ぎてしまっていたようだ。


 私もいつか、優しい旦那さんと幸せな家庭を――


 そんな妄想に胸を膨らませている時に出た、次の担当者の話し。少々飲み過ぎて酔っていた私は、冗談めかしてこんな事を言ってしまった――


『次の担当さんは、優しくて、元気のいい男の子がいいなぁ~。ただしイケメンにかぎるっ!』


 そして、その言葉を聞いた歩美さんは途端に顔を輝かせた。


『ホントッ!? ちょうど良かったわぁ~。今、空いてる担当が今年新卒で入った男の子しかいなくてねぇ~。メグちゃん、独身で一人暮らしでしょ? 若い男の子の担当はどうなのかなぁ~って、編集長と話していたところなのよぉ~。ホント助かるわぁ~』


 若干間延びした口調で、一気にまくし立てる歩美さん。私は冗談だと告げるどころか、まったく口を挟む事も出来ずに、あれよあれよと次の担当が決まってしまった。


 ちなみに、歩美さんの言った『メグちゃん』とは私の事であり、私のペンネーム『工藤愛(くどうめぐみ)』から来ている。


 まあ、そんな話は置いといて、問題なのは新しい担当さんが男性だという事だ。


 歩美さんの話では、今年新卒で入った私と同い年の男性。スラッとした細マッチョでソコソコのイケメン(歩美さん基準)。そして、仕事の方は新卒中ダントツの優秀さで、編集長にも目をかけられているらしい。


 つまりエリート候補である。


 対して私はと言えば、あまり男性に免疫がある方ではない。というのも、学生時代は女子高だった上に、とある理由で男女交際が禁止だったのだ。

 更に、高校卒業後は、すぐに漫画家としてデビューをして、ほとんど引きこもり生活……


 そう、自慢ではないけど、私は『彼氏いない歴=年齢』なのだ。


 ちなみに私が最後に男性と会話をしたのは、一週間前に深夜のコンビニで――

『お弁当、温めますか?』

『お願いします』

 である。


 とゆうか、ここ一年ほどは、コンビニの店員さん以外の男性と会話した記憶がない。


 そんな私の新しい担当編集さんが、同い年の男子って――


「ぎゃああぁぁぁああぁぁぁーーーーぐごっ!?」


 再び雄叫びを上げながら、頭を抱えてフローリングをのたうち回った私は、物凄い勢いでベッドに頭をブツけてうずくまった。


 そして、ブツけた頭を抱えながら、涙目で新しい担当さんとの今後を想像する私……


 そう、担当という事は、その人と二人で打ち合わせをしたり、食事をしたり――と、当然、こ、こここっ、こ、この部屋に招いたりする訳で……


「くうぅぅ……」


 緊張に心臓が高鳴り、頬が熱くなる。

 そ、そりゃあ、私だって健康な女性で、何より少女漫画家だ。漫画みたいな甘酸っぱい恋愛には憧れているし、彼氏だって欲しい。


 しかし……しかしだっ!


 いくら仕事とはいえ、いきなりエリート候補のイケメン男子と部屋で二人っきりになるのは、ハードルが高すぎるっ!


 しかも、その新しい担当さんが明日、顔合わせの挨拶としてウチに来るというのだから事態は急を要している。

 ま、まあ、明日は初日だから、引き継ぎに歩美さんも来てくれるそうだけど、次回からの打ち合わせは二人きり……


 それを考えると、不安と緊張でどうにかなってしまいそうだ。


 更に、問題はそれだけではない。

 その新しい担当者さんは大学入学と同時に上京して、そのまま東京で一人暮らしをしているそうだけど、元々の地元はコッチらしい。


 実のところ、昔の私は一部の人達にとって、かなりの有名人だったりするのだ。そしてその過去は、読者はもちろん編集部の人達にも秘密にしている。

 もし……もし万が一、その秘密が漏れたりしたら、正に身の破滅――ファンや編集部での信用を一気に失いかねない……


 所詮は『知る人ぞ知る』レベルの有名人ではあるけど、同じ地元の同い年――私の過去を知っている可能性は十分にある。

 もしも、その新しい担当者が私の過去を知っていた場合、私はどんな手を使っても彼の口を封じなくてはならない。


 そう、どんな手を使ってでもっ!


 と、とはいえ『どんな手でもっ!』とか言っても、今の私にどんな手があるのだろうか?


 う、う~~ん……

 ………………

 …………


「た、例えば――い、いい、色仕掛け…………とか?」


 ……(想像中)

 …………(妄想中)

 ………………(R18で妄想中)

 ………………ボンッ!(妄想爆発)


「って、ムリだぁぁぁぁぁーっ!!」


 二十歳(ハタチ)過ぎても彼氏が出来たコトすらない、高卒引きこもり処女の色仕掛けが、イケメンに通用する訳がねぇーっ!


 だいたい四大卒のイケメンなんてゆうのは、学生時代に女を取っ替え引っ替えして、モテモテのウハウハなキャンパスライフを満喫してきた連中に違いないっ!(偏見)

 そんなん、逆にもてあそばれて終わりだっ!


 な、ならばどうする? お金か?

 お金なら、アニメ化で入ってきたお金やコミックスの印税が、ほぼ手付かずで残ってる。百万や二百万くらいならすぐに用意できるし、それで秘密が守れるのなら安いくらいだ。


 それでダメなら、最後の手段として――


「昔のツテを使い亡き者に――そう、死人口無し、フッフッフッ……」


 フローリングの床にうずくまっていた私は、ベッドを這い上がるようにして立ち上がると、ベランダへ続くガラス戸に映る自分を見て不敵な笑みを浮かべた。


 こうして、物騒な思考へと現実逃避する私……


 しかし、どんなに逃げても、現実は確実に追って来るものだ。

 ベッドの上に視線を戻した私の目に、その現実が突き付けられる……


 そう、新しい担当さんを迎えるに当って――そして、初めて男の子を部屋に招くに当っての、最初の関門――


「明日、どんな格好で会えばいいのよ……」


 ベッドの上に散乱する洋服の山に、私はため息をついた。


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